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刺客に恋をした  作者: Aki
3/6

「………」


リディアは何も言わずに私をじっと見つめ、短剣を握りしめている。その刃が私の首に当たっているのを感じて思わずコクリと静かに息をのめば、月明かりで照らされたリディアはいつも以上に美しくそこにあった。


(ああ……なんて、この人は美しいのだろう……)


絵画の天使が降臨したような光景に胸が熱くなる。短剣が首にあるというのに怖くない。むしろこの人に殺されるならばそれもそれで幸せかもしれない。そんな風に思ってしまう程に。


「……私が怖いですか?」


けれど、リディアの低い声で私の意識は現実に引き戻された。


ひやりとした夜の空気が私達を包み込む。


彼に対して何を言っていいのか分からない。‘短剣を向けてくるなんて、ふざけているの!?’って怒るところなのか、それとも‘本気なの?’と怯むところなのか。‘護身用で短剣を持っているということでしょ、知っているよ’って誤魔化すべきところなのか。


それとも‘刺客なのでしょう’と核心を突いてやるべきか。いや、これは流石にない。言ってはダメなことだ。


結局、私は「リディアの本気の冗談に驚く」フリをすることにし、短剣を握りしめる彼の手にそっと自分のそれを乗せて怯えるように言った。


「ど…どうしたの、リディア…。勿論怖いですわよ…。だって剣を向けられているのですから」

「………」

「リディア…えっと……」


しばらくしてリディアは私から離れる。短剣も下して私を見下ろすと、一つ溜息をつきながらベッドから降りて私に背を向けた。


「申し訳ありません…。王女殿下に剣を向けました。いかなる罰もお受けいたします」

「……リディア…。それは気にしなくていいけれど…」

「…よくはないでしょう。王族の方に剣を向けるなど」

「じゃあこうしましょう。リディアは溺れそうなわたくしを助けてくれたから、それで相殺ということで!」


明るく言ったつもりだったが、リディアは振り返ってくれずただそこに立っていただけ。音もなく短剣をしまうと、腰に隠すようにしまう。


「…ヴィオ。この部屋で寝て下さって構いませんので。しかしその恰好のままでは風邪をひきます。私の夜具でよければお貸しするのですが…その、サイズが合わないかもしれません」


言われて自分のあられもない姿に気付いてブランケットで隠す。しっかりリディアに見られたようだが、恥ずかしいのは私だけだろう。彼はいつの間に出したのか、自身の夜具を私に差し出したので有難く受け取っておく。


リディアは私に目もくれず部屋を後にしようとしているから、慌てて「どこに行くの」と呼び止めると、


「私は外に出ますよ。王女殿下と一緒の部屋で寝ることなんてできませんから」


冷静な声だけが返って来るので寂しくなる。確かにリディアの言う通りだし、一緒のベッドで寝るなんてことはできないだろう。それでも一緒にいてほしいと思う自分がいるわけであるが。


「待ってリディア…」

「おやすみなさい、ヴィオ」


引き留めても無駄だと分かっている。私と彼は立場もそして性別も違うのだから。でもリディアはどこで寝るのだろう?大丈夫なのかな?いえ、彼のことだからきっと何とかするのだろうけれど。


(私はリディアの事を何も知らない。それは当たり前なのだけれど。もっと知りたいと思うのは恋心のせいかな)


切なさを胸に抱いたままベッドの中で小さくなると、途端に眠気が襲ってきた。明日リディアとゆっくり話そう。帰りの馬車の中、たっぷり時間はある。だから今は寝ようと、早々に意識を手放した。




けれど帰りの馬車の中ではあまり話せなかった。と言うのも、リディアが疲れている様子だったから、私が強制的に寝かせたのだ。


「リディア…疲れているわよね?眠いわよね?当然よね…わたくしが部屋とベッドを奪ってしまったのだから…。あ、そう言えばあの後、どこにいたの!?」


質問攻めに苦笑しつつ、宿の人に事情を話して一室貸してもらったから問題ないと言っていたが、でもやはり眠そうで。


「リディア、馬車にはわたくしとあなたしかいないのだし、横になって寝なさい!」

「…いえ、流石にそれは遠慮いたします」

「ダメよ!目の下にクマが出来ているわ!わたくしの膝を貸してあげるから、早く横になって!」

「余計に遠慮させて頂きますっ!何を仰っているのですか…。ヴィオの膝の上に頭を乗せるなんてこと、できるわけがありませんでしょう!」

「……どうしてそこまで拒否するの…わたくしが嫌い?」

「……そういうことではなくて!あなたは王女殿下ですよ!?もう少し立場を…!」

「いいじゃない。わたくしとリディアの仲だもの!問題ないわ」

「………ですから…。そういう所が……警戒心がないと……」


こんな調子で渋るリディアを、半ば無理やり自分の横に移動させて膝枕をしてあげて寝かせた。下心があったのは認める。好きな男性にこうやってしてあげたいと思うのは仕方ないだろう。リディアの困った様子も予想通りだが、婚約話が近づいてきている今、リディアとより多くの時間を共にしたかった。


リディアのブロンドの髪を撫でると、リディアがピクリと体を固まらせたのが分かった。が、知らないふりをして続ける。


「リディアは綺麗ね…。月明かりで照らされたリディアの姿はとても美しかったわ」


素直な感想を伝えれば、怪訝そうな顔をしたリディアが私を見上げる。


「……ヴィオはバカですよね…。私は昨日、あなたに剣を向けたというのに」

「…そうね、そうだったわ。遊びか冗談でしょう?わたくしはその程度のことで怒らなくてよ!」

「………怒るところでしょう…そこは…」


いつもの口調に戻ったリディアにほっとした。どうやら昨日の事に対してあれこれ突っ込む気はなさそうだ。私は軽い調子で続ける。


「確かに王女にしてはいけない行為だったとは思うけれど。でもそんな事を忘れてしまうくらい、印象的だったのよ。闇の中で、月明かりに照らされて短剣を握るリディアの姿は本当に綺麗で…思わず見とれてしまったわ」

「………ヴィオの方が綺麗ですよ…」


ドキッと胸が高鳴る。お世辞かもしれないけれど、そんな事を言われたら嬉しくなる。きっと顔がにやけているに違いない。リディアの顔が私の方を向いていなくて良かった。


「何を言っているのですか!リディアの方が断然綺麗よ。初めて見た時から思っていたもの…。まるで月の妖精だわ」

「……私が月ならば、ヴィオは太陽ですね。明るく眩しく、私を照らす太陽です」


むくりと顔だけ起き上がったリディアは私を見つめた。私達は近距離で視線を交わらせている。


「リ…リディア……?」


女よりも美しいリディアは、真顔で私を見ていた。その表情は、最近リディアが時々見せるようになった「男」のものだ。きっと私だけが知っている、リディアの本性。


「ヴィオ…あなたは時々、眩しすぎて困る時があります…。世間知らずなところも困りますが…」

「言わせてもらいますが、リディアの方こそ眩しすぎてわたくしを困らせるのですよ。それにわたくしは、リディアが思う程世間知らずではないつもりです」


男のくせに女よりも美しく優雅なリディアと比べられ、「姫様ももう少しリディア様のように…」なんて侍女たちから冗談半分で言われるし。それに私は孤児院育ちだし、人間の嫌な部分も沢山知っている。世間知らずだと言われるのは納得がいかない。勿論そんなことをリディアに言うつもりはないけれど。


「ヴィオは、私が何を考えているか知らないからそんな呑気な事を言っていられるのですよ…」

「……では聞かせて下さいな。リディアが何を考えているのか」

「………言えるわけありませんよ」

「言わないと分からないですよ。さあ早く」


「さあ、さあ」と急かすことでまたリディアが困り顔になった時、外で大きな物音がして馬車が勢いよく止まった。私もリディアも腰が浮き、前に激突する寸前だった。


「一体どうしたのでしょう!?」


二人でカーテンを開いて外を確認すれば、護衛達が剣を抜いて見知らぬ男たちと戦っているのが目に入った。


結論から言えば、私達は襲われたようだ。盗賊の類か、それとも王女を狙ったどこかの手の者なのかは判断がつかない。けれど彼らの視線がちらほらこちらの馬車に寄越されるから、狙いはきっと私だろう。


「馬車を奪え!」


そう叫んだのは盗賊だった。護衛騎士達と私らを引き離そうという魂胆か。焦るも、私にはどうすることもできない。馬車の周りにどのくらいの騎士達が居てくれるのかも把握できないのだから…!


知らずのうちに震えていた私の肩にリディアはそっと手を乗せて、「大丈夫ですよ」と小さく言う。そして大きく広がったドレスの中から数本の棒みたいなものを取り出したかと思うと、あっという間にそれを組み立てて武器を作り出した。


「リ…リディア…それは……?」

「ないよりはあった方がマシでしょう。剣には劣りますが」

「………護身用の武器…?さ、流石ね…リディア……」


ドレスの中に隠していたというところが気になったけれど、馬車が突然揺れて馬が走り出したからそれ以上言葉を発することもできなかった。


御者がその場にいるのを怖がって馬車を走らせたのだろうか。それとも盗賊がこの馬車を奪ったのか。外に騎士達はいるのか。頭がパニックになっている私と違って、リディアは武器を構えて入り口のところをじっと見つめている。


「リディア…!」

「……落ち着いて、大丈夫ですから…。私が守りますから」


片手で私を抱きかかえてくれたリディアはまるで本当の騎士のようだ。不謹慎だが、この状態が長く続けばいいなんてことも思ったりした。


しかしそんな考えはすぐに吹き飛ぶ。馬車がまた勢いよく止まったからだ。


外が男たちの声でガヤガヤしている。あ、これは…騎士達はきっといない。そんな予感がして震えが止まらなくなった。どうしよう、私はどうにかされてしまうのだろうか。リディアが傍にいてくれてはいるけれど、恐怖で一杯だった。


扉が動いた。ああ、もうダメだと目を瞑ったが、リディアは私の耳元で力強く囁いた。


「ヴィオ、顔を伏せていて下さい。私がいいと言うまで、決して出てこないで下さいね」

「リディア…!」


リディアは止める間もなく、扉を外に蹴りだして飛び出していく。閉められた扉の外で何が起こっているのか分からない。ガッ、ガチャと武器と武器がぶつかり合う音が耳に入る。


「リディア…!」


外を確認したかったが、そんな事できるはずもない。それなりに世間を知っていると自負してはいたが、流石に戦場に出た経験はない。今自分が出て行ってはリディアの足手まといになるだけだ。リディアならば大丈夫、何も問題はない。守ると言ってくれたからその通りにしてくれる。そう信じて待つことにした。


が、その願いもあっさりと破られた。


「お?こりゃまた上玉な女がいるぜ」


扉が開かれ、汚らしい恰好をした男たちが侵入してきた。馬車の中で小さく身をこわばらせていた私を見て笑い、強く腕を引っ張って馬車から私を引きずり下ろした。


「いや!離して!」

「大人しくしろ!」


足がもつれて地面へ転ぶと、また男たちは笑う。さっと周りを見渡せば、どこかの森の中にいることが分かり、数名の野盗の死体が転がっていた。でもそこにリディアはいない。


「リディア…!リディアはどこ!?」

「あ?ああ…あいつか。あいつならばいねえよ。あそこの崖から落ちた」

「!?」


森の少し奥に崖があるのが目に入る。野盗たちはそこを指さして「あいつはあそこから落ちた」とご丁寧に説明してくれたわけだが、私の頭の中は真っ白になっていて、それ以上聞くことができなかった。


「そんな…!リディア…!」


泣いた私を一瞥した男たちは「案外早く片付いたな。それにこんないい女が一緒に乗っているなんてな…!楽しみが増えたってもんよ!」なんて笑いながら言ったから、私はハッとして男らを見渡した。


(もしかして…狙いは私ではなく、リディアだったの…?今の言い方だと、私の存在なんて知らなかったと言わんばかり…)


温泉に入った時、リディアは血の臭いがした。何か危険な事をしているのではないかと思っていたけれど、こいつらと何か関係があるということだろうか?


けれど考える時間を連中は与えてくれなかった。男たちは私を地面に押さえつけると、短剣を取り出してドレスを破ろうとしていた。


「嫌!離して!」


何をしようとしているかなんて聞くまでもない。男たちの中に、女が一人。私の身体を弄ぶ気なのだ。力で敵うはずもなく、手足はしっかりと抑えられて身動きが取れない。


「いやああああ!リディア……!いや!やめて!リディア…助けて!!」

「叫ぶな!うるさい!」


バシッと頬が強く叩かれて頭がくらりとした。眩暈がした私は叫ぶこともできず、全身の力も抜けてしまった。


「そうそう、大人しくしていろ。なあに、可愛がってやるからよ」


しかし私の口に布を入れようと男が立ち上がった瞬間、その男の頭にざくっと矢が刺さったのを私はしっかり見た。


血が顔にかかり、何が起こったのか分からずに呆然としてしまった私。それは男たちも同じだったようで、はっと前方を見る。


そして次々と矢が飛んで来て、男たちを射抜いていくのだ。頭を直撃された男たちは言葉もなく地面に倒れていく。たった一瞬のうちに、私を抑えていた男たちは全員死んだ。


(…死んだ……?じゃあ私は…助かったの……?)


誰が矢を放ったの、と思ったその時だ。


「ヴィオ!」


リディアの声が聞こえ、仰向けになったまま視線を頭上へ移動させると、ドレスを血だらけにして弓を持っていたリディアがそこに立っていた。肩で激しく呼吸を繰り返し、木で体を支えている。満身創痍のリディアが確かにそこにいた。


「リディア…!ああ……無事だったのね……!」

「……ヴィオ…!」


遅くなってすみません、と小さく言いながら地面に膝をついたリディアは、けれど目だけはしっかり私を見ていた。


「…すみません…弓を奪うのに…時間がかかりまして…。おまけに足を滑らせて……崖から落ちまして」

「…いいの…!リディアが無事でよかった…!崖から落ちたなんて聞いたから…もうダメかと思ったのよ」

「…運よく崖から生えていた木の根っこに足がはまりまして…。それで…上って来れました…」

「…良かったわ…!リディア…!」

「…ヴィオ…」


男たちの死体をなるべく見ないようにして体を起こし、匍匐前進をするように地面を這っていく私。リディアも片膝をつきながらこちらへ近寄ってくる。


互いの手が届けば、リディアは私を両腕で抱き寄せてくれた。


「申し訳ありません…!ヴィオを危険な目に遭わせました…!」

「大丈夫…私は大丈夫…!リディアが助けてくれたもの…!」

「全く大丈夫じゃないでしょう…!あいつら、ヴィオにあんな事をするなんて…!殺しても、殺し足りない!」


ぎゅっと抱いてくれるリディアを私も強く抱き返した。


しかしリディアは「うっ」とうめき声を上げたから驚いて体を離したのだが、彼のドレスが血で染まっていくのを見て再び私は声を失った。


「リディア…!怪我、しているの!?嘘…!」

「…問題…ありません……大丈夫です……」

「全く大丈夫じゃないわ!いいから見せて!」


けれどリディアは頑なに拒む。分かっている、服を脱がして体を確認されることを警戒しているのは。でもこの傷はそんな事を言っている場合ではなさそうだ。かなり深手なのは見ていても分かった。


「お願いリディア!手当をさせて!でないとあなたが死んでしまう!」

「………自分は…いいのです。こうなってしまったのも…私の甘さのせいですから…」

「リディア!命令です!横になって腕を楽にして!手当しますから」

「…その命令は聞けません。私の事はいいから、あなたは馬を使って早く逃げて下さい」

「何をバカなことを言っているの!」


埒が明かないと思い彼のドレスに手をかけたのだが、パンと払われてしまった。


「リディア!」

「…いいからヴィオ…。私のことは放っておいて…。早く騎士達のところへ…」


リディアはそう言うと、地面にばったりと倒れてしまった。血はじわりじわりとドレスと地面を赤く染めていき、反してリディアの顔は真っ青になっていく。


「いや!リディア…お願い、死なないで!」


リディアは反応してくれない。目を閉じて体も動かしてくれない。


泣いてなんかいられない。このままではリディアは死んでしまう。意を決し、私はリディアを仰向けにさせて彼のドレスを引きちぎり、胸元を確認した。


細いが筋肉がしっかりついたリディアの胸元は、ざっくりと剣で斬られた痕がしっかりとついていた。私は自分のドレスを脱いで急いで引きちぎり、止血していく。


「お願い…死なないで!死なないでリディア!」


誤字脱字報告、いつもありがとうございますー!助かりますっ!!

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