96、相田マネージャーの話(ノリコSide)
銀座を通ると、ドキリと胸が鳴る。
バカだよね、今日は日曜日でヤスシは横須賀にいるとわかっているのに。
それでも、今までまったくかかわりのなかったこの街が、この数カ月で胸が高鳴るようになってしまったのだから、恋って本当に凄い。
流れる景色を見ながらそんなことを考えていると。
「ノリコ、年が明けたら、ノリコのLP出すことが決まったから。それで、その中の1曲を『オリーブ+リノ』の3人で歌うのと、もう1曲は緑川君とデュエットだから。」
ミッチーがいきなりそんなことを言い出した。
「ええっ!?『オリーブ』とは、黄田さんが復活したらそれでおわりなんじゃないの?」
「いやー、それがさぁ。緑川君とノリコのコンビかなり評判が良くて。ノリコも女女してないし、かわい子ぶってないから、緑川君のファンに結構受け入れられてて。緑川君からも定期的にノリコともやりたいって希望が出て。俺としても、いい音楽になると思うし・・・って、ノリコは嫌なの?」
ミッチーがバックミラー越しに、私を見た。
真矢さんは今日も『オリーブ』と打合せで、ミッチーが相田マネージャーとしてついてくれている。
本当に緑川さんは難しい人らしく、真矢さん以外のマネージャーがつくと途端に喋らなくなるそうだ。
ミッチーとしては、自分の後輩で信頼のおける真矢さん以外を私に付ける気はないらしく、真矢さんがいない時は自分が付くと譲らない。
いや、ミッチーだって仕事があると思うんだけど・・・。
でも、私もミッチーなら遠慮がないし、気を抜いていられるので楽は楽なんだけど。
「嫌ではないよ。緑川さんと歌ってて楽しいけど・・・でも、音楽性の違いってあるじゃん?新人の私が言うの生意気だと思うけど。」
「いや、別にいいよ。俺に対して今更気を遣うことないよ。それに、新人だろうと、プロの歌手なんだから、自分の音楽性をきちんと意識するって大切なことだから。それに、お兄ちゃんとしても、ノリコの気持ちをきちんと知っておきたい。だから、もう少し詳しく話して?」
ミラーに映るミッチーは、真剣な目で私を見ていた。
「うーん・・・うまく言えないけど。私の歌の方向性って言うか、私自身の本質ってやっぱり、洋楽で・・・リズムアンドブルースなんだよね。だから、さわやかなとか美しいハーモニーとか、透明感のある歌を歌う『オリーブ』とは違うんだよ。確かに、『オリーブ』は大好きでファンだし、曲もよく聞くけど・・・自分の歌として歌うのは、何か違うって言うか。今回みたいに助っ人ってわかっていて歌うのはよかったんだけど、これからも定期的って言うか・・・自分のレコードに『オリーブ』を入れるって言うのは、世界観が崩れるって言うか・・・ごめんね、ミッチー生意気で。緑川さんや黄田さんにもこれは言わないで。だけど、これが本音なんだ。」
私が言葉を選びながら、それでも結局は気持ちをぶっちゃけたから、身も蓋もない言い方になってしまった。
だけど、ミッチーはそんな私の言葉に怒る風でもなく、やっぱりなーとクスクス笑い出した。
「そっかー・・・なんとなくそうかなって思ってたんだ。この間、予定と違って『バーボンブルース』のコーラス緑川君しなくて、演奏のみに徹していたし。それに、あのギター凄く気持ちが入って丁寧に演奏してたから。ノリコが叶社長の話をしたのかなって思ってたんだ。そうだよね、あの歌は叶社長の為に作った歌だし、ノリコとしてはその思いを込めていつも歌っているもんな。だからこそ、あの歌がみんなの心をつかんだんだよね。俺さぁ、エミちゃんと出会うまで恋なんてしなかったじゃん?経験のみで、ヒット曲出してきて。どうやったら売れるかって、何となく見えるんだよね。だから、ついそっちに気を取られて、他人の思いとか重視してこなかった。でも、ノリコは俺の大事な妹だし、ノリコは気持ちを大切にする歌い方で行きたいんだよね?まぁ・・・ノリコはそうじゃないと、ノリコらしくないか。わかった、じゃぁ、『オリーブ』の方のLPにさっきの話はスライドするよ。」
「え・・・いいの?だって、さっきLPだすこと決まったって言ってたけど・・・そういうコンセプトとかって、簡単に変えられるもんなの?」
さっきのミッチーの話では、LPの内容は本決まりっぽかったんだけど、誰にも相談せずに方向転換してもいいのかな。
そう思っていたら、ミッチーが実はさぁ・・・と、言いながら前方の信号が赤になったのでブレーキを踏んだ。
緩やかに横断歩道の前で止まった後、ミッチーは頭を掻いた。
「結城さんに、音楽性が違うからノリコのLPに『オリーブ』を入れるのはどうかと思うって、言われたんだよねぇ。そんで、俺はそれを突っぱねたから、LPの作詞作曲担当だけじゃなくプロデューサーも俺がやろうと思ってたんだけど・・・やっぱり、結城さんの言うとおりだったよなぁ。もう一回、結城さんにプロデューサー頼んでみるよ。俺今まで、他の歌手だと他人事って言うか、凄く冷めて客観的に見れたんだけど。ノリコは妹だし思い入れも全然違うから、客観的に見れなくなってるし。うん、プロデュースは俺じゃない方がやっぱりいいよなぁ。」
「結城さんって、凄いプロデューサーなんだよね?そんな凄い人に偉そうな口叩いて、もう一回お願いしますって言って、結城さん引き受けてくれるかな?」
知らないところでそんなやり取りがあったことに驚いたのと、意見の食い違いからプロデュースを自分がやるって言いきった手前、もう一度頼めるものだろうかと私は首を傾げた。
すると、ミッチーは軽い調子で。
「あー、大丈夫、大丈夫。『そうだろ、やっぱり俺が言ったとおりだろ!』ってちょっとウザくドヤ顔して、引き受けてくれるよ。」
とそう言ったから、まさかと私が信じていない言葉を返すと、ミッチーはため息をついた。
「はぁ・・・やっぱり、事実は言っておいた方がいいか。結城さんって、俺が養子に出された家の長男・・・つまり、今は籍抜いてるけど・・・義理の兄弟ってやつなんだよ。だから、お互い遠慮ないんだー。」
いきなり衝撃の事実を伝えられて、驚いたけれど。
でも、よく考えたら、今まで2人のやりとりは私とミッチーのそれと通じるものがあったから、そうか・・と納得してしまった。
「じゃあ、ギターをくれたお兄ちゃんって、結城さん?」
信号が青に変わり、アクセルを踏み込みながらミッチーは私の問いかけに、よく覚えてたねーそうだよーと軽い口調で答えた。
口調は軽かったけれど、ミッチーの育ってきた環境を考えると結構重い内容なので、私はそうだったんだーと後部座席のシートにもたれかかり、ため息をついた。
だけど、その後どう話を続けていいかわからなくて、視線を窓の外に向けると。
思いもよらない光景が目に入った。
車は走行しているのでそれを見たのは一瞬のことだったけれど。
それでも、見間違えではないと断言できる。
だって、番組収録の時に挨拶しただけだったけれど、『喫茶モシカ』のオーナーは独特な雰囲気の人だったし。
それに、ヤスシの体調を気遣うそぶりは絶対にヤスシに気があると感じて、しっかり観察をしたウエイトレスさんを見間違えるはずもなく。
まさか2人が体を密着させ、オーナーがまるで親密な恋人のようにウエイトレスさんの腰に手を回して歩いているなんて・・・一体どういうことなのだろうと。
結城さんの話を続けるミッチーの声が、耳に入ってこないほどだった。




