第1話「19万年目の寄り道」
大いなる自然、高原の草花を揺らす風
滝つぼの音低く、鳥のさえずり。
宇宙船が静かに降りてくる。
ローファイ・ヒップホップ調の曲が流れる
テンポの良いシンバルに合わせアコースティックギターの
奏でるシンプルなメロディー。レトロな雰囲気を醸し出す。
「ナイスサウンド&リズム、パーフェクト」
宇宙船を操縦する女性は着陸しながら眼下にポツンと1軒の建物を見つける。
「発信元はあそこね」
静かに近くの森の木陰に着陸した。
数学者のエフは別荘でヌジャベスのアルアリアン・ダンスを聴いていた。
外で何かが光ったのに気が付く、
「なんだ、近いぞ」部屋はそのままに何事かと光った方向に家から走り出た。
丸い物体が垂直に降りてくる。
「えっ、えっ、UFO? 本物?」風も音もなく静かに降りてくる宇宙船。
エフは木陰に隠れて見守ることにした。宇宙船が着陸してハッチが開く。緊張でごくりと唾をのむエフ。
赤いサマーニットを着た女性が出てきて機体を見つかりにくいように偽装している。髪とニットの着こなしを整え、音楽の聞こえる方向を確認する素振り。
エフは慌てて別荘に引き返す。幸い彼女には気がつかれていないようで裏道から部屋に戻る。エフは息を切らし、
「ヒッハッハッ、UFO、宇宙人、若い女性……」
混乱して別荘の音楽がモーツアルトに変っていることも気が付かない。バイオリンの旋律が鳴り響く、交響曲第25番ト短調K.183 第1楽章だ。
彼女が玄関先までやって来た。
「ヒー」顔面蒼白のエフ、一筋の汗が首筋から流れ落ちる。
「殺されるの? 連れてかれる! 食べられる! どっち?」
どっちと言いながら、3つ想定してしまう混乱ぶり。
「こんにちわー」
女性が明るい声であいさつしてくる。
「ヒャー怖い、怖いー逃げるぞ、そーっ」
いつもは冷静な数学者が取り乱している。部屋から出ようと慌ててPCのコンセントを踏み外す。音楽が消えた。
「やばい気付かれたか。このまま逃げたら追いかけられるかも」
エフは悪あがきはよそうと決断する。緊張し汗は脇からも滴ってきた。
廊下に立たされ先生に叱られる生徒のようにうつむきながら玄関に出る。正面から初めてみる彼女。見た目はモデルかと思うような長身、長髪のスタイル。美しさの方に一瞬ハっとするが、中身は宇宙人に違いない。
「すいません突然お邪魔しまして、アリアと申します」
エフは手も足も小刻みに震えながら気力を振り絞る。
「ど、どうしましたか?」
「道に迷ってましたら、この建物から素敵な音楽が聴こえてきましたので寄り道してしまいました」
これは安心させてから拉致するのではないかと。
「音楽ですか、ローファイ・ヒップホップを聞いてたかとヌジャベスを確か」
なんか途中から違う曲になってた気がしたが思い出せない。
「私音楽に詳しくなくて。よかったらもう一度聞きたいのですが」
エフは目が点になる。彼女、宇宙から音楽聴くためにうちの別荘に来たの?スキをみつけて逃げる方法を考えよう。
「聞きたいですか、いいですよ」スキを見つけるまでの我慢だ。
玄関にいると連れ去られるかも、部屋で音楽を聴きますかと誘うエフ。
エフはPCの電源を入れようとするが入らない。コンセントが抜けたことを思い出し、プラグをさしなおす。
PCが立ち上がりスマートスピーカーからAIの『キュー』があいさつする。
「こんにちはエフ様。ようこそ……、エフ様こちらの方は?」
「私はアリア、帰国子女で日本語はあまり上手くありません。年齢は19万……」
「ん?」聞き間違いかと顔をまじまじと見るエフ。ハッとして顔を赤らめるアリア、
「ごめんなさい、日本語間違いました。29歳です。」
見た目は29歳より若く見える。美人だからって簡単には騙されないぞ。でもかわいい。動揺する中、宇宙人に連れ去られるのかもとの恐怖が続く。
「エフ様、ニュースの時間になりました」
キューはニュースの映像を流す。
アリアは画面の前にさりげなく移動しエフがニュースの見にくい位置に立つ。
「お昼のニュースです。本日午前、ロムエックス洋品店で大量の女性用洋服や小物類が盗まれる事件が発生しました。犯人はまだ見つかっておらず逃走中の模様です」
洋品店から盗まれたものと同じものらしい洋服の写真が数着映る。
「不思議なことに、店内には10カラットほどのダイヤモンドらしき鉱石が発見されたとのことです」
キューが言う「ガラス細工かも知れません」
アリアはキューの筐体とカメラを見つけて、エフに気が付かれないようウィンクする。
エフは先行きが読めず目の前がクラクラ、ニュースを聞き流してしまうが洋服の写真は目に映る。
アリアは不思議そうな目で振り返ってエフを見る。
エフは我にかえり、
「キュー、さっきまでの曲をかけてくれ」
「かしこまりましたエフ様。曲名はアルアリアン・ダンスです」
アリアは目を閉じて聞き入っている。今が絶好の逃げるチャンス。冷や汗をかきながらそろりそろりと音を立てないよう後ずさる。
よーしもう少し、部屋のドア間近まで来た。あとちょっと、あとちょっとだ。
アリアが振り返り声を掛ける、
「この曲覚えました。この後にも流れていた曲も知りたいです」
「ウゥ」エフからうめき声が漏れる。あと30センチで部屋から脱出できるところだったのに。肩の力が抜け、足がひくひくしている。
「はい、はい、キュー、次の曲を頼む」と涙ぐみながら指示を出す。
「次は交響曲第25番ト短調K.183 第1楽章です。お聴きください」
目を閉じアリアは曲を聴く。
「ありがとうございます。さっきまで聴こえてたこの曲もいい曲だなと 」
キューが答える、「モーツァルト作曲の交響曲になります」
キューが呼び出しのウェイクワードなしに会話してる?エフは不思議に思った。
「夜の女王のアリアと同じ作曲者なのね」
エフは彼女を今時の女子かとも思うが、いやいや普通の女子はUFOで高原までドライブに来ないでしょとひとり突っ込む。
「アリアは私の名前の由来なんです」ふたたび目を閉じ曲を聴く。
~~回想シーン~~
夜の女王のアリアの曲が流れる。
銀の宇宙服を着たアリアは宇宙船の中、広大な宇宙を航行中。
外には地球が見える。
アリアが電波をチューニングしたところ、甲高い歌声が流れている。
アリアの感性が一気に研ぎ澄まされ、目を見開き、口が大きく開いた。
彼女はタイトルを調べる、「夜の女王のアリア」
「この星で私の名前はアリアに決めた。この歌声は宇宙全体に響いてる」
~~~~~~~~~
「交響曲終わりました。どう良かった?」
「夜の女王も大好きだけど、この交響曲第25番もステキ。宇宙の果てまで行った気になるわ」
エフは目を丸くする。自分が宇宙人であると告白するの?
「宇宙?」
エフの裏返った声にアリアが反応する。アリアは舌をだしながら
「この曲、地球だけでなく宇宙のどこでも通用するくらい、すばらしい曲ってことよごめんねたとえが下手で」
宇宙船から降りてきたアリアを見てしまったエフにはとても笑えない。
「そうなのね」と顔をひきつらせるしかなかった。
アリアはバツが悪そうに、リビングにあったピアノを指さし
「弾いてみてもいい?」
アリアは長い髪を束ね、ポケットから出したゴム紐で留める。彼女は第25番を弾き始めた。いきなりクラッシックを演奏?
「なんか変よ..」彼女は音の違いを感じたようだ。
「ゴメン、調律してないから音がずれてるかも、自分にはあまりわからなくて」
「ふーん、そういうこともあるのか……」
アリアは独り言をもらし、鍵盤を一つづつ叩いて頭の中で何か修正している。
調律の方法は知らない様子。どうするのかなと思った矢先、
そのまま再度25番を弾き始める。
それは重厚な音が重なり、何かに追われるよう、何かを追いかけるよう。
やがてどこかにたどり着く、それが宇宙の果て?
「こんな感じね」
彼女の気分は次第に上がってきて、ピアノと一体化している。
逃げるなら今のうちだ。しかしエフは迷う。鍵盤を叩く一音一音がエフの心に響いてきて心地よい。この曲を聴かずに逃げるのはもったいない。
目を半分閉じ、口でリズムを刻み演奏している彼女。
その音楽に陶酔し赤らんだ彼女の顔をみて心が高鳴り、その奏でる音に打ちのめ
される。
アリアのピアノの世界に引き込まれていくエフ。調律のズレはキーの移調でカバーしているようだ和音を重ね早弾きする。信じられないスピードで腕が動いている。
彼は数学者だが音楽を愛してきた。クラシックやレゲェ、ヒップホップ、グラムロックにユーロビート、体を魂を震わす音楽が好きだった。
音楽は数学と共通していてすべて数式で表せる。音階、リズム、音量、メロディのすべてが数式に置き換わる。
間違いなくこの演奏はこの世のものとは思えない、汗ひとつかかずに体全体を使い演奏している。
宇宙人だ、ひょっとすると高性能アンドロイドなのかも……。
彼女の奏でる音楽の世界に引き込まれながらエフは妄想する。
「ナイスミュージック、パーフェクト」彼女は笑いながら演奏を続ける。
エフはこのままこの宇宙人に食べられても、連れ去られても構わないと静かに目を閉じ瞑想にふける。
彼女はひょっとして天使なのか……?
アリアの演奏が終わった。
エフはソファーから拍手しながら立ち上がり言う
「ブラボー」鳥肌がたっていた。
その時、アリアの来ている赤いサマーニットをマジマジと見たエフは
洋品店の写真の中に同じ洋服があったということに気が付く。
「あっ、洋服ドロ……」
第2話に続く
ヌジャベス「アルアリアン・ダンス」
モーツアルト「交響曲第25番ト短調K.183 第1楽章」
モーツアルト「夜の女王のアリア」




