営業部長だからね、グイグイいっちゃう
面談の翌日、私は姫路社長との約束を果たすべく本店へ向かう。
栄芳堂本店は、里咲ケ丘駅から徒歩15分という微妙な距離にある。近くに一宮神社があり、その境内で参拝客に餅を売ったのが始まりだと言われている。駅からバスが出ているものの時間が読めないので、どうしても歩くことになる。
「必要な資料はこれで良かったっけ」
姫路社長の要望を思い出しながらトボトボ歩いていると、車がゆっくりと近づいて来た。不審に思い振り返ると、車の窓ガラスが開いて
「やっぱりお嬢? 後ろ姿でそうかな〜とは思ったんだけどさぁ」
声の主は沢村克弘さん。沢村さんは栄芳堂の営業部長だ。部長と言っても、部は沢村さんだけで部下はいない。なんちゃって部長さんだ。
「ああ、沢村部長」
「固いな〜カッちゃんで良いよ」
ベテラン社員さんに呼びづらいよ。私がヘラヘラお愛想笑いを浮かべていると
「何? 本店に用?」
ちなみに私はカタチだけ販売部部長である。後継息子の嫁の立場でついた役職で、販売部にはベテランパートの三田さんや松山さんが居て、彼女たちに任せた方が断然安心だ。本店は、松山さんが店番をやってくれている。三田さんと私は、市内にある竹乃岡デパートの地下のお菓子売り場に出向していて、本店へは滅多に来ない。
「はい。ちょっと」
「ちょっと何?」
「いえ」
「え〜⁈ 何よ?」
営業部長という立場だからか? 沢村さんは何にでも知りたがるし首を突っ込みたがる。M&Aは、インサイダー取引に使われることがあるそうで、契約締結までは従業員さんにも秘密して下さいと糸川さんから口酸っぱく言われている。沢村部長は口が軽そうなので、滅多なことがない限り話せない。
「ええ、ちょっと」
「ふ〜ん……ああ、良かったら乗って行かない?」
「いえ、お仕事中に悪いです」
「いや、こっちも戻るところだから遠慮しなくて良いよ」
「……」
「ほら、乗って」
オジサンの迫力に押されて、断りきれずに、
「そうですか? では失礼します」
私は助手席のドアを開けて乗り込む。
「さあ、どこへ行こうか?」
シートベルトを締めていると沢村さんが呟く。
「え? お店ですけど」
「それも良いけど、ちょっとサボらない?」
「いえ、サボりません」
「けいこは真面目だな〜」
ああ、この人だけには名前で呼ばれたくないな〜。
「お茶でも飲もうよぉ」
「飲みません!」
「愛想ないね。コーヒーでも飲みながら、けいこの秘密を教えてよ」
「じゃあ降ります!」
「……あ、そ、分かった。じゃあ大人しく店まで送るよ」
大人しくと言いながら、やたら一人で喋りまくってくる。
「古いんだよね〜ウチの社用車。今時ナビもついてない。カーステレオだってカセットテープだよ? 信じられる? 昭和かよ! で何か聞く? マイベスト、あるよ〜。オメガトライブ、良いよ〜。聞かない?」
「いえ」
「……ふ〜ん、あ、でさ、社長に何かあったの?」
社長とは義母のことだ。骨折して入院したことは伝えてある。
「いや、何かあるから本店に来たんだよね? 違う? 何? 教えてよ〜? 大丈夫、ぜったい他言はしないから、ね?」
すぐ噂話を広めるくせに、と私が黙っていると、
「……あれれ、信用ないな〜。若社長が連れて来た時から知っている仲なのに、かれこれ20年? カッちゃんさびし〜ぃ‼︎ あの頃はまだ学生さんだったけ?」
若社長とは義父からのれんを継いだ夫のことだ。
「違います。もう社会人をやっていましたよ」
「そうなの? そういえば当時から若く見えたよね〜」
若いといえば女が喜ぶと思っているのか、このオジサンは?
「でも、社長が倒れて本当に心配しているんだよ〜」
「転んで骨折しただけですから、じきに治ります」
沢村さんにはそう言ったものの、腰骨の複雑骨折なので、すぐには復帰は無理らしい。本当は1日でも早く治ってM&Aの担当を変わってもらいたい。私には重荷だ。社員さんの気持ちを掌握なんて出来っこない。
「でも社長ももう結構なお年でしょ? 急に何があるか分からないからね。
うちの母親もーー」
「聞きます。オメガトライブ!」
「え? 聞くの?」
あなたの話を聞かなくてすむのなら、オメガトライブでも稲垣潤一でもテレサテンでも聞きますよ。テレサテンは違うか? 沢村さんがカーステレオをガチャッと操作すると、カルロストシキの澄んだ声が車内に響いていく。音量が大きいのがかえって心地良い。沢村さんのお喋りから解放されてホッとする。
小判きんつば、赤飯などのぼりが立てられた本店前のお客様駐車場に車が止まる。私が降りようとすると、沢村さんが
「あのさ、お嬢が僕に心開いてないことは分かるよ」
「あ、いえ」
ええ、その通りですよ、と言ってやりたいのに波風立てないように受け流してしまう。
「チャラチャラして信用できない奴と思うかもしれないけど、それは営業という職業柄だから仕方ない。仕事だからね〜」
「え、あ、はい」
「でも僕はお嬢の味方だよ。仲良くしたいと心から願っている。だからお互いの理解を深め、距離を近づけていこうよ」
「え?」
どう言うこと?
「君が来ないなら僕から寄って行っちゃおうかな〜」
は? どういう意味? 何が言いたいの、このオジサン?
「若社長が亡くなってもう年だっけ?」
「5年です」
「もう5年か……」
何? 嫌な予感がする。
「失礼します」
そそくさとドアを開けようとした瞬間、沢村さんは私の肘に触れる。
「僕を信じて。ね?」
私を見上げる澱んだオジサンの瞳。ぜ〜たい信じられん! と思っているのに
「ありがとうございます」
と答えてしまう自分が信じられん!
「じゃあ、またお嬢」
満足げな笑みを浮かべて沢村さんが車を移動させる。
ふう〜、今回はうまく切り抜けた。でも次は?
生理的に嫌でも、グイグイくる人に案外弱いかも。
「気をつけないと、自分」と私に言い聞かせる。




