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OJISA-IZM  作者: 抹香
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M&Aって何? 美味しいチョコ?

 内緒にしたいことはアッサリとバレてしまう。面白おかしく糸川誠一に告げ口した人がいたらしい。


「けいこさん、これはどういうことですか?」


 私、宮部けいこは喫茶店で糸川誠一に問い詰められている。糸川はM&Aコンサルティングという会社の社員で元は銀行マンだ。M&Aとは事業継承や企業買収のことを言い、私には縁もゆかりもない言葉だと思っていたが、1ヶ月ほど前、義母宮部美鈴が転倒、腰骨を折り入院した際、この『M&A』なるものを引き継いでくれないかと打診された。


「え⁈  私が〜! エムアンド何? チョコ? お義母さん無理です!」


 と即答したのだが義母に頼るあてがないことも知っている。私は渋々引き受ける形になった。M&Aを引き継いだのは、江戸時代から続く老舗和菓子屋『栄芳堂』。先代の義父宮部隆行はすでに他界し、継ぐはずだった一人息子で私の夫である宮部幸隆は5年前に交通事故で亡くなっている。年々高騰する材料費と人件費が栄芳堂の経営を悪化させ、店を引き継いだ義母美鈴は資金繰りに悩んだ末、馴染みの信用金庫の職員から「のれんだけは残しましょう」とM&Aの話を持ちかけられた。その時、紹介されたのが目の前に座っている糸川誠一である。年齢は30代の半ばくらいか? 転職後は髪を伸ばし、服装も元銀行マンにしてはややラフな感じがする。

「仲介業者の我々抜きに、紹介先の会社とは会わない約束ですよね? 契約書にもそう明記してあるはずです」

 正論を言われると耳が痛い。

「どうして?」

「M&Aでは常識です。それが礼儀ですよ!」

 私が言いたかったのは「どうして、すぐにバレちゃったんだろ?」の「どうして?」だったのだが、興奮気味の糸川さんに意図は伝わらない。

「上条雅之は業界では有名人です。そんな有名人がご婦人を高級ホテルへ誘い、あろうことかラウンジでグデングデンに酔わせて騒ぎを起こした、と噂されています」

 騒ぎになんてなってないでしょ⁈  と反論したいが、私にはそう断言できる自信がない。


 私は栄芳堂デパ地下店に勤めている。そのことが顔合わせでたまたま話題に登り、後日、お近づきの印に懇親を深めたいと上条製菓取締役専務上条雅之がわざわざデパ地下店まで訪ねに来たのだ。仕事帰りにデパートの通用口へ、運転手付きの黒塗りの社用車で横付けした上条専務はカッコ良かった。


 上条製菓は、糸川さんが提出してくれた買い手リストの上位にあたる会社で、M&A事業部の責任者が上条専務である。背がスラリと高くて浅黒く焼けた肌は男盛りといった感じ。彫りが深く自信に満ちた顔つきをしている。職人気質で内向的だった夫とは真逆なタイプだ。飲み過ぎてしまったのは申し訳なかったけど、それは単にワインが美味しかっただけじゃない。ダンディな上条専務にエスコートされて、久しぶりにお姫様気分を味合わせてもらった。会話も上手で、しかもーーもしかしたら下の階のホテルの部屋も取ってるの? そんな業界の接待もあるのかしら? など、浮かれて暴走する妄想を必死にかき消している内に、ついつい酒量が増えてしまった。フラフラとよろめいてラウンジを飾っている花瓶につまずいてしまったかもしれない。よく憶えていない。

 しかしその噂話から、グデングデンに酔っ払った女性が私だとよく推測できたものだ、さすが糸川さんは優秀。察しが良すぎて怖い。でもーー


「上条専務から連絡はなかったですか? 糸川さんへはこちらから連絡しておくとおっしゃられたので」

 私はちゃんと事前に確認したのよ。確認したから出掛けたのにぃ〜。

「残念ながら、そんな連絡は受けていませんね」

「そんな、まさかマー君が」

「ま、マー君⁈」

 糸川さんは流石に聞き捨てならないという反応をする。

「マー君って? もうそんな仲なんですか⁈」

「え? そんな仲って?」

「あなた、今、マー君って……」

 糸井さんが口ごもる。

「いえあの、そう呼んでくれと」

「上条専務が?」

「はい。胸襟キョウキンを開いて話したい。上条専務では堅苦しいので、マー君と」

「呼べと?」

「はい」

 大企業の上条製菓からそう言われたら、中小企業の小の部類に入る弊社としてはマー君と呼ばざる得ないでしょ?

「まあまあ、それは良いとしましょう。それで、どのような話をしたのですか?」

「え?」

「先方は情報を欲しくて、あなたを誘ったのでしょ? 買取価格や条件、競合他社の有無」

「……ああ」

 確かにそうかもしれない。ただ情報の為だけに誘われたのかと思うと何だか侘しい気分になる。ラグジュアリーなムードに美味しいワイン、オススメ上手の上条さん。久しぶりに飲みすぎて意識が朦朧モウロウとしてしまい大したことは話してないことを告げると、糸川さんは念を押すように、

「では、重要な話は何もしていないと思ってよろしいですね? で、その後は?」

 と執拗シツヨウな尋問は続く。

ホテルから朝帰りしたことだけは絶対に黙っておこう。

「タクシーで帰りました」 

「本当ですか?」

 嘘をついてもお見通しですよと、鋭い視線を投げかける。

「は……はい」

「ふ〜ん……まあ、分かりました」

 何がまあよ! なんかヤな感じ。

「あなたが、業界のルールを知らなくても仕方がありません。だが上条専務がルールを無視するのは許されない。姫路を通じて厳重に抗議しようと思っています」

 姫路とは、糸川さんの会社の社長さんだ。 昔からM&Aを生業ナリワイとしているため業界に顔が広い。そっか、糸川さんはマー君を抗議できるか事実確認を行っているのか。でもマー君は悪い人じゃない、やはり紳士だった。ホテルの部屋でも、酔い潰れた私につけ込まないように介抱してくれた。酔っ払った甲斐がないな〜っと思ったくらい誠実だった。厳重に抗議するのは違うような気がする。

「上条製菓は、ウチにとって大切な交渉先ですよね?」

「え? ええ、それはもちろん」

「では今回のことは、こちらの利益になるよう慎重な対応をお願いできませんか?」

 穏便オンビンに済ませてくれと私は思っている。

「お願いします!」

 気持ちを汲み取ってほしいと頭を下げる。栄芳堂のM&A担当は私なのだ。世間知らずで、脇が甘くなり規定違反があったとしても、今回だけは大目に見て欲しい。大企業とのパイプが切れないように努めてもらいたい。

「分かりました」

 糸川さんは頷きながらも

「それでもルールはルールです。弊社を無視されてはこちらの面目が立たない。そのことだけは連絡させていただきます」

「あくまでも穏便に」

「穏便に」

 糸川さんはオウム返しをする。

「それからあなたも、今後、二度とこの様なことが起こらないようにーー」

「わかってます!」

 クドクド言われなくても承知していますよと食い気味に答える。

「お願いしますよ」

 乗り出して言う糸川さんは威圧感が漂っていた。


 良いじゃない? 多少浮ついたって。ダメなの? 夫が亡くなってから、いえ、夫と出会う前だって、男性とラウンジに行くことなんて無かった。赤坂のエスペランスホテルなんて高級ホテルに、この先、誰がエスコートしてくれるっていうの?  


 ちょっとむしゃくしゃしながら夕食の準備をしていると、

「先日はご迷惑をおかけしました」

 マー君からメッセージが届く。あれ? LINEっていつ交換したんだっけ? 「いえいえ、こちらの方こそ酔っ払ってご迷惑をお掛けしました」

 と返信する。最後に「ワイン、とても美味しかったです」と付け加えた。

「それは良かったです」

 とあったが、

「ではまた行きましょう」の追記はないのは仕方がない。きっと抗議の連絡が入ったのだろう。

「足がもつれてつまづいた記憶があるのですが、すいません曖昧アイマイで」

「こちらこそ、飲ませてしまって申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫です。それより私、何かやらかしてしまいましたよね?」

「え?」

「あのう、立派な花瓶を?」

「ああ、大丈夫です。つまずいた拍子に倒されましたが割れてはいませんでしたよ」

「ああ」

「でもお気になさらず、きっと保険に入っているでしょうから」

「そんな立派な花瓶なんですか?」

「古伊万里でしたね。少なくても数十万はすると思います」

「数十万⁈」

「もしかすると数百万? でも大丈夫。私から詫びを入れておきましたし、何かあればこちらで弁償しておきます」

「いえ、それはーー」

 数百万も払えるあてがないがそこまで甘えられない。

「いえ、どうかもうお気になさらず」

「せっかくマー君が親睦をはかって誘ってくれたのに」と書こうと思ったが、少し気やす過ぎるかもしれないと思い止まり

「せっかく上条専務が親睦の機会を作ってお誘いいただいたのに」

 と送ると、マー君からは、

「はい、でも今後は糸川君立ち会いでお話しいたしましょう」

 と返信がある。距離を取られている。近づいた分だけ離れたような気がして寂しい。

「はい」

 とだけ返事だけを送っておいた。


 LINEでやり取りをしている間に、娘の幸子が帰ってきた。

「ただいま〜。お腹すいた〜」

中学3年生。反抗期真っ只中だが、お腹が減っている時だけは素直だ。

「何?」

「肉野菜炒め」

「また〜」

「要らないなら食べなくて良いわよ」

「食べるに決まってるじゃん」と言い残して2階へ上がっていく。


「ご飯ができたわよ〜」

 お腹を空かせているくせに呼んでもいっこうに降りてこない。スマホをいじり始めるといつもこうだ。校則で学校に持っていけないことになっているで、今時の子なら仕方ないかとは思うが、後片付けが終わらないこっちの身にもなってもらいたい。やっと降りて来たと思ったら、ダラダラとスマホを眺めながら食べ始める。

「ほらほら、食べる時はスマホを見ない」

「え〜っ!」

 無理やりスマホを取り上げる。娘は私を睨みつけ、つまらなそうに野菜炒めをイジっている。

「今日は学校で何があったの?」

「興味ないくせに」

「あるわよ。進路のこと、先生何か言っていた?」

「別に」

「そんなわけないでしょ? もうすぐ三者面談でしょ? どうするの?」

「どうにかする」

「どうにかって?」

「だから、お母さんには心配かけないよ!」

「心配するわよ」

「都立を受けるから」

「もう決めたの?」

 娘は娘なりに家計事情をおもんばかって、私立ではなく公立へ行くと内心決めているらしい。

「お金のことは子供が気にしなくても良いのよ?」

「気にするわよ。だってお店、赤字なんでしょ?」

「え?」

「お母さん、この間ブツブツ言ってたよ」

「うそ……」

 気付かぬうちに考え事が声に出してしまったようだ。もうやだな〜。幸子にまで栄芳堂の経営不振が伝わっている。

「最近の子供は小豆とかあんことか好きじゃないから、和菓子屋は流行らないよ」

 そういえば、お友達の誕生日会にはいつも栄芳堂の看板銘菓小判きんつばを持たせていたが、もういらないからと宣言されたことがあった。こちらは喜んでもらおうと思ってだが、あんこが苦手なお子さんは結構多いみたいだ。

「お婆ちゃんの入院費だってかかるんでしょ?」

 おっしゃる通りです。幸子偉いね〜。だからここで倒産するわけには行かない。何が何でもM&Aを成功させなくては。

「ところでお母さん」

「何?」

「この間、どこに泊まってきたの?」

「え?」

 幸子の核心をついた質問にドキドキとする。

「誰と泊まってきたの?」

 相手は誰かと追求され、

「だ、誰とではないわよ。一人よ」

 子供にもバレそうな嘘で、この場を乗り切ろうとした。

「ふ〜ん……」

 窮した私はスマホを娘に手渡す。娘はスマホをいじり始めると、それ以上質問してこなかった。

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