第九十二話 反撃は助っ人と共に
「透人さん? どうしたんですか? 透人さん!?」
カレンが幾度目かになる呼びかけを試みるも、透人からの反応は返ってこない。ただ自分の声が反響するだけだった。
カレンは孤独を強く意識してしまい心細く感じる。どうしようもなく不安になり、その細い体をガタガタと震わせた。
彼女はつい先程まで透人の提案による作戦会議をしていた。助けが来る事を想定してのものだ。扱える魔法の種類を話し、その使い方を打ち合わせていたのだ。
だが、カレンにとっては助けなんて儚い希望に過ぎず、単なる暇潰しの意味しか持たなかった。
そんな作戦会議を言い出しっぺの透人が「あ、ちょっと待って。急用」と言って中断させたのである。以来彼の声は途切れていた。
正確には囁く位の小声は聞こえていたのだが、内容は聞き取れなかった。誰かと話をしているような間があったので、祖母の部下と会話していたのかもしれない。
もしそれが正解ならば、話だけでなく何かがあったのだろう。場所を移された可能性もある。そしてそこで「実験」に使われる可能性も。
次は自分。そんな考えが頭をよぎり、更に不安になる。透人より己の身を心配するその心に嫌気がさした。
再び心は暗くて深い絶望に包まれる。
そんな時、何かが崩れるような音がした。
自分の心が生み出した幻聴かとも思ったが、続いて聞こえてきた確かな足音で違うと知った。発生源はだんだん近づいてきており、音量は大きくなる。それと同じようにカレンの心音も大きくなっていった。
足音はすぐに止まった。場所はカレンが閉じ込められている部屋の扉の前。
目を固く閉じ、恐怖で苦しくなった呼吸音が耳を覆った。それでも現実からは逃げられないのに。
ガチャガチャと鍵が回る。そして、ギィッ、と不快な音を響かせ扉が開いた。
「ひゃあっ!」
悪い想像をしてしまい、思わず身をすくませたカレンの前に扉を開けた人物が姿を現す。
彼が発したのはカレンの心情とは対極の呑気な声だ。
「カレンちゃん? 援軍が来たから俺達も動くよー」
「……え? 透人、さん?」
呆気にとられたカレンは目を丸くしてその名前を口にした。扉を開けたのは正真正銘、戒めから解放された透人であった。
たちまちカレンは混乱に見舞われる。
しばし状況も透人の言葉の意味も呑み込めず放心してしまい、理解するのにはたっぷりと時間がかかった。
ようやく頭に意味が浸透しても、その言葉を信じられず、大声で叫ぶように聞き返す。
「ほっ、本当に助けが来たんですか!?」
「うん。観鳥さんともう一人。あ、ちょっと待って。今縄を切るから。変形」
相変わらずの無表情で対応した透人は室内に入ってくると、両手と魔法を封じる縄を魔法で呼び出したナイフで切ってくれた。
カレンはお礼を言うなり狭い部屋を飛び出し、透人が口にした人物の姿を探す。
しかし、今すぐにでも会いたいと思ってきた従姉の姿は見当たらなかった。
「……誰もいませんよ。アンナちゃんは何処にいるんですか?」
「上。というか入り口? まぁ、とにかくここにはいないよ」
「え?」
カレンはまたも混乱した。
助けが到着したにはしたが、ここまで辿り着いてはいないという。
ならば何故透人は自由の身でいるのか。
「あれ? じゃあ、どうして自由に……捕まってたんじゃ……」
「うん。捕まってたよ」
「なら、どうして……」
「うーん、脱出マジック? みたいな奴で縄抜けした。魔法じゃなくて手品の方ね。で、その後は魔法使えるようになったから壁を魔法で崩した」
「……少し時間を下さい」
カレンはとぼけた顔をした男の適当な説明を整理する為にそう要求した。
見てみると確かに隣の部屋の壁には大穴が空いていた。中には透人を縛っていただろう縄もある。
脱出マジックという言葉にはツッコミどころが満載だったが、今は信じる他ない。透人は魔法を使わず自力で縄を抜けたのだ。
そうなると疑問が生じる。
「……もしかして、助けが来なくても逃げようと思えば逃げられたんですか?」
「んー。まぁ、それはそうなんだけど。でもその後の事も考えると、やっぱり万全の状態で一発勝負がいいかな、って」
「は、はあ……」
余裕というよりいい加減に近い雰囲気の透人には気の抜けた返事しか返せなかった。
透人の理屈を納得は出来る。そういえば確かに彼はずっと助けではなく援軍と言っていた。
しかしどうにも腑に落ちない。
少なくとも先に言っておいてくれてもよかったのではないか。一人で怖がって絶望して馬鹿みたいだ。
助けられた手前強く言えないだけで、言ってやりたい文句が山程ある。
ただ、言ったところで彼は堪えないだろう。
暖簾に腕押し。糠に釘。きっとそうな風に受け流すだけだ。
そう思ったカレンは深々とため息を吐く。透人に関してはこの短い間に、既に諦めの境地に達していた。
透人はそんなカレンを大して気にもせず、脱出を開始しようとする。
「分かってくれた? じゃ、誰かと出くわしたら打ち合わせ通りに。とりあえず援軍と合流するよ」
「え? あっ、ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
気負いのない無表情でずんずんと進んでいく透人に、カレンは転びそうになりながらも慌ててついていった。
未だに混乱と困惑が満ちる脳内では冷静に考える事もままならなかったが、その影響による間違った判断ではないだろう。
根拠もないのに堂々と振る舞う背中を妙に頼もしく思うのは。
今度こそ大丈夫だと感じるのは。
*
「どう? カレンちゃんととうどくんはいた?」
「…………ああ、いた。二人共無事だった。それどころか俺達に呼応して動き出すそうだ」
幽体離脱から戻った清慈郎がアンナの問いに答えると、彼女はほっと安心した表情を見せた。
ここは市街地から外れた林の中。木々に隠れるようにひっそりと存在していた祠の前だ。
この地下にはどうやら巨大な空間があるらしい。
アンナの要請を引き受ける事を決意した清慈郎が、その奥深くから透人のものと思われる魂を発見したのだ。
位置を特定した後の移動手段は箒であった為、色々と不都合が生じたのだが、到着した際に詳しい話を聞きがてら休憩をとったので現在は問題ない。
踏み込む前の偵察として、清慈郎は魂だけの存在となって様子を見てきた。
地下の構造や邪魔になる人物の数を確認し、透人に救出に来たと伝えた。捕まっているというのに何故か余裕ある態度の彼が、目の前であっさりと縄を外してみせたのには驚かされたものだが。
アンナは握り拳をつくり、やる気を見せる。気持ちを切り替えたのか、その顔が示す感情は安堵から緊張へと変わっていた。
「捕まってた二人が頑張るのなら、私も頑張らないとね。……それで、せいじろうくんは……」
「最後まで付き合うつもりだ」
「うん、ありがとう。それじゃあ早く行こう。二人を助けなくちゃ」
「……ああ、そうだな」
アンナの真剣な表情に、清慈郎は改めて心を動かされた。逆境にも健気に懸命に自分の意思で立ち向かえる彼女をうらやましく思う。
清慈郎は体に活を入れ直すと、アンナと共に隠されていた入り口から堂々と乗り込んだ。
中はしっかりと固められた土壁に囲まれた空間だった。
灯りの為か天井のところどころにやけに明るい火が浮かんでいる。蝋燭等はなく火単体で、だ。
いかにも怪しい、非常識な存在の秘密の隠れ家といった雰囲気だ。
偵察により下へ行くための道順は確認済み。立ち止まることなく足を進ませる。
「待て」
ただし、奥へ進むのはそうそう簡単な話ではない。
案の定、敵対する者がやってくる。
角を曲がった先に歩く人物を発見したのだ。ただし向こうからはまだ発見されていない。
だから霊能力で先手をとり、何もさせずに無力化する事は難しくなかった。
鈍っているとはいえ、魂の力が弱い人間を気絶させるのは容易だ。むしろ手加減が楽なくらいである。
そんな安堵も束の間、次なる敵対存在が訪れたらしい。
空気を焦がすような火の玉が幾つも清慈郎の目の前を通過していったのだ。一人目を倒してすぐ飛びだしていたら危なかった。
「次だ」
清慈郎は顔の冷や汗を拭い、進行方向と逆、火の玉が飛んできた方向に意識を向ける。
そこからは渋い低音が響いてきた。
「よくぞまあ、ここを嗅ぎつけたものだな。だが、あのお方の邪魔はさせんぞ」
現れたのは凝った口調で喋る和装を着た男。
彼が手に持っていたのは札だ。霊能力を用いる際に使うものと似ているが全くの別物。
その札から突如、灼熱の炎が噴き出す。まるで生き物のようにうごめくそれは二人の若者を焼き尽くそうと襲いかかってきた。
魔法による炎だとしたら清慈郎の力では対抗できない。一人では切り抜けられない窮地だ。
「私に任せて」
だから炎にも怯まず進み出たアンナに全てを委ねる。彼女は勇ましく胸を張って呪文を唱えた。
「ブロック。コールド」
視界を埋め尽くす赤い炎。しかしそれは清慈郎とアンナに届かない。
アンナの魔法が阻んでいるのだ。多少暑く感じる程度で影響は少ない。
とはいえ炎の勢いが衰える気配はなく、むしろ益々激しく燃え盛っていく。相手の姿も見えない程だ。
しかし清慈郎には霊視の力によりハッキリと視えている。
その影を狙い、魂を研ぎ澄ませた刃で一閃。
魂に大きな傷が生じた事により、力を失って男は倒れ伏す。それと同時に炎も消え去った。
大層な口をきいた割りに簡単に撃退できたようだ。
しかし、
「まだだ」
安心するのはまだ早い。
その事実を耳に届いた重厚な足音が教えてくれた。
警戒を発した清慈郎だったが、登場した足音の主が戦国時代の甲冑だった事に違和感を覚えた。
魔法使いとは縁の無さそうな装備である。ただ、それには他にも奇妙な点が一つあった。
「魂が無い……?」
「式神っていうんだよ。倒すのは難しいから使い手をどうにかするのが早いみたい」
「そうか。ならあれを任せる。俺は使い手を探す」
「うん、頼んだよ。せいじろうくん」
そう言い残したアンナは前に駆けていき、式神だという甲冑の相手を始めた。
重い鎧の攻撃を見えない壁で受け、強風を吹かせて行動を阻害する。時間稼ぎを目的とした戦い方だ。"相方"を信頼してのものだろう。
その期待に応えようと清慈郎は目を閉じて集中する。霊視の範囲を広げ、何処かに潜む使い手を見つける為だ。
「……そこか」
そして遂に怪しい魂を発見した。その魂の形からすると札を手にしているらしい。
場所は恐らく二つ下の階層だが、魂による攻撃には壁も床も関係ない。距離も清慈郎の射程内だ。
アンナと鎧が作る騒音を頭から追い出し集中。そして階下に視えた魂めがけ、長くのばした魂の刃を降り下ろした。
結果は上々。魂を浅く引き裂かれ、意識を保てなくなった人物が倒れる。
使い手が気絶したせいか、アンナの壁を突破しようとしていた式神が札へと変化した。
衝撃や振動、呪文を唱える声も止み、たちまち辺りは静かになった。
それでも清慈郎は警戒を解かず、霊視により周囲の安全を確認する。
「……近くにはもう人間はいないな」
「魔法の反応もないよ」
「そうか。ひとまず初戦は切り抜けたようだな」
「せいじろうくんのおかげだよ。ありがとう」
真剣な表情を一旦緩め、柔らかい笑顔で感謝を述べたアンナ。
彼女を目にしたところ、妙に落ち着かなくなったので清慈郎は顔を背けてぶっきらぼうに言う。
「まずは上手くいったからといって油断するな。気を引き締めて行くぞ」
「うん、分かってる。気をつけながら急ごう」
再び張り詰めた顔つきとなったアンナは、返事をするなり早足で進み出す。囚われていた二人を案じてか焦っているようだ。
その分を自分が冷静になって補助しなければ。
清慈郎は行く先を阻む存在に注意を払いつつ、アンナと並ぶように足を急がせた。




