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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第七章

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第三十九話 突入

『……今こそ目醒めの時です……さあ、立ち上がりなさい……』


 厳かで神々しい声により透人は目を覚ました。

 夢の中で聞いた気もするが、それにしては妙にはっきりしていたし、何より頭に響くそれには心当たりがあった。


 でもまあ後でいいか、と透人は上体を起こし重い瞼を擦る。

 そうして暗闇に浮かび上がったのは自室ではなくホテルの一室の様な空間。

 一瞬ここは何処だ、と思ったもののすぐに思い出した。


「あぁ、そうか。組織のアジトに泊まったのか」


 時刻を確認するとまだ朝の四時前。かなり早いが明け方から敵地に攻め込むのならこんなものなのだろう。

 そう理解するものの、やはりまだ眠い。

 透人はとりあえず昨日教えられた道を記憶から呼び出し、洗面所へと向かった。




「おはよう」

「ん? ああ、おはよう。神無月」


 透人が顔とともに眠気を洗い流していた洗面所に笑亜もやってきて挨拶した。

 そこで透人は挨拶を返した後で少々気になっていた問題を片づけようとする。


「あの目覚ましはなんだったの?」

「あら、気に入らなかった? 選ばれし勇者の気分が味わえるって中々好評なのに」

「いや、うん。まあ、そんな感じはしたし、ちょっと楽しかったけど。じゃあ、意味は特にないんだね」


 あれが好評だというならやっぱり組織には愉快な人物が揃っているらしい。ただ、先生だけは気に入らないんだろうな、と前者と同じ穴の狢は思っていた。


 意味はないという言葉に笑亜は否定も肯定もせず薄く笑う。そして、今度は自分から透人に話を振る。


「ところで私からも一ついいかしら」

「ん、何?」

「それは何? 貴方はお洒落には縁が無いと思っていたのだけれど」


 笑亜が指し示したのは龍を象った首飾り。透人はスウェットの上下にそれを首にかけるといういでたちをしていたのだ。

 笑亜の言う通り、透人はあまりお洒落に気を使わない。基本的に服を選ぶ基準は値段というタイプだ。


「あぁ。これはまあ、なんと言うか……お守りだよ。学校だとあれだからポケットに入れてるけどいつも持ってる」

「それはまたどうして?」


 普段とは逆に、笑亜が透人に対して興味津々といった様子で問いかける。

 すると透人は即答出来るだろうその質問に何故か少しの間を置き、そして首をひねった。


「…………さぁ? よく覚えてないけど持ってないといけなかった気がするんだよねぇ」

「フフフ。滅茶苦茶怪しいじゃない」


 これまた笑亜の言う通りである。

 透人自身も裏の存在を知って以来、薄々それに関する何かかもしれないとは思っていた。とはいえ、何も無く、毒にも薬にもなっていないので放置していたのだ。

 透人がそう説明すると、笑亜は僅かに考える素振りをしてから発言する。


「詳しく調べてもいいけれど……何かが起きるその時を待ちましょうか。先に解っていてはつまらないもの」

「分かった。現状維持だね」


 つまらない、そんな理由で調査を投げ出す笑亜とその方針をあっさり受け入れる透人。

 このあたり二人はよく似た性格をしている。


「それより今は今やるべき事に集中するわよ。私はもう準備が出来ているから貴方も急ぎなさい」

「ん? その格好で行くの?」


 笑亜の台詞に透人は怪訝な目を向ける。

 それというのも笑亜は学校の制服を着ていたのだ。他にはビニール袋を持っているだけでとても戦闘が予想される場所に赴く服装ではない。


「ええ、このままで行くわよ。実はこの制服には色々な技術を注ぎ込んでいてね。防刃、防弾、その他耐久力がとんでもない事になっているのよ。戦闘マニアからの御墨付きも貰っているわ」

「おぉう、そんな秘密が……あれ? でも、それって神無月の制服だけ?」

「いいえ。学校で販売している全てがそうよ」

「うーん。やっぱり凄いね」


 自分が通う学校が普通ではないと知っている透人だったが、まさか制服すら普通ではないとは思っていなかった。

 裏に関わる人間を集めたといっても一般の生徒の方が遥かに数が多い。なのにその全てを戦闘服仕様にしてしまうとは感心してしまう。

 しかも値段は一般のものと変わらないどころか、むしろ安かったのだ。こんな豪邸を建ててしまう財力は様々なところにも使われているらしい。


「そういう訳で私の準備は完了しているの。あとは貴方にこれを渡すだけ」


 そう言って笑亜がビニール袋を差し出してきた。

 透人が受け取り確認してみると、中にはコンビニのおにぎりが二つとペットボトルのお茶が入っていた。


「えーと、何これ?」

「朝食よ」

「昨日と違い過ぎない?」

「あんな演出一回やれば充分よ」


 演出、とそう言い切った笑亜。

 よく考えてみれば先生が来た時、こんなところに、と言っていた。つまりあの部屋はいつもは使われていないのだろう。

 こうなってくると笑亜だけでなく組織の人間がどんな日常生活を送っているのかが非常に気になってくる。


「それじゃあ、私は魔法陣の部屋で待っているから」


 どうでもいいことを考えていた透人を置いて笑亜は洗面所をあとにする。

 あまり待たせる訳にはいかないと透人も思考を打ち切り、早足で部屋に戻っていった。




 「着いたわよ」との笑亜の声で目を開けば、そこは塀に囲まれた場所だった。

 それもコンテナの陰に隠れた空間。足下にはチョークで描かれた魔法陣。塀の向こうには鬱蒼とした森が広がっており、少し離れて飾り気のない施設がある。

 まだ日の上っていない夜と朝の境界を施設から漏れる人工の明かりが照らしていた。


「あれが敵のアジト?」

「そうよ。さあ、乗り込みましょう」

「あ、待って。もうちょっとゆっくり」


 すたすたと歩む笑亜に対し、透人は固くぎこちない動きでついていく。

 二人共、相変わらずの微笑みと無表情。それでも透人はある程度緊張していた。笑亜もそうかどうかは知らないが。


「さて、と。何人視える?」

「ん? あぁ、うん」


 大きな扉の前に立った笑亜が質問してきた。

 透人は一瞬の迷いを見せたものの、すぐに理解する。

 霊視だ。それを用いて扉の向こう側を探る。

 すると恐らく待ち伏せしているのであろう人物が何人も確認出来た。


「えーと……数えるの面倒臭いなぁ。バラバラだし」

「フフ、十一人よ」

「多くない? 一回全滅させたんでしょ?」

「ええ、そうね。全く何処から湧いてきたんだか」

「うーん。ボスの護衛かなんかかな……別動隊とか……?」

「気になるのなら聞いてみればいいじゃない。この人数差ならきっと調子に乗って教えてくれるわよ。予想より多い、とか言って怯えれば完璧ね」

「あぁ、うん。よくあるよね」


 今からしでかそうとしている行動を本当に理解しているのか疑わしいやり取りをする二人。

 学校の制服を着ているその姿―透人に至っては通学鞄まで持っている―と相まって端からは平和な光景に映るかもしれない。会話の内容はともかくとして。


「それじゃあ、そろそろ突入するわよ」


 そう言った笑亜が扉を開けると中は広い空間になっていた。複数の扉があり、通路もいくつも延びている。

 その扉の向こう側や曲がり角の影等、あちこちに何者かが隠れているのが霊視で解る。本当に便利だ。

 そして、隠れていないで待ち構えていた男が一人。


「ハッ! こんなガキ相手に留守も守れなかったのかよ。使えねえ奴等だ」


 挑発的な言葉を放ったのは逞しい体つきをした男。武器は見当たらないが超能力者だとしたら侮る訳にはいかない。

 透人はどうする、と視線で笑亜に問う。すると彼女は無言で男との距離を半分程詰めた。

 それに従い、透人も入ってきた扉から離れた、その瞬間。


「囲め!」


 男が声を張り上げ、次いで隠れていた者達がその姿を表し二人の敵対者を取り囲む。入ってきた扉も閉じられ、逃げ道も塞がれてしまった。

 こうなるんだろうな、と予想していたので驚きはしない。だからといってこの状況を打開する案など透人には思いつかないのだが。

 笑亜の方をチラリと見ても動き出す素振りはない。

 しばしの沈黙をどう捉えたのか、指示を出した指揮官らしい男は悪意が剥き出しの歪んだ笑みを見せた。


「どうした? 今更ビビってんのか? もう遅ぇぞ。聞きたい事が山程あるからな」


 男の態度もまた予想通りだった。

 自分が優位に立っていると思い、人を見下した顔で二人に迫ってきた。しかもそれは他にも伝染していき、全方向から嫌な視線を向けられる。

 そんな気分の悪くなる環境を笑亜が破った。


「黙りなさい。噛ませ犬が無駄な時間を使わせないで」


 辛辣な台詞がくるとは想像もしていなかったのか男達全員が間抜け面を晒した。それは流暢に喋っていた指揮官の男も例外ではなく、ぽかんと口を開けたまま固まっている。

 その状況で代わりに話を始めたのは透人だった。


「んー。怯えた振りして情報を聞くんじゃなかったの?」

「実際にするとは言ってないわよ。格下相手に下手に出る演技なんて嫌だもの」

「そういう問題なんだ。あとさ、何か言い方キツくない?」

「悪党相手なのだからこれくらいで丁度いいのよ」


 二人が余裕たっぷりの会話をしているうちに我に返ったのだろう。

 指揮官の顔は徐々に赤くなっていき、体もプルプルと震えだした。間違いなく怒りが原因。当然の反応だ。


「……やれ」


 低い凄みのある号令で周りの男達が一斉に動き始めた。

 ある者は手を掲げて炎を生み出し、ある者は刃物を空中に漂わせ、ある者は突然姿がかき消える。


 それらとほぼ同時に透人はゾクッと震え、危険を感じとった。

 男達の攻撃に、ではない。

 すぐ隣から息の詰まる様な圧力を感じたのだ。その発生源は微笑む笑亜。

 ただし、いつもの微笑みとは異なっていた。今しているのは底知れない闇を思わせる冷たい微笑。

 そして、


「うっ、があああああぁぁぁ!!」

「ぐっう、ううぅ!?」

「おごぉおおおぉぉぉ!!??」


 男達の絶叫が木霊した。

 全員の行動が中断され、代わりに頭を押さえて蹲ったり、床を転げ回ったりしている。

 涙を流し、脂汗をかき、目を見開いた、耐え難い苦しみを想像させる顔をして大の大人がみっともなくわめく。

 地獄絵図。そう表現するのがピッタリな光景。

 ただ、それは長くは続かなかった。力尽きた者から動きを止めていく。といっても気絶しただけのようだ。

 一見絶体絶命の窮地だったというのに一歩も動く事なく脱してしまった。

 笑亜の実力、自分との差を見せつけられた透人は短くない時間を黙って過ごし、考えを整理していた。


「………………何したの?」

「ただのテレパシーよ」

「……テレパシーってこんな怖い能力だっけ?」

「普通は違うわよ。前に私の能力は伝える事に特化していると言ったでしょう? 全員に苦痛のイメージを伝えたのよ。それも気絶する程の激痛のイメージをね」


 苦痛を伝える。

 見た光景と合わせて考えれば本当にその通りなのだろう。

 今まで持っていたイメージとは異なる使い方に、透人は内心で様々な思いを抱き、様々な憶測を立てるも、それらを隠してしみじみと呟いた。


「…………奥が深いんだねぇ」

「フフフ。それじゃあ、次は貴方の番よ」

「ん?」


 笑亜の言葉に疑問を覚える透人。

 どういう事なのか聞こうとするものの、それは遮られた。


「こんのガキどもが……」


 指揮官が立ち上がったのだ。

 怒りの色に染まった声とは裏腹に、目には理性的な光が宿り笑みも消え去っている。ようやく警戒すべき対象であると理解したらしい。


「貴方があの中ボスの相手をするのよ」

「うん。…………うん?」

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