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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十章

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第六十四話 代償と収穫

「あ、おはよう紅輝」

「……おー」


 休み明けの朝。どんよりとした黒い空気を漂わせる紅輝はよろよろと教室に入った。

 そんな異変を軽く無視する透人に気だるげに挨拶を返し、席に着く。そして机に突っ伏した。


 紅輝は現在絶不調である。

 体の疲れは勿論あるのだが、それ以上に精神的に参っていた。

 その原因は土曜日の力雄絡みのゴタゴタ。

 ではない。原因はそれが片付いた後の出来事だ。


 紅輝は透人を助けに行く際、仕事をすっぽかして出ていった。それを澄にこっぴどく叱られ、タダ働きの延長を言いつけられたのだ。

 事実を言うわけにいかないので適当に誤魔化そうとしたが、それが火に油を注ぐ結果となってしまい、今までの記録を更新をする程の酷い目にあった。

 透人や力雄も一緒に謝ってくれたものの、澄の怒りは軽減されたとは思えなかった。


「お前は平気そうだったよな……」

「んー。まあ、あれより恐いのに慣れてたから?」

「それ、どんなだよ……」

「いや、先生だけど」

「あー……オレは澄の方が苦手だな……」


 元々透人が原因とはいえ、自分から勝手に飛び出したのだから責めるつもりはない。ただ、透人が無表情でなくもう少しだけでも反省した顔をしていたら、と思わなくもなかった。


 ぐったりしながらも、黙っていられない紅輝は透人と話を続ける。そこに充が口を挟んできた。


「というか火口。お前らが何したのか知らんが、俺まで巻き込むなよ」


 充はあの事件の当事者ではないが、無理を言って透人達と一緒にタダ働きの手伝いに参加してもらっていた。紅輝が飛び出したきっかけは充の電話なので全くの無関係ではないのだ。


「いいだろ別にー。今度うちのラーメンおごってやるからよー」

「だったらチャーハンもつけてくれよ」

「あいよー」


 充へせめてものお礼を約束する。これは迷惑をかけた後輩の昭彦にも同じ条件でお礼をした。


 自由な時間、たたでさえ少ない小遣い、精神的な苦痛。

 紅輝は例の件のせいで様々な代償を払った。


 それでも後悔はしていない。

 何故なら、窮地の友達を助けられたのだから。そして代償に見合うだけの収穫があったのだから。


「……おはよう……」

「おー」


 紅輝の近くまでやって来て力無い声で発言したのは力雄だ。いつもと同じようだが、疲れているせいだと雰囲気で解る。


 力雄も例の一件が原因で妖怪仲間にこっぴどく怒られたらしい。他にも後始末を丸投げしてしまったり、仲間に伝える顛末を誤魔化して貰ったりと迷惑をかけた。その上で紅輝の方にも謝りに来たのだから頭が下がる。


 力雄とはこれまでも友達として接してきたがこれからは違う。

 ずっと明かせない秘密を抱えていた同士。悩みをわかちあえる戦友となったのだ。


 紅輝は透人と共に、全て自分のせいだからと責任をとろうとした力雄を説得した。

 力雄の覚悟は感じたが、同時に思い詰め過ぎだとも思った。

 力雄の正体が鬼だろうと、紅輝にとって彼は、気弱で優しくて小さい割に力が強い友達なのだ。

 そんな彼が災いの原因である訳がない。存在してはいけない筈がない。

 同情ではなく純粋にそう思った。

 だから力雄の選択を認めなかった。


 力雄も似たような事を思ったのか、紅輝の正体を認めて受け入れてくれた。


 それ以来力雄との間にあった壁が壊れ、本当の意味で友達になれた気がする。


 妖怪とはいえ、超能力者ではない友達。

 それは紅輝にとって大きな希望になった。


「力雄、色々ありがとな」

「え? あ、うん。こちらこそ。紅輝君」


 突然の紅輝の発言に、力雄は戸惑いながらも丁寧に返事をする。

 その話し方からはおどおどした感じが抜けてきていた。

 どうやら力雄にも良い影響があったようで、紅輝は安心して顔を綻ばせた。




 ただ一方で、紅輝には一つ気がかりがあった。


 それは擬似的に体験したあの経験。


 超能力者だという正体が澄にバレる事。


 いつかそんな日が来るのかもしれない。

 その時自分は、そして澄はどうするのだろうか。


 紅輝は柄にもなく、そんな事をしんみりと考えていた。



  *



「さて、貴方。私に言う事があるんじゃないかしら」


 高級な内装の部屋で、ソファに優雅に腰をかけた妖しく微笑む笑亜。

 恒例のイベント。いつもと同じ光景。

 ただし、笑亜の表情はいつもと少しだけ違っていた。

 笑みが僅かに深くなっていて、瞳には吸い込まれそうな引力がある。雰囲気も普段より更に妖艶で近寄り難い。

 今までの経験からすると、この状態の笑亜が抱いている感情は期待に興味。楽しもうとしている顔だ。


 普通の人間なら見惚れるか気後れするところなのだろうが、透人は平然と受け流す。

 そして無表情のまま用意されていたオレンジジュースを一口飲み、呑気に発言した。


「んー。まぁ、色々あるけど、とりあえずは……薬ありがとう。かな。あれ、もっとくれない? 常備しておきたいんだけど」

「駄目よ。普段からあんなぶっとんだ代物を使うのは。それに慣れてしまうと、いざというときでさえ頼るようになってしまうもの」

「そういうもん? なら諦めるか」


 話題にした薬とは全ての戦闘が終わった後、超能力の過剰使用で苦しみだした紅輝に飲ませたものである。

 あの時、透人は笑亜からテレパシーで指示されて「ちょっと助けを呼んでくる」と言ってその場を離れると、駐車場の入り口にいた市乃から薬を受け取っていたのだ。

 理事長が作った超能力者用の代物らしい。以前透人も違う種類のものを飲んだので、本当によく効く事は実感していた。

 だから欲しかったのだが、薬に頼りすぎはよくないというのも分かる。大人しく引き下がった。


 そうして透人が納得したタイミングで笑亜は尋ねてきた。


「それで? 本題前の寄り道はもういいかしら?」


 目を向けると、笑亜は少し雰囲気を変えていた。

 微笑は崩れていないものの、目に力がこもっている。心なしか声にも脅迫めいた圧力を感じた。

 透人が笑亜の求めを理解した上でわざと外した事を非難しているのか。とにかくこれ以上引き延ばすと怖そうだ。


 本当は薬を渡してきた時の市乃の態度について文句を言っておきたかったのだが、仕方ない。緊急事態で急いでいるところに「ヒッヒッヒッヒッ、薬はいらんかえ~」とふざけているとしか思えないしゃがれ声で言ってきたのに少しイラッとしただけで、実害は特になかったから。


 透人としても早く話したい思いはあったので、気持ちを切り替えて本題に入る。

 その為にポケットに入れてあった当事者を取り出した。


「この付喪神について神無月はどこまで知ってるの? どこから話せばいいの?」

「そうね。市乃の報告にあった情報は二つだけよ。怪しい御守りが付喪神になった事。それと、その付喪神が赤井さんに変身した事」


 先日の一件の折、透人が持っていた龍の飾りは付喪神と化した。

 力雄の話によると、その現象はあの時あの空間に満ちていた、何人もの鬼の強力な妖気の影響らしい。無論力雄もその内の一人だ。

 そして、紅輝が動きを止めたきっかけとなった澄の正体はこの付喪神である。


「付喪神の力は元々の品物が持つ性質に左右されるわ。だから……とりあえずは、それが一体何なのかを教えて貰いたいものね」

「う~ん。それは直接これ(・・)から言って貰った方が早いんだけどなぁ」


 透人は面倒そうにぼやくと御守りをじっと見つめ、声をかけ、指でつつく。

 しかし反応はない。


「うん。起きてくれない」


 この付喪神は基本的に面倒臭がりで常に寝ているようなのだ。

 初めの会話以外には、紅輝と力雄への説明と家に帰った後に行われた自己紹介の時しか口を開いてくれなかった。透人が何をしても無視し続けている。

 困った際には透人に力を貸してくれるらしいが「本当に他の方法がない時だけにして下さいよ~。そうじゃないならやりませんからね~」と言われてしまった。


 そういった内容を透人が伝えると、笑亜は呆れ気味に提案してきた。


「仕方ないわね。だったら、私が無理矢理起こしてあげましょうか」

「いやぁ、それはいいよ」


 嫌な予感しかしないので断った。他人(妖怪)に痛みを味わわせてまで説明を回避したい訳ではないのだ。

 それから仕方ないという風に頭をぽりぽり掻きながら話を始める。


「え~と。まずは……今まで記憶を消されそうになっても消えなかったのって、これのおかげみたいなんだよね。何か記憶を保存する魔法だか術だかがかけられてるとかで」

「ええ。その可能性は予想していたわ。貴方に関わる物の中で一番怪しかったもの」

「だから今まで保存してきた俺の記憶を脳内に再生したり、姿を変化させて再現したりする力があるみたいなんだよね」

「赤井さんの姿も貴方の記憶の再現なのね?」

「うん」


 嫌々ながら協力してくれると言った付喪神に、いつか、というかちょくちょく見かける「あの台詞を言う澄」の記憶の再現を頼んだのだ。

 まずは実験、というかものは試しのつもりだったので、あんなに上手くいくとは思っていなかったが。


「で、これを貰った時の事を思い出させてくれたんだけど……」

「何があったの?」


 口ごもる透人だったが、興味深そうにしている笑亜に促されると、言いにくそうに唸りつつも思い出した記憶を語りだした。


「ん~と。だから……子供の頃に田舎の方に旅行に行って、山奥で迷子になって、そこに妖怪が現れて、知らないお爺さんに助けられて、記憶を消されそうになって、その直前で『ほほう、新人か。だが、まだ早いな』って言われて、『御守りだ』ってあれくれて、それで記憶消された。以上」


 透人が一気に終わらせた話の内容を聞いた笑亜は半眼で彼を見据えていた。それから間髪入れずに確認をとる。


「その知らないお爺さん。物凄く心当たりがあるのだけれど」

「うん。理事長だったね」

「つまり、理事長先生は貴方の事を最初から知っていたのに隠していたという事かしら……でも基本適当で刹那的に生きている人だから本気で忘れている可能性もあるのよね……」


 たった今判明した事実について笑亜は悩み始めた。内容はともかく表情は真剣そのものだ。

 そんな状況にも関わらず、透人は笑亜の思考に割り込む。


「それよりもう一つ話したい事があるんだけど、いい?」

「……まだ何かあったかしら?」

「この付喪神の名前どうしようか迷ってんだよね。無いと不便だし。本人は俺が決めていいって言ってたけど。神無月は何かいい案ある?」


 透人は呑気にそう口にした。理事長が何を考えているかなどどうでもよかったからだ。

 その発言に対して一瞬不満気にした笑亜だが、すぐに妖しい微笑みを取り戻す。どうやら透人に同調して楽しもうとしているらしい。


「フフフ。そうね。そういうことならキラキラした素敵な名前を考えてあげましょうか?」

「いやぁ、呼ぶ時恥ずかしいのはやだよ」


 透人は笑亜の提案をやんわり却下する。それから二人で名前の案の出し合いを開始した。


 議論は長時間に及んだものの、最終的に飽きてきてもうそのままでいいやとなった為、付喪神の名前はロンに決定した。

 ただ、そう報告しても彼は反応しなかったので、使う機会は限りなく少なそうだった。

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