放課後図書館ライフ
「こんにちは」
司書の先生に挨拶をする。
よく効いた冷房の風が肌に心地よい。
さて本を探すかと、新刊のコーナーに目を走らせた。本屋にはよく行くので、流石に先日みたばかりの本を無料で借りるのは少し罪悪感がある。やはり、いつものように本棚の間をさすらって見たことのない本を探すのが良さそうだ。
巧が、別の場所に動こうとした瞬間、袖を猫実さんに引っ張られた。司書の先生のカウンターに連れて行かれる。
司書の先生が、何か話している。声をひそめられると何も聞こえないので、会話は猫実さんに任せる。よく図書館に行くのに、先生に難聴であることを打ち明けるタイミングを逃してしまった。本を借りるときは、「これを貸してください」ぐらいしか会話しないから必要ないかと思ったのだ。しかし、打ち明けると言っても、初めて図書館に来た日に難聴です、と突然、言うべきなのだろうか。変じゃないだろうか。
司書の先生と猫実さんの会話が終わった。
「なんだって?」
「あのですね、夏休み貸し出しの本、普通は10冊までなんですけど、貸し出しのハンコが一個も押されてない本なら15冊までいいんですって」
「なるほど」
夏休みにたくさん本を読みたい巧にとっては嬉しいことだった。
「早速、探してみましょう」
猫実さんが、ワクワクを隠しきれないと言った顔をした。
『宇宙の箱庭』という本を手にとる。白を基調とした美しい表紙だ。開いてみると、返却日がハンコで押されていた。2年ぐらい前に誰か借りたらしい。もう1つの方は5年前だ。
意外にも教科書に載っているような哲学書に1つもハンコが押されていないということもあった。あらかさまにハンコが押されていなさそうな本が予想どうりそうだったりするのが面白くて、猫実さんと声を出さずに笑った。下手に聴き取れない会話を「うん」とかで済ますよりも、その方が心地よかった。
「猫実さん、科学のコーナーは興味ありますか?」
「いいですよ。見てみましょう」
『猿でもわかる相対性理論』はハンコが押してあった。しかし、別冊ニュートンにはハンコが押されていないものもあった。
「巧さん、SF書きますもんね。」
「え、なにを書くって?」
「えすえふ」猫実さんが空中にアルファベットを描いた。
「ええ、あ、新しい小説読んでくれました?」
少し声が裏返ってしまった。勇気がいる質問だった。
「はい、前よりも上手になってる気がします。ーまだ全部読んでないので、はっきり言えませんが」
「うん、そうですか。」首をカクカクさせて、笑った。結局猫実さんがなんと言おうとも作り笑いをしてそうですかと言いそうな気がする。そう言った後で、彼女の言葉の意味を思い出して嬉しさがこみ上げてくる。
褒めてくれてありがとうございます、そう言おうとするが、猫実さんは本に意識を注いでしまっていた。
巧は手に持っていた本を棚に戻して、次の本を探し始めた。
「あらら、面白そうなのにハンコが押されてる」両手で本を開きながらがっかりする猫実さん。
「巧さん、あの一番上の本面白そうですよ」
スカートを履いているにもかかわらず猫実さんがはしごに登って上からこいこいと手のひらを振ってくる。確かに近づかないと声が聞こえないのだが、、、。脚じゃなくて顔を見るために思いっきり首を上に曲げる。
「はい」「はい」
はしごの上にいる猫実さんの手から本を受け取る。なんだかものすごく疲れた。
と思ったら急に四つん這いになり、一番下の段の本をハイハイしながら閲覧している。
そんな姿をみて、微笑ましい気持ちになる巧であった。裏表がなくて純粋なのだ。
夜桜先輩があんなに可愛がる気持ちがわかる気がする。
夜桜先輩、、、。何か忘れているような気がする。
立ち尽くして、本を抱える巧の肩に手が置かれた。
おそるおそる、振り返るとゾッとするほどの美女が巧を見下ろしていた。肩に乗せられた手に力が入る。あまり強い力じゃないのだが、魂を握られたようにそれだけで体が動かなくなってしまった。相変わらずこういうことが絶妙に上手い。
「君、勉強は?」
久しぶりに先輩を怖いと思った。