帰り道
それから、2時間ほど勉強して、下校時刻を知らせる放送が入った。
机に広げた教科書をいそいそと片付ける。
「明日から、どうしますか」
猫実さんが、部室のドアの鍵を閉める。
「明日、何かあるんですか?」
巧には、思い当たることが何もない。
「テスト期間中は、部活動禁止なので、部室が使えません。」
きっぱりした猫実さんの物言いに、巧はぼんやりした思考回路がが急に、断ち切られたような気がした。
空には夕焼けがつくる目のさめるようなコントラストが描かれている。
猫実さんは、空を見上げるのが好きだから歩調は自然とゆっくりになる。巧も、それに合わせる。
「きれいですね」
巧は、つい口から出てしまった言葉を少し後悔する。
いま感じている美しさは自分が持っているどの言葉とも違うのだ。単純に一言で表せるわけではないのに。胸をかきむしりたくなるほどもどかしく感じる。
「どうして、空はきれいなんだろう」
「あっ、わたしも同じこと考えてました」
「ええっ」
「ほんとです、って言っても全然証明にならないか、、、。ああ、もどかしい!もどかしいよう、巧さん!」
猫実さんが両手を握り締めながら空に向かって尋ねる。犬の散歩をしている人が、不思議そうに彼女を見る。
「ちょっ、待って猫実さん!」
巧は小走りで、ポニーテールを振り乱しながら歩く猫実さんの後を追う。
「ちゃんと、なんで空がきれいなのか考えよう!」
「わたしは、やっぱり移り変わりがきれいなのだと思います。」
「、、、なるほど、ゼェ、移り、変わりか、、、。」
「はい、ダイナミックなんですよね。それでいて繊細で、儚くもあって。」
「、、、は、、儚いですね、ハァ、、」
「多分、人間はその変化の仕方に自分の小ささとか、弱さとか色々感じてしまうんです。だいたい、和歌でもそういった切ない気持ちを詠んだものがいっぱいありますし。」
「神々しさとかも、感じますよねっ!」
一瞬だけ猫実さんに並んだタイミングで巧がいう。
「ええ、確かにそこでは大いなるものに身をまかせる安心感とか、嬉しさもありますね、、、巧さん?」
猫実さんの後方3メートルぐらいで、巧は根をあげた。
「猫実さん、歩くの速いって、、、。」
おかげで随分、駅の近くまで来た。仕事が終わって家に帰る社会人たちは、いそいそと二人を追い越して行く。
巧は、猫実さんに勉強のコツを聞いたり、逆にどうしたらあんなにたくさん小説が書けるのかを聞かれたりした。小説は巧も手探りでやっているのではっきりした答えは用意できなかった。
「夏休みはたくさん時間ありますから」
猫実さんの声はぽつりとそこで途切れた。巧は、その後に続くはずの言葉が少しわかったような気がした。逆にわからないような気もした。猫実さんの表情や、他の状況から感じ取れたものに自信が持てなかった。
気がつけば、電車の中で一人、景色を眺めていた。普段は小説のことを考えているのだが、今日はなぜか頭が回らない。まずはテストをどうにかすることが、巧にとっては大事なことだった。
夏休みは、たくさん書こう。
自分に向けて、そう約束した。




