打ち上げ
テストが、始まると日々は加速する。
午前中に学校が終わると、文芸部に直行して下校時刻まで勉強。家に帰れば、夕食と風呂に入り、少し勉強してベッドに入る。
完璧に守れたわけではないが、夜桜先輩の作ってくれた時間割が迷いを消し去った。確実に積み重なっていく勉強時間が巧の自信になっていった。
何よりも、あの埃っぽい小さな部屋で、三人で勉強をする時間が楽しかった。全員が集中して会話がなくなる瞬間、巧の耳に冷たい耳鳴りの音が響く。物心ついた時から静かな場所に行くと耳鳴りがした。深く集中して、覚めていく感覚がとても心地よかった。
「そろそろ休憩にしようか。」
夜桜先輩が、伸びをする。
猫実さんが嬉しそうに返事をする。普段なかなか会えない先輩と一緒にいれて嬉しいのだろう。終始、笑みを浮かべて会話に花を咲かせている。
何を話しているかは、巧にはこれだけ近くにいてもよく聞き取れなかった。それは、かなしいことなのかもしれないけれど、そうだとしても二人の間に居られることはとても嬉しい。
内容はわからなくても声は聞こえる。楽しそうに話す猫実さんの声と、落ち着きのある夜桜先輩の声。そこに現れる感情は真っ直ぐで、何も嘘は感じられない。
「ねえ、巧さん。」
猫実さんの手のひらが巧の肩を軽くたたく。
「最終日、打ち上げしません?」
「打ち上げ?」
というものを人生で一度もしたことがない。
だいたい巧は、テストの最終日で早く学校が終わった日は、ひたすら読書をしていた。(もちろん一人で、ということは言うまでもない)
「だから」
じれったそうに猫実さんがポカポカと机をたたく。「みんなでどこか行きませんか?」
「寄り道って、怒られない?」
「巧さんは、真面目すぎです。たまにぐらいいいじゃないですか」
猫実さんが怒っているのかいないのかわからない口調で迫ってくる。ほんわかした空気と中和されてどうしても迫力がない。
「そう言う時は黙ってついてくもんだよ。」
夜桜先輩が、加勢する。
「別に行かないなら、私とネコだけで行くけど」
それはさすがに寂しすぎるので、半ば強制的に巧は打ち上げに参加することに同意した。
「よしよし、どこ行きますか?」
猫実さんが足をパタパタさせる。
「あの、実はテストの最終日にあの『フォーエバー』が始まるんです。」
「いいね、また見る?」夜桜先輩も珍しく声を弾ませる。
『フォーエバー』とは、以前、巧たちが試写会に招待された映画である。巧も、もう一度見たいと思っていたので異論はない。
猫実さんが、監督の大ファンだからか、もしくは難聴の巧には一度見た映画の方が楽しめると言う気遣いかもしれない。
「でも、勉強頑張らないと楽しくないよ」
しれっとした夜桜先輩の言葉に、猫実さんと巧が二人して頷いた。