ゆうやけいろの空色。
六話を更新しました。
関係の無い小話に手を伸ばすのが大好きです。
扉というものは、開けるためにあります。その奥に廊下や、お部屋や、物入れが続いているので当たり前です。
でもその扉は、開けるための扉ではなく、閉めておく扉みたいでした。
◆◆◆
広い広いこのお屋敷は、廊下をどんどん進んでいっても行き止まりがあまりありません。ぐるっと一周して戻って来てしまうこともあります。どこの廊下もお部屋につながっていて、それぞれ役目が決まっています。広間に出る廊下、階段から続く廊下、お部屋がいっぱい並ぶ廊下。
だから、変だなと思ったのです。
お屋敷のずうっと端っこに行ったのに、どこに行くのか分からない、細い廊下がありました。いくら慣れないお家だと言っても、その先が続いているならお外に出てしまう、なんてことくらいは分かりました。
すぐ横には、きれいなステンドグラスの入った窓もあるのです。
それでもその向こうに行くみたいに廊下は伸びていて、ちょこっとだけ、お外に出られるかも、とも思いました。
でも、それはどうやら間違っていたみたいでした。
狭い廊下はお外に出る前に、もっと狭い階段にぶつかっていたのです。
お屋敷の真ん中にあるみたいな、つるつるぴかぴかの階段とはぜんぜん違います。丈夫そうではあるけれど、触ったらちょっとちくちくしそうな木でできていました。
なんだかこっちの方が見慣れていて、しっくりきます。石でできた階段の方が、不思議な感じなのです。
きっとこの階段は、あんまり使われていないのでしょう。こんなにすみっこにあるのだから当然です。それに、指でお絵かきができそうなくらい、真っ白なほこりがたまっています。
くしゃみが出てしまうので、お顔を近づけないようにしないといけません。
ほこりを飛ばさないようにそっと階段を上ろうとすると、懐かしいようなきしきしいう音がしました。よく考えてみれば、ちょこっとくらい音を立てても、こんな場所なら誰にもばれないのです。私はそのまま、きしきし音をたてて上まで上ってみることにしました。
「あ、れぇ?」
そうしてちょっぴり、間の抜けた声を出すことになってしまいました。
階段の上の廊下はすごく短くて、すぐ目の前にあるのは普通の木の扉でした。ノブを引っ張ってみれば簡単に開いて、だからもちろん、中を覗いてみたのです。
秘密の場所にある扉の先は、なんてことのない、広くて明るい廊下につながっていました。よく見れば、ほんの少し前に通ったことがある気もするのです。
覚えていることをつなぎあわせれば、すぐに分かりました。
お風呂場に行く時、です。起きたばかりの私は、サラに連れられてこの廊下を通りました。
期待が外れてしまいました。
秘密の場所に、秘密のものがあるとは限らないみたいです。
ずっと廊下に顔を出したままで、サラや他のめいどさんに見つかってもおもしろくありません。そんなところの探検はいけません、なんて止められてしまうかもしれないのです。
私は誰にも見られないうちに、こっそりこっそり後戻りすることにしました。
また、きしきしいう階段のほこりに足跡をつけて、細い廊下を目指します。
ほこりを吸い込まないようにため息をついた私は、本当のところ、とってもがっかりしていました。やっぱり大きなお家には秘密の扉や隠し部屋があるんだ、とわくわくしていたのです。やっと見つけた秘密の階段が、みんながよく知っている場所につながっているだけなんておかしいのです。
そんなふうに思っていたから、私はご飯をもらったわんこみたいにその場でぐるぐるぐるぐるしていました。
ぐるぐるすると言っても、狭い廊下です。
動ける場所なんてほとんど無いのです。
それでも私はぐるぐるを止められなくて、ちょっぴりおかしなところにまで足を突っ込んでいました。
例えば、ほこりっぽいきしきし階段の裏側、とか。
「あれぇ?」
今度は、さっきよりもわくわくした声です。
そうです、考えてみれば、廊下の先に階段があって、階段の上に扉があるなんて、当たり前です。ちょこっとすみっこの方にあるだけで、あとは普通なのです。
普通の、当たり前の場所には、不思議なものは隠れていません。
でも、階段の裏っかわは、普通の場所ではありません。
そりゃあもちろん、階段の下に物置きがあったりするのは、普通です。でもそれは、階段の下の話です。わざわざ階段の裏に入れるように壁をくりぬいて、そこに扉をつけるのは普通ではありません。
つまりここは、正真正銘、秘密の不思議な場所なのです。
私は思わずぴょんぴょん跳びはねました。きっとここのことは、サラもレイドさんも知らないに違いありません。私が見つけた秘密の扉なのです。
私は、秘密の扉にそっと手を掛けて、鍵がかかっていないことにまたうれしくなりました。そもそも鍵穴が見当たらないのです。何も持っていないままでも、いつでも入れるということです。
そうして開けた扉の先に階段があるのを見て、うっかり歌い出してしまうところでした。
普通は、扉のすぐ前に階段なんかありません。普通じゃない階段は、秘密の階段です。
もっと普通じゃないことに、階段は下向きなのです。
ここは一階なのに、です。
地下室には、だれかが何かを隠していると決まっています。秘密のお仕事道具や、秘密のお酒や、秘密のお金を隠す人のお話は、いろんな本に書いてあるのですから。
それならば私は、秘密を見つけだして、王様やお姫様にほめられる役目です。
いざ、秘密の地下室探検です。
◆◆◆
扉の向こうはひんやりしていて、なんだかしっとりしているみたいでした。そしてとても暗いのです。
ちょっぴりこわいですが、扉は閉めなくてはなりません。こっそりなので、万が一にも見つかってはいけないのですから。私はゆっくり、音を立てないように、扉を閉めました。
真っ暗、です。
けれどもだんだん目が慣れてくると、うすぼんやりと足元が見えるようになります。これならば転ぶ心配は無さそうです。
そうして足元のずっと下、階段を降りた先がほんのちょこっと明るくなっているのが分かりました。
扉が開いていた時には気付けないくらい、本当にうっすらした明かりです。
階段は、一本道です。真っすぐ降りて、明るい方に向かうことになります。
行く先が真っ暗よりは、きっと怖くないでしょう。その証拠に、私はちっとも怖くありません。本当です。今だって、ぱたんぱたん響く自分の足音を聞きながら、すいすい階段を降りられています。
滑ってしまいそうな石の階段と、ひんやりした石の壁に囲まれながら、私はどんどん下を目指します。進んで行っても相変わらずしんと静まり返っていて、まるで誰もいない世界に迷い込んだみたいです。
そうして階段を降りきると、やっぱり石でできた、平らな地面に足がつきました。
すぐ目の前で折れ曲がっていて、明るいのはその向こうです。
何の音もしません。…危なくは、ないはずです。
気を引き締めただけであって、怖いから目をつぶったわけではありません。
曲がり角の先で、そぅっと目を開けました。暗い階段を降りて来たのが嘘みたいに明るくて、目がちかちかして、そして。
「…なに、ここ……?」
オレンジ色の光でいっぱいのそこは、私のお部屋よりも大きいくらいの、石でできたお部屋でした。床も壁も石だけれど、階段の壁よりは、ほんのちょっぴりつるっとしているみたいです。お部屋として使うために、お部屋として作られた場所なのは間違いありません。
でも、ここはどうしたっておかしいのです。
私のお部屋や、お屋敷の中のどのお部屋とも違うのです。
だって私のお部屋には、鉄格子なんかありません。
廊下とお部屋の区切りは、壁と扉です。中が見えないような、簡単に出入りできるような、そんなお部屋です。間違っても壁の変わりに黒くてつやつやの格子が入っていたりはしないし、同じ格子でできた扉にぴかぴか金色の鍵がかかっていたりしません。
鉄格子のこちら側は狭くて、向こう側がお部屋のようでした。
そうしてそのおかしなお部屋の中には、ベッドだとか、机と椅子だとか、そんなものが普通のお部屋みたいに並んでいるのです。丸いガラスでできた明かりが、机の上や天井で揺れています。
そっと、のぞき込むみたいに、私は両手で冷たい鉄格子をつかんでいました。狭いすきまに額を押し当てて、ぎゅっと目をこらします。
鉄格子と壁にくっつくみたいに置かれたベッドの上で、誰かが寝ているのです。
なんで、どうしてこんなところで寝ているのでしょう。小さいので、きっと私と同じくらいです。
腕一本くらいなら、鉄格子の向こう側に届きます。思い切り伸ばして、かけ布団の端に届きました。
「ねえ、ねえ起きて。起きてー!」
ぐいぐい引っ張ると、だんだんお布団がこっちに動きます。その下からちょこっとのぞいた髪の毛は白に近いくらいの金色で、私の声が聞こえたのか、ふわふわ動きました。
そうして、イヤイヤするみたいにお布団を引っ張り返してから、ぱっと急に起き上がりました。
「……旦那様、じゃ、なくて…?」
「旦那様? 旦那様って言ったの? それってガジュラスさん?」
「え、と…?」
ベッドの上で目をぱちくりさせているのは、思った通り私と同じくらいの、かわいい男の子でした。
さっきお布団の下に見えていた金髪はほわほわのくせっけで、背中の方に長い髪まで、全部が外側にぴょんぴょんとはねていました。落っこちそうなくらいに開いた目は猫みたいで、見たこともないくらいきれいな、紫色の瞳がきょとんと真ん丸くなっているのです。
ふっくらしたほっぺたもまとめて、女の子よりもかわいいのです。うらやましくなってしまいます。
そんなかわいい男の子があんまりにもびっくりしているので、なんだか悪いことをしている気分になってきました。
「あの、急にごめんね。びっくりした?」
ぺこっと頭を下げたら、今度は小さくうなずいた男の子の方が、口を開きます。
「あなたは、旦那様のお使いの人ですか?」
「ううん、違うの。私はただの探険隊なの」
「たんけん…」
ものすごく不思議そうな顔をした男の子は、それでもびっくり顔を引っ込めて、鉄格子のすぐ近くまで寄って来てくれました。
透き通った紫色の目が、まっすぐに私の目を見ています。
そうして、猫みたいな目がすーっと細くなりました。
かわいいかわいい笑顔です。
「探険隊のお姉さん。僕と友達になりませんか?」
「お、ともだち……お姉さんっ?」
「はい」
ぽわぽわ笑った男の子は、こくんとうなずいて手を差し出してきました。
冷たい鉄の棒が間に挟まってはいるけれど、おそるおそる握った手は柔らかくて、あったかいのです。
「あ、のね。私、ネリア」
「僕は、シアン」
空色の名前をした男の子は、もう一回にこっと笑って立ち上がりました。
ベッドからぴょんと飛び降りると、とんとん跳びはねてお部屋の中でくるっと回って見せます。
「ありがとう、お姉さん。友達ができてうれしいです」
「う、うん、私まだ6歳だけどっ」
「僕は、5歳ですから。やっぱりお姉さんですね」
夜明けの色の瞳をぱちっと瞬かせた男の子――シアンくん、は、今まで見た誰よりも不思議な男の子です。分からないことだらけなのです。
でも、とってもかわいいのは間違いありません。にこにこ笑うこの子が、悪い子なはずないのです。分からないことは、きっと聞いたら教えてくれるでしょう。
なんたって、私はお友達で、お姉さん、になったのですから。