不穏な流ればかりなり
夏場に僕は良純和尚から甚平を作って貰った。
僕はそれらがとても気に入って、毎日とっかえひっかえに着ていたからか、秋になったからと言って、良純和尚が作務衣を作ってくれたのである。
何でも拘る彼は、生地の柄一つにもかなり拘っている。
夏の甚平は、藍色に業平菱の江戸小紋と、白地に灰色の花菱文で、二着とも渋くて素晴らしいものであった。
そして、今回彼から手渡された新作作務衣は、上着だけ裾に和柄がある淡い灰色のものと、藍染を籠染めにした薄雲のある青い空か大海原のような総柄ものだったのである。
僕はこの素晴らしい作務衣を夏場の甚平のようにとっかえひっかえに着て、さらに、作務衣と一緒に手渡された生成りの帆布バッグを何処へ行くにも幼稚園児のように斜め掛けしているのである。
この帆布バッグは山口とお揃いだと良純和尚に手渡された鞄でもあるが、黒い山口のものは京都の有名店のものであるので厳密にはお揃いにはならない。
そして僕はお揃いでなくとも全くかまわない。
なぜならば、この鞄は良純和尚手作りの唯一無二の品であるからだ。
軽い上にペットボトルを固定するベルトや僕にとって使い易い仕切りがあるこの鞄は、実用性の面からも素晴らしく、今や僕の大のお気に入りとなっている。
こんな素晴らしき鞄と渋い作務衣姿の組み合わせの僕は、男の子の格好でしかなく、女の子の姿ではないはずだ。
それなのに吉田という目の前の男が僕を女の子を見間違うというのならば、僕はそんなにまでも女性化してしまったのだろうか。
「ちょっと、樹君、それ頼んでいた子と違う。男に見向きもされない女はおかっぱの方。」
聞きなれない女性の声に吃驚して声の主を見ると、その言葉を発したのは藤枝だった。
顔を上げた藤枝は、なんというか、残念系だった。
明るい色の盛った長髪に囲まれた丸い輪郭の顔は狸のようだ。
丸く大きいけれど離れた目を近づけようと試みたか、クレオパトラのようなアイラインがぐるっと濃く描かれている。
クレオパトラ風化粧と言うと、以前に楊をストーカーしていた田口美樹鑑識官を思い出してしまった。
彼女もそうだったが、目幅よりも大きくアイラインを書くのはどうかと思う。
田口も藤枝もそんな化粧をしていなければ、可愛い系ではいられたものを。
僕がアイラインに付いて考え込んでいると、その思考を打ち破る恐ろしい怒声が個室に響いた。
「おい、藤枝。さっちゃんが男に見向きもされないって、なんだよ。お前こそ、だろ。」
水野だ。
彼女がきつい物言いで藤枝に向くと、藤枝はキッと顔を上げて水野に向き合い、きっと水野達が考えもしなかった事を言い放った。
「安心しろよ、あんたの事も頼んであるよ。あんたが左手で掴んでいる方。中尾君ていうの。あんたの兄さんと同じ学校みたいじゃん。縁があるんじゃないの?」
水野は掴んでいた手をパッと放したが、中尾というらしき青年ともう一人は無様にどしんと尻餅をついた。
床に二人とも腰を抑えて転がっているという事は、水野はただ放したのではなく、彼等を床に引き倒していたらしい。
「兄貴と同じ高校じゃあ、自衛官崩れか?その割には体が出来ていないな。」
「いえ、ちがうっす。横浜市の中学、あの、直樹先輩が二年の時にすぐに転校しちゃったけど、俺はそこで当時中一で。あの、転校前には三年の怖い先輩達と近所の怖い高校生達まで殴り飛ばしたって有名な直樹先輩ですよね。」
「あら、直樹さんて武勇伝あった人なんだ。水野家で一番大人しい人だと思っていた。」
「さっちゃん。それは多分、裕樹じゃない?あいつさぁ、高一の時に直樹の制服着て直樹の学校に行った事があるから。なんか暴れたいって。」
「あぁ、裕樹さんだったらやりそう。」
僕は水野と佐藤の会話に吉田たちの存在など忘れてしまっていた。
暴れたいから弟のふりして中学に潜り込むような人間がこの世にいた事に純粋に驚くばかりで、水野裕樹という人には一生会いたくないと脅えてしまっていたのである。
僕は小市民なのだ。
「どうしちゃったの?楽しい飲み会だったはずでしょう?なに、この要らない男達。」
涼やかな若い男性の声が、停滞した室内で風のようにして通った。
僕はこれほど葉山の登場が嬉しかったことはない。




