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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十章

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第六十話 山火事

 力雄は口をぽかんと開き呆然とした様子でぺたんと座りこんでいた。

 ここに来た目的も自身の怪我も意識から消しとぶような、理解に苦しむ出来事に頭がついていかなかったのだ。


『少し、待っててくれ。すぐ終わらせて助けを呼ぶから』


 そう言ったのは間違いなく力雄のクラスメイトである紅輝だった。強引な言動にはしばしば困らせられるが、友達だと思ってくれているかもしれない存在だ。

 彼は力雄や美夏、朝佳などと違い、妖怪に一切関わりのない一般の人間。だと思っていた。

 なのに彼は、今目の前で炎を生み出し妖怪と戦った。そして、恐らく透人を助けに向かった。


 実は妖怪だったのか。それにしては妖気を感じない。

 実は退治屋だったのか。退治屋は退魔の力を宿した武具を扱うのであって、あんな妖術めいた事は出来ない。

 ならば彼は何者なのか。答えは、力雄の脳内には存在しなかった。


 そんな解決しない問いに悩む力雄を疑問の渦から引き上げたのは、怒りの感情で震える低い声だった。


「あの野郎ぉ……」


 そちらを見やれば誘拐犯一味の鬼が立ち上がっていた。いつの間にか炎が消えている。大きな火傷を負っているにも関わらずまだまだ自由に動く体力はあるらしい。

 彼等は力雄の存在を忘れたかのように物騒な会話を始めた。


「オイ、どうする? 追いかけるか?」

「当たり前だ。舐められたままでいられるか!」


 追いかける。

 その言葉を聞いた瞬間、力雄はハッとして目が覚めた。


 このままでは二人が危ない。

 紅輝という謎の存在の登場に鬼の一味がどう出るか。恐らく、力雄が来るまで透人に手を出さないという口約束は反故にされるだろう。

 そうでなかったとしても、戦闘が起きる。

 そうなった時、紅輝だけで勝てるのか。


 正直、その確率は低い。一度炎に包まれた鬼がこうして立ち上がっているのだから。

 そうなれば透人だけでなく、紅輝も犠牲になってしまう。紅輝の素性がなんであれ、そんな事になっていい訳がない。


 ならばどうするべきか。

 答えは簡単だ。

 全ては力雄自身が原因となって起きた出来事。

 だから自分が行かなければならない。

 だから自分こそが助けなければならない。

 だから透人も紅輝も守らなければならない。


 そうすると紅輝に正体がばれるが、そんな事はどうでもいい。

 紅輝だって、今まで隠していた力を力雄の為に使ってくれたのだ。自分だけ隠したままなんて許されない。


 例え妖怪という正体を知られた結果、怖がられようと、恐れられようと、怒られようと、拒絶されようと、居場所を無くす事になろうと、全て受け入れる。

 何故ならそんな事は当たり前なのだから。

 人間と妖怪は別れて暮らす。それが本来の姿なのだから。


 とりあえず、ここにいる戦力は自分がなんとかする。いや、しなければならない。


 覚悟を決め、人への変化を解き本来の姿を取り戻す。肌は赤く染まり、額には角が生える。全身から、今まで抑えていた妖力(チカラ)が溢れてくる。


 その姿は暴力の権化、人外の化け物、恐ろしい鬼。

 はっきり言ってあまり好きではない姿。

 だが、今だけはそんな外見に恥じぬよう威風堂々立ち上がる。普段の気弱な雰囲気を必死に隠してどっしり構えた。


 それから力雄は、頭に血が上っているのか自分の変化に気づいていない様子の二人組を見る。悪の道を自分から選んだ、正真正銘戦うべき相手を。

 誰も傷つけたくない、なんてもう言わない。

 揺るがしてはいけない意思を心の中心に据え、力雄は床が割れる程に強く強く踏み込んだ。


「よし、この御礼はキッチリと返して……」

「行かせないっ……!」


 相手の言葉を遮って宣言しつつ、力任せの体当たりを思いっきりぶちかます。

 重量差や自然の法則は妖怪の力で覆る。相手は完全に油断していたようで面白いように吹っ飛んでいった。

 結果をチラリとだけ確認した力雄はすぐに体勢を整え、次の攻撃の準備に入る。

 ピリピリとした緊張感を抱きながら見上げる先には、残ったもう一人の黒鬼。彼は憎々しげに悪態を吐き、力雄のものより大きな拳を振りかぶった。


「……このチビがっ! 大人しくしやがれっ!」

「そっち、こそ、行かせない……っ!」


 双方共に、強い感情を感じさせる言葉と唸る拳を繰り出した。

 黒鬼は上方から叩きつけるような振り下ろし。力雄は屈めた体を伸ばしながらの突き上げ。

 人外の拳と拳がぶつかりあい、凄まじい衝撃を生む。それは辺りの空気を震動させ、爆音を撒き散らした。



  *



 力雄以外に助けは来ない。

 鬼の一味はその事に余程自信があったのだろう。恐ろしい形相を保ちながらも、予定外の乱入者の登場には明らかに戸惑っていた。

 ただし、それは一人を除いての話。


「チ! オイ、そこの炎使いの餓鬼! コイツがどうなってもいいのか!?」


 いち早く我を取り戻したのは黒鬼達の頭だ。獰猛な目付きで紅輝を脅しながら、無力な人質がいる場所へと手を伸ばす。

 しかし、そこには既に誰もいなかった。透人は頭より遥かに早く行動を開始していたのだ。


「あぁっ!? 何だこりゃ!?」


 危険から距離をとりつつ、ティッシュをサイコキネシスで操作して頭の周囲にばらまく。相手にとって未知の力で視界を塞ぎ、驚いている隙に荷物がある場所を目指して走った。

 その背後を追いかけてきたのは、気味の悪さが薄れた代わりに怒気が混ざったしわがれ声。


「テメエら突っ立ってねぇで餓鬼を捕まえろ! それと火達磨んなった阿呆! それくらい耐えてやり返せ! それ位も出来ねぇようなら俺の手でトドメさしてやるぞ!」


 頭は視界を遮る邪魔な物体を振り払うよりも、手下に指示を出す事を優先した。

 そのやり方は恐怖による統制の仕方。力が全ての荒くれ者の流儀。

 だからこそ手下は従順に動いた。

 荷物の傍にいた二人は透人を確保しようとし、炎上中の鬼は雄叫びと共に立ち上がる。遠くの位置で見張りをしていた鬼も急いだ様子で向かってきた。

 しかも彼等は闇色のオーラめいたものを纏っていた。鬼にまとわりつく鮮やかな赤は暗い闇に呑み込まれかかっている。


 妖気とか妖力とかそういうものか。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、ひとまず透人は目の前に迫る敵に対処しようとする。

 しかし、その動作は少しばかり遅れをとってしまう。

 実際に鬼による透人の捕縛を邪魔したのは紅輝だった。


「真っ先に弱い方を狙うんじゃねえよ! お前らの相手はこのオレだっ!」


 紅輝の叫びに呼応するように、闇に押されていた炎が勢いを増し、他の鬼へと飛び火していく。それに気をとられた鬼が透人に近づく足を止めたのだ。


 そして今度は透人の番。鬼達に自由に動く権利は与えず畳み掛ける。

 所持品を手に入れた透人は即座に魔法を使った。あらかじめ開いておいたページにある魔法陣の効力は硬化。魔法を施した武器を動かして反撃を始める。


 炎から逃げようとする鬼と離れた場所の鬼、その全員に向け、まずはビー玉を転がした。そしてある程度の距離でいくつかの軌道を変更。一気に上昇させて目を狙った。

 死角からの強襲。鬼達は炎に意識が向いていた為に上手い対応など出来ない。瞼を閉じたようだが、反射的にたたらを踏む。

 その足元には別のビー玉。硬化の魔法により、砕かれる事は避けられたらしい。踏みつけてバランスを崩した鬼は転倒する。

 そこに更なる武器を追加した。硬化させた釘や螺子。体のあちこちに鋭い痛みが突き刺さった鬼は呻き声をあげる。

 ただ、大したダメージは無いようで、牽制兼時間稼ぎの域を出ていない。しかも、透人による一連の攻勢を逃れた影があった。


 紅輝に火をつけられ、頭からも脅迫めいた指示を出された黒鬼だ。

 彼の標的は紅輝。透人に背中を向けて離れていったのでサイコキネシスが追いつかなかった。


 突進してくる人外の猛威に対し、紅輝は炎を壁状に広げて防御態勢をとっていた。

 しかし、相手は既に火に包まれている上に、失敗が許されない事情もある。故に、一片の躊躇すらせずに火の中へ身を躍らせ、己に恥をかかせた憎き乱入者を押し潰しにかかった。

 紅輝は間一髪のところで反応して横っ飛び。何とかギリギリで避ける。

 それが可能だったのは火傷のせいか。鬼の動き出しは鈍く、ぎこちなかった。

 それでもその突進には常人を遥かに超える速度と壁を易々と砕く力があった。


 紅輝は体勢を立て直しながら毒づく。


「クッソ! 卑怯者の癖にしぶといな、お前ら!」

「裏切り者に言われる筋合いはねぇ!」

「ああ!? お前らの方が裏切りだろうが! 力をしょうもない事に使うなよ!」

「んなもん俺達の勝手だろ!」


 紅輝と鬼は一見噛み合っているようで実際はズレている会話を交わした。どうやらお互いに、相手が同族だと勘違いしているらしい。

 そのまま勘違いは修正される事なく話が終わり、言葉から実力をぶつけ合う時間に移った。

 紅輝が炎を生み出しつつ距離をとろうとすれば、鬼は即座に詰め寄りその強大な力を振るおうとする。

 しかし、鬼はいくら燃やされても耐え続け、紅輝は炎を目眩ましにして逃げ続ける。

 両者ともに決定打がない状況。


 それは透人の方も同じだった。

 もう超能力を見られているからと開き直ると、紅輝が自分の戦いに集中しているのをいいことに、超能力だけでなく魔法も使いまくっていた。

 ビー玉や釘からなる即席のトラップをばらまき、壁を造り、重力操作で行動を阻害した。鬼達は力ずくで突破を図るものの、重ね上げられた小細工の前では存分な力を発揮出来ない。


 それでも時間稼ぎにしかなっていないのが現実。


 だから透人は打開策を講じた。

自身の前は後回し。まずは向こうの数を減らし、こちらを少しでも有利にする。


 紅輝と対峙している鬼を狙い、硬化させた武器を投じた。

 何度も繰り返したように目と足元を集中攻撃。既によろけていた鬼は簡単に転倒した。


「悪ぃ透人!」


 その時を待っていたらしく、紅輝は生じた隙に素早く合わせて自ら距離を詰める。

 そして敵対者の顔を掴んだ。すると紅輝の手も鬼の顔も熱を帯びたように赤く染まる。それから間を置かずに出現したのは眩いばかりの激しい光。

 火力の一点集中。

 紅輝はそれにより鬼の強靭な生命力に対抗しようとしたのだ。


「ぎゃあああああああ!」


 肉が焦げる臭い、ぶすぶすとあがる黒煙、そして絶叫が辺りに広がった。

 その絶叫が聞こえなくなると同時に鬼は脱力し白目をむく。

 しぶとい鬼はようやく力尽きた。


 あと四人。

 一人に打ち勝ったところで気を緩めてはいけない。

 透人は気絶した鬼からほぼ無傷の鬼へと視線を移し、紅輝も戦いの場を変えようと走り出す。対する鬼達も彼らを憎々しげに睨みつけ、戦意を剥き出しにしている。

 緊張感に満ちた空気が支配する息もつけない状況。


 ぱちぱちぱちぱち。


 そこに、突如乾いた拍手の音が響いた。

 警戒を維持しつつ視線を動かせば、そこには薄ら寒さを覚える不気味な笑みを浮かべて手を叩いている、未だ無傷の頭の姿があった。

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