海
耐えられなくて、目をそらした。巧は、俯いて、両の手で足の皿をつかんだ。
考えることは、巧にとって慣れないことではなかった。小説を書くということは、自分の考えを書く、ということである。
自分と同じ名前の主人公。そして、自分と同じものを背負う主人公。その気持ちを、文にして、物語にした。誰かに読んでもらった。
だから今、ここで先輩に話すのも同じようなことだろう。
初めて小説を完成させた時、何かが変わると思った。ひとに見せた結果は「まあまあ」だったけど。
「善く生きる。っていうのは、、、」
書くという方法を見つけた時、これでなんでも書けるのだと思っていた。けれども鉛筆を持って、原稿用紙に向かってみると思い通りにいかない。むしろ、かけないことの方が多いのだ。
書く、そして伝える。その単純な行為に僕は、どれだけの時間をかけなくてはいけないのだろう。
巧はいつも、目の前にある未知の大海に打ちのめされる。それでも、目をそらすよりかは、ましなのだ。
「一生懸命、生きることじゃないですか。たとえダメでも、頑張ることじゃないですか。」
すみません、願望です。
小声で付け加えたのだが、先輩は相変わらず、考えるポーズをしたままだった。
「君は、いつも苦しんでいるように見える。」
先輩は、ただ言葉で風景を描写するみたいだった。
「だからいつも一生懸命なのかな?」
何も言えなかった。その時の自分が一生懸命だったかなんて、誰が決める?自分しかいないのではないか?それは自己満足ではないのか?
ドアが開く音がした。
「こんにちは」
猫実さんが、いつもより上がった声で挨拶をした。そのところだけ夏のひまわりのようなやけに黄色い空気が、漂い始めた。