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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第七章

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第三十八話 訪問

 透人は魔法で転移して辺りを見回した時からある程度の予想はしていたが、現実は想像の遥か上を易々と飛び越えていった。


 煌びやかなシャンデリアが迎えるエントランスホール。

 見事な美術品がいくつも配置された廊下。

 重厚な造りでありながら細かな装飾が施された大きな扉。

 魔法陣のある部屋から一歩踏み出しただけでもうお腹いっぱいだった。目に入る全てがやり過ぎだと思う程に豪華で華々しい。

 それらは単なる大金持ちの豪邸というよりも、ファンタジーなRPGに出てくる貴族の屋敷や王族の住む城をイメージさせた。


 興味深そうにキョロキョロする透人だったが、笑亜に急かされたので観察を続けつつ進む。時に気になった物について質問し、答えを受けとるも笑亜の歩みは一定のペースを崩さなかった。

 そうして笑亜の案内で辿りついたのは、食堂というより広間と呼ぶべき部屋。まず目を引くのは清潔なテーブルクロスが敷かれた食卓だが、やはりあちこちに美術品が飾られており、今までに劣らない豪華さだった。

 もっとも、ここに来るまでの間に慣れてきていたので透人のリアクションは小さかった。


「それでは食事にしましょうか」


 そう言った笑亜が、料理の乗った皿がいくつか置かれている席に着いたので透人も向かいの席に座る。

 その場所は一辺に十人以上は座れそうなテーブルの端で他の席に料理は無い。つまり空席が横にずらっと並んでいる訳で透人としては妙に居心地が悪かった。

 そもそも組織の人数はそれほど多くなかった筈で、それを言うならこの建物自体ここまで広くする必要はない。

 ということは組織の人間にとって実用性はどうでもいいのだろう。そんな事より見た目や雰囲気が最優先。

 何となくだが笑亜に確認するまでもなくそれが正解なのだと直感して一人で頷く。


 そして今度は目の前の料理に意識を向けた。

 メニューはパンにサラダ、ステーキ。それ以外はテレビでしか見た事のない、透人には名前の分からないが非常に手の込んだ料理だった。

 それらは彩り良く盛り付けられ、食欲を刺激する豊かな香りを放ち、高価な食材が使われたのだろうと想像出来る。

 ただ、ちょっとした疑問があった。


「こういうのって一品ずつ出てくるもんじゃないの?」

「そんなの話の邪魔になるじゃない」

「あー、そんな理由で?」


 笑亜の返答に一応は納得したものの、透人はモヤッとした違和感を感じた。しかしながら、笑亜が食事を口にし始めてしまったし、何より他にもっと大事な話があったので仕方なく脇に置いておく。

 そして自らは料理に手をつけず、完璧なテーブルマナーで優雅に食事をする笑亜をジッと見つめ、神無月、と名前を呼んだ。

 すると透人の意図を察したのか、食器を一度手放し口元を拭ってから話を始めた。


「私は今日組織にきた依頼の解決に動いていたの」

「依頼? どんな?」

「超能力者が集団で行方不明になっていたのよ。それも原因は組織めいた誘拐でね。彼らの捜索を任されていたの」

「それで今日休んでた、と」


 ようやく説明しだしたので透人も料理を食べ始める。

 味は今まで食べてきた料理の中で間違いなく一番だと言えるものだった。

 ただ、普段から食にこだわりは無く、今は何より話の方に興味が向いている。なので一口目以降は淡々と食べ物を口に運ぶ動作を繰り返していた。


「ええ、その通りよ。居場所を突き止めて救出、犯人の退治。それから事後処理。中々忙しかったわ。けれどまだ終わっていないのよ」

「……何が残ってるの?」

「首謀者が外出していてね。捜しだすのも面倒だから仕掛けを残して待つ事にしたの」

「そんなんでいいの?」

「いいのよ。もう被害は拡大しないもの……それよりここからが貴方をここに呼んだ理由よ」


 その言葉を言い終えた時、笑亜の雰囲気が変わった。

 妖艶な微笑みを浮かべ、芳しくも危険な香りを纏う。


 その変化に透人は思わず手を止め、口内に何もないのにゴクリと唾を飲み込んだ。経験上、こんな時に言うのは重要で、なおかつ笑亜が面白がっている事だと解っていたからだ。


「首謀者が戻ってくる明日の明け方にもう一度攻めこむわ。それに貴方もついてきて貰おうと思っているの」

「……何の為に?」

「勿論手伝って貰う為よ」

「俺なんていなくてもいいんじゃないの?」

「フフフ。確かに私一人でも問題無いわね。けれど、組織の活動を見学するのに丁度良い機会じゃない。貴方は興味が無いのかしら?」


 明らかに危険な誘い。

 しかも透人が参加する必要性は全く無い。

 メリットがあるとすれば好奇心を満たせるというだけ。

 しかし、いやだからこそ、食事を再開させていた透人は手を止めずに即答した。


「いや、あるけど」

「それは私についてくるという意味でいいのね?」

「うん」

「では決まりね。細かい指示は現場で出すとして……ここからは純粋に食事とお喋りを楽しみましょう」


 それから笑亜は元の雰囲気に戻り、話題を明日の件とは関係のないものに変えた。

 透人も深くは追及せず、代わりに組織やこの建物、裏の世界についての疑問を次々と投げかける。笑亜はそれらに対し、答えたりはぐらかしたりといった反応を返した。

 そんな会話をしていく内に時間はあっという間に過ぎ去っていた。

 気づけば一時間以上経っていて、テーブル上の全ての皿が空である。

 どんな味だったかと思い返そうとしたが、よく思い出せなかった。透人の意識は話に集中していて印象が薄かったのだ。


「で、どうする? 食べ終わったし移動するの?」

「もう少し待ってなさい。お客さんは住人に挨拶するものよ」


 透人は意味が理解出来ず首を捻って考える素振りを見せる。そしてそれほど時間をかけずに答えにたどり着いた。

 その直後、答えが勢い良く扉を開け放った。


「…………オイ。こんな所で何してるかと思えば、何でソイツまで居やがんだ?」


 機嫌の悪さが丸出しの声を発したのは先生だった。部屋の入り口で恐ろしい目つきをして笑亜を睨んでいる。

 その睨まれている張本人は不機嫌な声に余裕たっぷりの声を、恐ろしい目つきに涼やかな微笑を返す。


「彼ももう組織の一員でしょう? ここに居ることに何の問題も無いわ」

「だからってわざわざつれてくる必要なんてねえだろ。理由は何だ」

「あら、それを訊くのは野暮ってものよ。いくら身内でもプライベートな事情に首を突っ込まないで欲しいわね」

「うるせぇ。さっさと白状しろ」


 容赦なく凄む先生に笑亜は一歩も退かなかった。フフフと笑うばかりで返答はせず、先生の脅迫レベルの問いを無視し続ける。


「チッ……分かった、もういい。

 ……オイ、お前が答えろ。連れてこられた理由は何だ?」


 そんな笑亜にとうとう痺れを切らした先生は凄みの対象を透人に切り替えた。

 まっすぐ正面から見据えてくる先生の顔つきは、子供なら泣き出すんじゃないかという迫力がある。

 しかも、息苦しくなる程のプレッシャーすら感じた。悪意や敵意はないものの気休めにしかならない。


 ただし、透人は学校である程度慣れてしまっていた。


「それより先生。学校にいる時よりも口が悪いですね。どうしたんですか?」


 そう呑気に言った瞬間。

 ビキッ、という音が聞こえた気がした。そして先生からのプレッシャーが強くなり、迫力を増した形相がゆっくりと口を開く。

 その前に、必死で笑いを堪えようとしているのが解る声が透人の横から聞こえてきた。


「フッ、フフッ。……そんなのどうもこうもないわ。このチンピラが先生の本性ってだけの話。……学校のアレでも相当無理してるのよこの人」

「……うるせぇ。黙れ」


 先生の視線は笑亜が引き受け、怖い顔の大人と微笑む少女の対峙が再開された。

 先生は怖い顔で周囲に気迫を放ってはいても、本気で怒っているのではなく苛々しているといった方が近い。

 先程から見ている限り、笑亜も先生をからかっているだけらしい。いつもこんなやり取りが繰り返されているのだろうと透人は想像する。

 とはいえ、流石にこのビリビリと震える空気からは早く解放されたかった。


「あ、俺が来た理由は神無月の仕事を手伝う為ですよ」

「……何? ……まだ早えんじゃねえのか」

「実力を見誤るなんてミスはしないわよ」


 一度透人を見た先生だったがすぐに視線を戻して詰問した。

 それに笑亜は、透人が話したという事を気にした風もなく静かに答える。

 そして、睨み合った。

 先生からは荒々しさが消え、周囲に分散させていた圧力を一人に集める。笑亜も口元の笑みはそのままで目には鋭い眼光を宿した。

 今度はお互いに真剣。

 一人蚊帳の外な透人は二人を交互に見ているだけなのに、気づけば汗をかいていた。

 長く感じたが、実際には短かったであろうこの睨み合いは先生が折れるという形で終結した。


「……チッ。勝手にしろ。その代わり……ヘマすんじゃねえぞ」

「する訳ないじゃない」

「そうかよ」


 それきり背を向けて去っていく先生。

 ここでようやく透人は自分は心配されていたのかもしれないと察した。

 やはり怖いだけの人ではなく、きっと不器用なのだろう。


「ところで先生何処行ったの?」

「外の山よ。お山で修行が日課なの。全くこれだから脳筋は、って感じよね」


 薄笑いを浮かべる笑亜が先生をおちょくると何処からか「うるせえ」と聞こえてきた。もう姿は見えないのに大した地獄耳だ。


「さて、それでは私達も行きましょうか。部屋に案内するわ」


 笑亜の先導でアジト内を進む。

 豪華な廊下を歩き、派手な階段を上る。完全に麻痺した感覚ではもう何とも思わない。

 そんな風に感想すらなくなった頃、笑亜は二階の廊下で立ち止まった。


「ここが私の部屋で向かいが先生の部屋。あとはどこを使ってくれて構わないわ」

「余りすぎだけど一部屋ごとに違いがあるの?」


 その廊下にはホテルの様に扉がずらっと並んでいた。ほとんどが使われていないなど全くもって無駄である。


「ええ。色々種類があるわね」

「ふーん。まあ、見てみるか」

「ではここからは別行動ね。私はお風呂に行ってくるわ。天然の温泉を堀り当てて利用しているのよ」

「また凄いねえ」

「一応個人宅だから男湯女湯なんてないのよね。貴方には待って貰うけれどそれでいい?」

「うん、いいよ」

「だったら、それまでの時間は好きにしてていいわ。明日に備えて体を休めるのも探検するのも自由よ」

「ん?」


 笑亜の言葉に気になるものがあったのか顔を伏せて考え込む透人。

 そんな透人をいつもの微笑みで見ていた笑亜はゆったりとした足取りで自室に入った。




 笑亜と別行動をとってから数分後。


 透人はある扉の前で緊張していた。

 何とか落ち着けようと深呼吸をする。

 しかし、ほとんど意味はなかった。

 それもその筈。

 男として見ておきたいものがここにはあるのだ。

 憧れていたそれらをついに実際に目にできる。

 そうとあっては落ち着ける訳もない。

 期待に高鳴る胸を抑え、ドアノブに手をかける。

 ゆっくりと扉を開き、室内に入る。

 そうして表れた光景に透人は息をのんだ。


 透人の瞳に飛び込んできたもの。

 それは、輝きを放つ日本刀や鋭い槍といった刃物。持ち上げるのも困難そうな鈍器。黒光りする拳銃やライフルなどの銃火器。西洋の騎士の甲冑に日本の武士の甲冑。

 古今東西の武器、防具。

 ありとあらゆる装備品がそこに集められていた。

 探検中に見つけた、部具庫と表示されていた部屋を透人は興味深そうに見て回る。


 透人はアジトの探検を子供の様に楽しんでおり、そしてそれは呆れ顔の笑亜に発見されるまで続くのだった。

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