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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十二章

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第九十四話 役立たずの抗い

「カレンちゃんっ!」


 土の床へと消え去ったカレンを目にして、アンナは声を枯らさんばかりの悲痛な叫びをあげた。


 まただ。

 また離してはいけない手を離してしまった。

 そのせいで掴むべき手はもう見えなくなってしまった。

 顔を見て安心した故の油断か。注意が元凶の声に向いていた隙か。

 理由はともかく、どうしようもない失態だった。


 けれど、後悔はすぐに終わらせた。

 代わりに、改めて決意したその内容を、自分自身に強く言い聞かせる。


 まだだ。

 まだ終わってしまった訳ではない。

 手遅れになる前にもう一度助け出せばいい。

 今度こそ全力を尽くす。そう心に強く誓ったのだ。


 その為にアンナは、邪魔するものがどんなに大きく恐ろしくても、怯まず立ち向かう。立ち向かえるだけのが闘志が燃えあがっていた。


「ショットッ!」


 昂る気持ちを解放するような大声をあげ、手始めに空気弾を放った。消耗も気にせず次々と発動していく。

 続いて後ろから飛んできた白い物体も狐に当たる。透人の援護だろう。

 ただし式神は攻撃に堪えている様子はなかった。吹き飛ばされる事なく衝撃を受け止め、四本の脚でしっかりと床を踏みしめている。雄々しい威容には変化すらない。


 それなら効くまで繰り返すだけ。

 気持ちが前のめりになっているアンナは式神の丈夫さにも怯まず、攻撃魔法の使用を途切らさないように放ち続けていた。

 ただし相手もただじっと道を塞いでいるばかりではない。

 強大なる狐は九尾の尻尾を豪快に振るってきた。半分は透人の武器を叩き落とす為に動き、もう半分はアンナを狙ってきている。

 この狭い空間ではさぞ動きにくいだろう巨体だが、尻尾は土壁を易々と崩しながら近づいてくる。相手には地形による悪影響は無いようだ。

 アンナは攻撃を一旦中止し、何度も彼女を守ってきた壁の魔法を発動する。


「ブロック!」


 重い衝撃が五回連続で防壁を襲う。連なる鈍い衝突音が響いた直後、壁は呆気なく砕けてしまった。

 尻尾は壁を貫通して衰えたものの、未だ凄まじい勢いを保ってアンナに迫りくる。


「っ……ブロック!」


 漏れそうになった悲鳴を無理矢理呑み込み、新しい壁を造りだした。

 そのおかげで強烈な尻尾の叩きつけをなんとか防ぎきった。

 そう思ったのも束の間、止まった五つの尾それぞれから炎が噴き出してきた。青白くて淡い炎は幻想的ではあるが、同時に膨大な熱を持つ脅威だ。


「コールド!」


 炎に炙られる恐怖にも負けず、アンナは対抗する為に冷風の魔法を発動した。

 冬の北風のような魔法が周囲に吹き荒び、炎の進路を曲げて勢いを弱める。透人もまた砂や土を炎に被せ、消火に貢献してくれた。

 おかげで髪や服が少し焦げただけで済んだ。


 そしてその位の被害なら気にしている暇はない。

 早く障害を取り除くべく、より強い魔法を発動させる。


「トルネードッ」


 アンナが生み出したのは轟々と渦巻き、通路に余波の強風を広げる竜巻。それが唸りをあげて狐を呑み込む。

 しかし重量級の体はしっかり床を踏みしめ、びくともしなかった。壁に激突するどころか体勢すら崩さない。


 自分の力では駄目なのか。

 そう思ったアンナだが、すぐに戦っているのは一人だけではないと思い出す。

 透人が石やビー玉を竜巻の中に投げ込んだのだ。それらは風に乗って速度を増し、小さな弾丸となって巨体にぶつかっていく。空気弾よりも威力は劣るが、数が多い分ダメージの総量は大きくなりそうだ。

 だがしかし、小さな武器のそのことごとくが尻尾を振るって払われてしまう。

 結局アンナ渾身の魔法も、相手に大きな影響は与えられずに終わってしまったらしい。


 だからといって諦めたくはない。

 他人の力を借りた以上、もう諦めてはいけない。

 普通にやって効かないなら、考えて工夫をすればいい。

 例えば、もっと近くから、至近距離で魔法を撃てばいいのではないか。その為にはどうすればいいのか。

 アンナに出来る事は限られているので、絞りこむのに多くの時間は必要なかった。

 箒を使って避ければいい。


 答えを得たアンナは犠牲も覚悟して前へと進む。箒を呼び出して跨がり、空中に身を躍らせた。

 狭い通路を舞台にし、縦横無尽に舞う。蝶のように華麗な空中機動。

 時折ヒヤリとした恐怖を味わいながらも、着実にヒットアンドアウェイを繰り返す。

 巧みに魔法を操り、式神の攻撃をかわしながら反撃を加える。相手を翻弄しながらの空気弾は少しずつダメージを蓄積させていた。

 時間はかかってもこのままいける。

 そんな安心すら抱いていたが、とうとう向こうに攻略法を見つけられてしまった。


 突き進む彼女へと振るわれた強大な尻尾。それは九つが縦に隙間なく並んでおり、鞭というより壁だった。

 避けられる空間がない。

 だからアンナは強引に突破する為に加速しようとする。

 その瞬間、味方から魔法をかけられた。


「フォール」


 突如ガクンと高度が落ち、床に墜落。しかし床は柔らかく衝撃を吸収してくれた。

 驚きつつも、顔をあげる。


 その目前に、突如せりあがった新たな土壁。数枚のメモが張り付き「硬化」という声も聞こえた。

 アンナが落ちたすぐ後に尻尾による鞭の壁は土壁に直撃したようだ。地下の空間ごと揺るがすような衝突音が断続的に響く。

 あちこちにヒビが生じているが、余程頑丈なのか防壁は持ちこたえていた。


 ただしこれでは前に進めない。仕方なく身を起こしたアンナだが、その肩には軽く叩かれる感触があった。


「はい、観鳥さん。ストップ」


 声の主、手を肩に乗せてきたのは透人だ。

 険しい顔のアンナは前を、壁向こうの式神の狐を見据えたまま短くはっきりと告げる。


「とうどくん。止めないで。私がやらなくちゃいけないの」


 折角の助けへの拒絶ともとれる言葉。

 普段のアンナなら決して言わないような失礼な発言だが、焦燥と戦闘による気分の昂りが彼女を刺々しい雰囲気に変えていた。

 しかし透人はそうしたアンナの変化も意に介さず、いつも通りのマイペースで話をしてくる。


「んー。そんな事はないと思うよ。折角人手があるんだから使わないと勿体ないし」

「手伝ってくれるのは嬉しいよ。でも、私が休んでていい訳じゃないでしょ!?」

「いやぁ、でもやっぱり人には向き不向きがあるよ。観鳥さんには攻撃するだとか敵を倒すだとかは向いてない」

「でもっ! そんな事を言ってたら、カレンちゃんを助けられない!」

「もうちょっと落ち着いて。無理して突っ込んだって助けられないよ」

「じゃあっ、どうすればいいの!?」


 八つ当たりのような叫び声と共に背後を振り向いた。その勢いで瞳から離れた雫が宙を舞う。

 一度は鮮明になった視界だが、あとからあとから涙が溢れてきて、また視界は霞んでしまった。

 それでも、その先で真っ直ぐ見つめ返していた、何を考えているのか分からない無表情の顔はしっかりと確認出来た。


「うん。だから……それを皆で話し合おうか」


 アンナの顔も全く気にしないで、透人はあくまで穏やかな態度で言葉を紡いでいく。


「あの壁で時間稼ぎしてる間にさ。作戦会議をして、ちゃんと役割分担して、向かない仕事は向いてる人に任せよう。そうしたら、きっと上手くいくと思うよ。多分」

「……向いてる人?」


 とぼけたような透人の提案にアンナは剣幕と勢いを衰えさせていき、そして気づいた時には大人しく役割分担の内容を聞いていた。



  *



 通路を埋めるような大きさを誇る、荒れ狂う異形の獣。それに小さな二つの背中が立ち向かっていた。

 魔法という未知の力で風を吹かせ土を操り、果敢に攻め、巨体の猛攻を凌ぐ。おかげで後方に退いた清慈郎への流れ弾は未だに一つもない。


「……俺は、こんな時に……」


 そんな光景を目にしながら、清慈郎は己の無力さに歯噛みしていた。


 相手は式神。魂無き存在。

 彼が持つ霊能力では何も出来ない。攻める事も守る事も魂による力であり、魔法で動く物への干渉が不可能なのだ。

 だから影響を与えられる使い手を探していたのだが、一向に見つからなかった。どうやら探索範囲にはいないらしい。

 床の中に消えた救出対象の少女も途中までは追えていたが、いきなり反応が消失してしまった。魔法により瞬間移動でもしたのかもしれない。

 どちらにせよ、霊視での補助すら満足に果たせないのが現状であった。


 そうなれば清慈郎は一般人となんら変わりない。いても邪魔なだけの存在。


「俺は、足手まといだ……」


 ただ守られているだけの弱者であり、役立たずだ。


 ならばさっさと引き下がってしまえばいい。逃げてしまえばいい。そうした方が二人の為にもなる。

 なのに何故そうしないのか。


 答えは自分の中でもハッキリしていない。


 ただなんとなく、下がりたくたいという思いがあるから。理屈ではないのだ。

 しかも霊能力者としての誇りだとか、そんな上等なものではない。

 言ってみれば単なる意地。子供みたいな駄々。


 悪意を見過ごせない。

 被害者を見捨てたくない。

 あの飄々とした無表情に負けたくない。

 ここまでの道中で評価を改めた、あの魔法使いの力になりたい。覚悟に応えたい。


 様々な理由が思い付く。それら全てが下らない理由であり、正しい理由でもあった。

 衝動に体が疼く。戦う手段がないのに、今にも進み出てしまいそうだった。

 未だそれを実行していないのは、無謀な衝動を理性で抑えているからに過ぎない。

 そんな葛藤が内心で起こっているというその事実に彼自身驚いていた。


 ただし驚いてばかりではいられない。

 新たに発見した幼稚な自分を認めて受け入れ、その欲求に従う為には行動を起こさねばならないのだ。


 だから彼は考えた。

 どうせ無謀な手を打つなら、より効果的な手段。リスクはあるが、成功すればそれに見合うリターンもある手段を取るべきだと。

 霊視よりも捜索範囲が広く、自由に行動出来る手段。しかし体が無防備になるだけでなく魂に悪影響が生じる危険もある手段。

 幽体離脱。

 それを試みる決意をし、札を懐から引っ張りだそうとした時。


「変形、棒」


 突然すぐ前から透人の声が聞こえた。

 思考に没頭していて気がつかなかったが、この後方まで下がってきていたらしい。


 態勢を立て直す為の一時的な撤退か。そう思っていると、目前に何かをスッと差し出された。

 それは金属製の細長い物体。全長は一メートル程であり、両端が鋭く尖っている。鉄の棒を削った手製の武器のようだ。


「これが何だ?」


 清慈郎は訝しげな目つきで問う。

 すると透人は、相変わらずのとぼけた顔に似合わない、重大な選択を迫ってきた。


「御上君、暇なら前衛やってくれない? ほら、俺達どっちかというと後衛タイプだからさ。勿論サポートは全力でするよ? まあ、嫌なら他の手を考えるけど」


 激しい戦闘の場にそぐわない口調の、されど試されているようにも感じる透人からの提案。

 それは危険と隣り合わせの仕事。今この場では一般人でしかない清慈郎ヘの無茶振り。

 けれども彼がこの状況で役に立てる唯一ともいえる手段だ。


 だから清慈郎はこの理不尽な選択を、


「あぁ、任された。援護を頼む」


 迷いも躊躇いも一切せず、しっかりと掴みとった。


 実体ある武器を構え、悪意剥き出しの異形向けて駆ける。

 そんな事は悪霊退治で幾度も経験済みの行為なのだ。


 今更恐れる理由は、無い。

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