猫実さん
「どうでしたか」
いつも通り、お助け部の部室に着くといつも通りポニーテールの小柄な少女が声をかけてくる。
猫実さんー猫実 未来は、お助け部の部長だ。部員は彼女と巧しかいない。
巧は二つ並んだ机、猫実さんの隣の席に着く。
「成長はしてるって言ってた」
「へえ、よかったじゃないですか」
猫実さんが、丸い目をキラキラと輝かせながら喜ぶ。
「ただ、まだまだですね」
巧は手に持ったままの原稿用紙を見つめる。そうしているうちになんだか、自分の文字が情けないような憎いような気がしてきた。
「まだまだ」その言葉が胸の中で黒く、そしていびつにくすぶり続ける。
「こら、まだ読んでないのにまだまだなんて、いわないでくださいよ」
猫実さんが怒ってますよーといった感じで頰を膨らませる。
しかし、巧は少し意外に思った。
「それより、テスト勉強大丈夫ですか?もう、一週間前ですけど、、」
「あっそうか」
猫実さんが、腕を組んで考え込む。しかし、何かが彼女を引きつけるかのように巧の原稿用紙を見つめている。
「じゃあ、ちょっとずつ読みます」
「ええっ」
「いやだって、勉強の息抜きになりそうですし、それに今、読まないと夏休みになっちゃうじゃないですか!」
「た、確かに」
猫実さんが、がっつくにつれ巧の方は恥ずかしさがこみ上げてくる。なんなんだこの気持ちは、、、。
「ん」
猫実さんが手のひらを突き出してくる。仕方なく巧は明け渡して、ため息をつく。読んでもらうことが目的なのに、かかる精神的ダメージが大きすぎて、参ってしまいそうだ。というか、テスト期間中ずっと自分の小説が読まれるのか?
巧は二重に暗澹たる気持ちになってしまった。
「ふむ、なになに、『僕は、、』」
「ちょっと猫実さん?!」
「はっ!」
「いや、『はっ!』じゃなくて、音読しないで!恥ずかしいから!」
ついに、恥ずかしいと言ってしまった。
「ごめんなさい、つい、、」
「まあいいけど、」
なんだか上手く踏み込めない。こういう時、上手に和ませたり笑いにかえたりできたらいいのに。巧は自分の不器用さを嫌になる。
お助け部で過ごす時間の大半は依頼人を待つ時間だ。テスト近くということもあって、猫実さんも巧も勉強をしながら待機する。
会話はないが、巧にとってはどちらかというと心地よい沈黙だった。
猫実さんもきっと悪くは思ってないだろうとふと顔をみても、問題を解く真剣な表情には変わりがなかった。
「そろそろ休憩しませんか?」
猫実さんが提案して、巧もそれに従うことにした。
真っ白いキャンパスにぶつけた絵の具のように、ガタンという音が、静かな休憩スペースに響く。猫実さんはしゃがんでペットボトルを自動販売機がら取り出す。ふわりと揺れるポニーテール。
巧はブラックのコーヒーを少し口に入れる。
「巧さんブラックなの?」
「いや、眠気覚ましになるかなとおもって、、、。」
窓から差し込む、梅雨の晴れ間の陽気に気持ちよさそうに猫実さんが目を細める。
テスト前のピリついた空気とは、正反対の雰囲気が流れている。
猫実さんの金色に輝くアップルティーと、空を眺める横顔を見ていた。
こんなにのんびりしてもいいものか、と巧は質問してみた。
いいんです、ずっと集中するのは疲れますから。
驚くほど爽やかな笑顔で、猫実さんはそう答えた。