灰色な邪魔
「いえ、あの、その。でも僕はあの日以来会っていないっていうか。終わったかも、とか。」
「ご飯を取っちゃったって話?あら、自分は残業して約束をすっ飛ばしても、女が残業して約束に現れないと切れる男みたいな感じね。」
佐藤以上に怖いオーラを出して口を挟んできたのは今泉だった。
「うわぁ、今ちゃん。はい、グレープフルーツジュースです。で、さっちゃんは、熱燗の前に冷酒一杯どうぞ。」
妙に慌てている水野が今泉と佐藤にそれぞれ飲み物を手渡し、そして、二人が素直に飲み始めるとあからさまにほっと溜息を吐き、僕を見返した。
「そんな口喧嘩、恋人だったらよくある事だよ。」
「いや、これはお終いに繋がる喧嘩だね。」
たん、と冷酒の小さなコップが座卓に置かれ、コップを置いた人物は僕に向き直った。
「ひい?」
先ほどまでの威圧感などどこにもない、いつもの朗らかな優しい佐藤の顔だった。
「さっちゃん?」
「喧嘩をするほど仲は良いというけどね、言っちゃあいけない言葉もあるの。ふふ、でもね、まだ挽回できるし、大丈夫よ。」
「そうそう、さっちゃんの言う通り。淳平は料理や家事を覚えるって頑張っているって。クロも努力すれば二人での新生活に漕ぎ着けるって。心配しなくても大丈夫だって。」
ニコニコと笑いかけてくる佐藤と水野に、僕は終わりでもいいなんて言えなくなった。
あの日の出来事を思い出し、考え直してみても僕の答えは一つだけであり、絶対に譲れないのだと言い張れば、それは水野と佐藤を悲しませることになるのではないか?
けれど、どうしても、僕は良純和尚の腕の中から出たいとは絶対に思えない。
「でも、僕は――。」
「こんにちわー。あ、こんばんわ、ですね。」
「おい、部屋が違うんじゃないのって。うわー美人ばっかり。」
「うわぁ、せっかくだしさぁ、一緒に飲まない?合コンしない?」
なんと襖が急に開いたと思ったら、三人の男達が自分達の個室のようにして、僕達に何の断りもせずにずかずかと室内に乱入して来たのである。
僕達の個室に乱入してきた三人は、三人とも大学を出たての同じような年齢に同じ背格好で、全員が前髪が目元にかかるという同じような髪型をしていた。
それだけで顔が違っても同じに見えるのだなあ、と、僕はしみじみと彼ら三人を眺めてしまっていた。
いや、単に個性がないだけか?
そして唯一の個性違いが見受けられるのが、彼らのスーツの色だけであるが、ブルーグレーにグレーにチャコールグレーと、グレーの色見本みたいだった。
スーツ姿であることから、彼らは近隣のサラリーマンであるのだろう。
また、僕の目から見て彼らのスーツの生地が楊よりも上等である事から、彼等の勤務先はそれなりの会社なのだろうかと考えた。
まぁ、楊が安物すぎるスーツを着るので比較にはならないかもしれない。
彼は昔のドラマや小説に登場する、「安物スーツを着た窓際刑事」に憧れているのである。
「すいませんが、出てってくださいます?」
ひんやりとした殺気しか感じないオーラを発した佐藤は、物凄く怖い、の一言であり、勝手に入り込もうとした三人組は彼女の言葉で一斉に動きを止めた。
「あの、その、すいませ……あ。」
一番前に出ていた男の一人が謝りだし、その男の後ろにいた二人も後ずさりをし始めた。これで一段落のはずだろうに、いつもの僕の不運が勝ってしまった。
僕と一番手前の一人の目があったがために、その男が謝罪も忘れて僕へ目掛けて部屋へと入り込んでしまったのだ。
妊娠初期の今泉を庇う形で佐藤が壁になって動けなかった点と、後ずさりしていた男二人の上着をひっつかんでいた水野に三本目の腕が無かったからであるが、単なる会社員らしき若い男にしては部屋に潜り込む動作がひょいっという感じで素早かった。
けれど、そこまで出来た男のくせに、今はどうしたらいいのかわからない表情で僕を見下ろしているのである。
僕のせいならば、僕も頑張るべきなのである。
「あの、出てってください。」
「なにこれ。初めて見た。こんなの。」
呆然と呟く男の言葉に、僕は恥ずかしさに反射的に顔を伏せた。
女性化する前でさえ、僕の裸を見た実父は、できそこないと僕を罵ったのだ。
「ちょ、ちょっと凄く可愛い?俺、俺はこの先の松野商事で働いている吉田樹って言うんだ。ねぇ、良かったら一緒に飲もうよ。奢るからさ、一緒に、ねぇ。」
僕は吉田に呆れて彼を再び見返してしまった。
「え?僕は男の子ですよ。見てわかりませんか?目も悪いんですか?」
なぜか佐藤達が一斉に噴き出したが、今日の僕は良純和尚製作の藍染の作務衣姿だ。
男の娘じゃなくて、男の子の姿のはずなのだ!




