第八話 依頼主:カーソルが点滅していた。
今回は凌の視点に戻ります。自分が受けた仕事の依頼主を調べ始めた話です。
全十二話完結。最初からお読みでない方は第一話からどうぞ。
ガイドの初稿は、三日で書けた。
「AI活用に不慣れな方へ」という書き出しで始まり、画像付きで操作手順を説明する内容だった。対象は四十代以上、とあった。凌はそれを意識しながら書いた。言葉を選んだ。専門用語を避けた。父のことは、考えないようにしていた。
納品した翌日、追加依頼が来た。「第二弾として、AIによる就労支援ツールの説明資料もお願いしたい」。単価は前回より高かった。
凌は承諾した。それから、送信者の企業名を検索した。
最初に出てきたのは、登記情報だった。設立は二年前。資本金は一円。代表者の名前は個人名だったが、検索しても何も出てこなかった。住所は都内のバーチャルオフィスだった。
別の検索をした。企業名と「委託」で調べると、同じ名前が別の案件でも出てきた。AIリテラシー研修、市民向け相談窓口の構築、就労移行支援コンテンツ。どれも似た内容だった。発注元はすべて同じ企業だった。
その企業の資金源を調べた。
三時間かかった。ページをたどり、PDFを開き、リンクをたどった。最終的に行き着いたのは、政府の補助金交付先のリストだった。「国民生活AI最適化推進室」という名前があった。
凌は画面を見たまま、動かなかった。
ハルが鳴いた。無視した。
もう一度、最初から調べた。間違いではなかった。自分が受けた依頼は、政府の部署から複数の中間業者を経由して流れてきていた。対象は「市民労働者C・D層」。凌の父が、そこに含まれていた。
父に「教えてくれ」と言われた日のことを思った。川沿いのベンチ。缶コーヒー。風が南から来ていた。
凌は納品済みの初稿を開いた。自分が書いた文章を読んだ。丁寧だった。わかりやすかった。父が読んでも理解できるように書いてあった。
それが正しいことなのかどうか、わからなかった。
ハルがもう一度鳴いた。今度は凌の膝に乗ってきた。凌は払わなかった。
第二弾の依頼は、まだ承諾したままだった。
凌はその画面を開いた。承諾を取り消すボタンを探した。なかった。問い合わせフォームを開いた。「辞退したい場合はメールにてご連絡ください」とあった。
凌はメールを開いた。書き始めた。三行書いて、消した。また書いた。また消した。
ハルが喉を鳴らした。
凌は画面を閉じた。もう一度開いた。カーソルが点滅していた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
承諾を取り消すボタンは、ありませんでした。
第九話に続きます。




