第九十一話 誘爆する決意
「そんな怖い目で睨まないで下さいよ、坊っちゃん。折角のイケメンが台無しですぜ」
「睨んではいない。俺は元々この顔だ」
「おっと、そうでしたね。ま、行きたい気持ちは分かりますけどね。今のあんたはつれてく訳にゃいかねえんです」
「俺の状態は自分でも分かっている。鈍った俺は足手まといだ。残って磨き直しに励むさ」
「応援してますよ。ところで……原因はもしかしてあの子への未練じゃないですか? もしそうなら、意地を張らずに素直にヨリを戻した方がいいと思いますよ?」
「……何もかもが違う。それに、その件は関係無い」
「そうですか。ま、今回は大人しく留守番してて下さいよ」
飄々とした雰囲気の青年は後ろを振り返るとひらひらと手を振り、話し相手の少年に別れを告げた。そして大人達の集団と合流し、立派な門から外へと出ていく。
それを難しい顔つきで見送った少年は古めかしい日本家屋の中に入っいった。
彼は一人、静かな畳敷きの広間で座禅を組んで集中する。
しかし、それほど長い時間の経たぬ内に集中を切らして舌打ちをし、静かで厳かな空間に大きく音を響かせた。
「……駄目だな」
清慈郎は現在スランプの真っ只中。
霊能力を使う際に障害となる程に深い迷いを抱えていた。
ここは彼の生家であり、周辺一帯における霊能力者の拠点となる場所。
先程話していた青年も霊能力者だ。清慈郎にとっては遠縁の親戚であり、兄弟子に当たる存在だ。
彼を含む集団は、離れた地域を住処とした強力な悪霊を退治する為の遠征に向かったのである。だが、スランプ中の清慈郎はそのメンバーとして同行する事を許されなかった。
だから一人で磨き直しを、精神の鍛練を行っていたものの、これが中々上手くいかないのである。
霊能力は魂の力。魂の力は精神、心に直結する。運動能力でも同じ事が言えるが、その影響の度合いは比べるまでもなく霊能力の方が大きい。
青年は不調の原因があの子――アンナだと指摘してきたが、清慈郎はまともに取り合わず否定した。
嘘ではない。
そもそも兄弟子達は色恋だなんだと囃したててくるが、そのような関係ではないのだ。今後もなりたい訳ではない。
ただ彼女を前にすると意味もなく落ち着かなくなり、冷静に考えられなくなるだけ。決して、断じて違う。
とはいえ、確かに彼の不調はアンナの秘密を知った日から始まった。
霊を察知する視界は曇り、悪霊を切り裂く魂の刃は切れ味を落とした。
馴れ馴れしく接してくるアンナと、何かにつけては彼女と二人きりにしようと画策しているうるさい女。二人にかきまわされ、集中がおろそかになった結果だ。
夏休みに入って解放されるかと思ったら、そんな事はお構い無しとばかりに行く先々に現れては心を乱してきた。それも偶然ではなく明らかに何者か(犯人は分かっているが)の作為を感じる出会いばかりだった。
だからああする決断をしたのだ。
「……未練などある訳がない」
数日前、図書館でやはり作為的な出会いをした時にわざと怒らせるような発言をした。
気まずい空気をわざと作り、気まずいままに別れた。
無理矢理の強引な拒絶。後味の悪さに嫌悪感があったものの、悪霊から世間を守る為だと言い聞かせて納得させた。
それからは一時的にせよ、力の鋭さが甦った。解決したのだ。
だから彼女が原因だという説は間違い。
迷いが悪化した理由はアンナと決別した後、その翌日の夜にあった出来事だ。
きっかけは霊視により偶然見つけた形のおかしい魂だった。
危険な悪霊だと判断して行ってみれば、その正体は幽霊ではなく実体ある怪物。
更にはそれと戦う男女の姿も発見した。
しかも、だらしなく着崩した服装と粗暴そうな容姿をした男の方は同級生だった。名前は覚えていないが目立つので印象に残っている。
『姐さん、やりました。終わりましたよ!』
『そうですね。最近は危なっかしいところも無くなってきて何よりです。が、もっと責任感を持って下さい』
男女二人は怪物を倒した後に会話をしていた。緩んだしまりのない顔つきの男に対する、緊張感のある厳しい顔つきの女の小言だった。
魔法、超能力。
彼らはそれらに属する者か。はたまた別の何かか。
そんな事はどうでもよかった。
ただ、女の説教している声が自らの説教染みた発言の記憶を呼び覚まし、アンナとの後味の悪い別れをも思い出してしまった。
後味の悪さは苛立ちに変わり、心を乱す。責任なんて感じていなさそうな不真面目な男の存在もまた苛立ちを助長させた。
結果として清慈郎の心は鈍く曇った。やっと以前のような鋭さを取り戻したと思った直後だけに、心情の振れ幅は大きく激しかった。
だから男が一人になったところで壁に身を隠し、「そんな浮わついた気持ちで戦いに関わるな。迷惑だ」と声をかけた。しかも魂の刃で足を少しばかり傷つけ、動きを封じた上で、だ。
今思い返せば恥ずべき行動だと思うが、当時はそれほどに冷静ではなかったのである。
これが間違いだった。
八つ当たりのような行いであり返答は期待していなかったが、彼は足の異変にも動じず堂々と答えたのだ。
『ハッ! テメエが何処の誰だか知らねえがな……止める訳にゃいかねえよ。何でかって? んなもん決まってる。姐さんの下につくと決めたからだ』
男の発言内容はふざけているとしか思えなかった。
更なる苛立ちを募らせ、内で荒ぶる気持ちを抑えて「俺は家の使命で戦っている。お前はそんな理由で戦いに身を投じて恥ずかしくないのか」と問いかけた。
すると彼は嘲笑うかのような態度で返答してきたのだ。
『ハッ! 家の使命、ね。くだらねえな。そこにテメエの意思はあんのかよ? 他人に与えられた理由が使命だなんて、それこそ恥ずかしくないのかよ?』
清慈郎は誇りを馬鹿にされた怒りを覚えながらも、何も言い返す事が出来なかった。
アンナに、そしてこの男に偉そうな事を言っておきながら、自分自身の戦いに関わる理由と覚悟が薄い事に気づかされたのだ。
だから、清慈郎は男に見つからぬようひっそりと立ち去った。
そして言い返すべきだった言葉を考えた。
しかしその言葉は見つからなかった。
答えなき自問は魂に巻きついて外す事の出来ない鎖と化した。
色恋だなんだと言われている頃が生易しいと思える位に、魂の扱い方が衰えてしまった。
「俺が戦う理由……それは何だ?」
独り言に答える声はない。
ずっと家の使命こそが自らの使命だと信じてきた彼が、力ある者が持つ当然の責務だと信じて疑わなかった彼が、初めて抱いた迷い。
今まで通りにそれが当然だと信じておけば楽なのだろう。だが、一度他人に偉そうな事を言った以上、真っ向から向き合わないといけない気がした。
初めからあった使命。
そこに自分の意思は、戦う理由はあるのか。
そのヒントを求め、適当な理由をでっちあげて透人のところへと赴きもした。
何故よりによって透人を選んだのかは自分でもよく分からない。生まれからの霊能力者でない、元々一般人だった者だからかもしれない。
ただ、彼の信条を聴いても迷路からは抜け出せなかった。
益々眼は曇り、刃は鈍る。
他人に偉そうに説教しておいてこんな無様を晒すなど、なんとも呆れた話である。
不甲斐ない自分を責め続ける。
このまま一人で鍛練をしていても無駄だ。
そう思い始め、実際に終えようとした。
外からズザザッという砂地を引きずるような音が聞こえてきたのはそんな時だった。
清慈郎は思考を切り上げ、様子を見るべく急いで立ち上がると庭に面した廊下へと向かう。
そこで目にした人物に対して、ギリッ、と反射的に奥歯を強く噛み締めた。
彼女は今、一番会いたくない存在だった。
「せいじろうくん!」
名を呼んできたのは箒に乗って飛んできたらしいアンナ。庭に深々と残った着地の跡から此方へと向かって駆けてきていた。
清慈郎は冷静を保つように心掛け、簡潔に鋭く問う。
「何の用だ」
「助けて欲しいの!」
アンナは清慈郎の目前で立ち止まると、彼女に似つかわしくない大声で叫んだ。
よくよく見てみれば様子がおかしい。
玉のような汗を流し、荒い呼吸を繰り返す。まるで全力で長距離を走りきった後のように疲労していた。
それなのに縁側に立つ清慈郎を上目使いで見上げる顔には、辛そうな様子がない。ある筈の辛さや苦しさは全て堪えて隠した、鬼気すら感じさせる真剣な表情だった。
ついさっきの心掛けはどこへやら。不覚にもあっさり動揺してしまった清慈郎を余所に彼女は話を続ける。
「カレンちゃん……私の従妹と、とうどくんが連れていかれちゃって……でも魔法じゃ場所が分からなくて……だからせいじろうくんに探して貰いたいの!」
なにやら大変な事件が起きたらしい。
確かに霊視を用いれば行方不明の人物も探せるだろう。霊能力者であり強い魂を持つ透人がいるなら尚更だ。
だが、清慈郎は冷たく言い放つ。
「……断る。俺が、手伝う理由は無い」
これ以上、関係の無い事件に関わる暇は無い。
そんな事をしたから心が乱れ、本来の仕事に支障をきたす事態となったのだ。余計な事をすれば更に自分の使命が分からなくなってしまう。
しかし、そんな清慈郎の心情などお構い無しに必死な顔のアンナは続ける。
「うん。私のわがままなのは分かってる。でも、他に頼れる人がいないの! お願い! どうしても助けたいの!」
「……俺は、……俺が手伝う必要はないだろう」
動揺からか、清慈郎の拒絶はか細く頼りない声になってしまった。
それでも彼は、揺れ動く内心に気づかない振りをして無様な虚勢を張り、逆に諦めるよう説得する。
「そもそもの話、よそ者に助力を請うなど、恥ずかしいとは思わないのか」
「恥ずかしくてもいい! だから助けて!」
「……魔法は野蛮なものではなく楽しいものなのだろう。それはいいのか」
「うん、嫌だよ。でもっ、嫌な事でも誰かが……ううん、私がやらなくちゃいけない。それが、せいじろうくんが言ってた覚悟とか誇りじゃないの!?」
必死な顔。
形振り構わない覚悟。
以前の台詞に真っ向から相対する言葉。
決して諦めようとせず懇願してくるアンナに気圧され、清慈郎の魂の奥深いところが疼く。
自分にないもの。他人から与えられたのではない、本人自身が定めた使命に対する想いを感じた。
真っ暗な迷路に差し込む一筋の光明に見えた。
そして思い出した。
以前自分から余所事に足を踏み出した時の事を。家の使命でなく、自らの意思で戦いを選んだ事を。
その時、魂は濁っていただろうか。曇っていただろうか。鈍っていただろうか。
清慈郎は試すように、あるいはすがりつくように、その問いかけを口にする。
「自分の主張を曲げてまで……お前は何故、何の為に戦う?」
「助けたい。だってカレンちゃんの方が私のわがままずっと大事だから」
普段のふわっとした柔らかい雰囲気とは全く異なる、梃子でも動かなそうな堅い意思を感じさせる強い顔つきのアンナ。
根底にある思いが浮き彫りとなった言葉には、短くとも相応の想いがあった。
そんな彼女を前にして魂を揺り動かされた清慈郎もまた、同様に堅い決意をする。
本来の使命ではないからこそ、決断に必要なのは自分自身の意思と思いだ。
「……分かった。俺の力を貸そう」
彼は真っ直ぐな眼差しでアンナを見つめ、強い意思を込めて応えた。
先の見えない道を照らす、眩しい光がそこにはあったから。




