87、電話を入れて(ヤスシSide)
『喫茶モシカ』を出て少し歩くと、電話ボックスが目に入った。
久住さんが俺の顔を正面、横からと2枚描き終え、ようやく解放された。
店の中にも公衆電話はあったが慣れねぇ絵のモデルにゲンナリしていた俺は、早々に店を出たのだった。
まぁ、描いている途中久住さんは俺の質問に答えたり叶の親父さんの話をしてくれたから、無理やりというわけでもなかったんだが、やっぱああいうのは苦手で。
しかもこっちが会いたいと希望したにもかかわらず、絵のモデルになってくれたからとコーヒーまでご馳走してくれた。
戸惑う俺に、何かあればと自宅の連絡先まで教えてくれた。
最初は何となくつかみどころのない芸術家と言った印象だったが、鳴門料理長のダチということだけあって親切にしてもらったようだった。
小銭入れから10円玉を5枚取り出し公衆電話の上に3枚乗せ、2枚を投入した。
普段は使わねぇ市外局番を回した後、神崎組の番号を続ける。
1コール目の途中でつながり、10円玉が落ちる音と一緒にミコトの声が聞こえてきた。
そのこと自体に、また俺の胃が重くなった。
「ミコト、今日会えるか?」
考えてもしかたねぇと思い用件だけを口にすると、電話の相手がミコトの思っていた相手じゃないことに驚いたのか、一瞬間が空いたが。
『・・・・・午前中少しなら時間ありますけど、その後出かけるんで。』
言葉少なに、答えが返ってきた。
ミコトとはジョーを通じて、ガキの頃から知り合いだったが。
自分の生まれた家に葛藤を持っていたのか、その頃から老成したところがあった。
それをわかってか、叶の親父さんが何かと可愛がり、ミコトもそんな親父さんに懐いていた。
年を追うごとにそれは、忠誠のような気持ちに変わっていき、ミコトは叶の親父さんに傾倒していた。
だから、ミコトにとって叶の親父さんの死は、道しるべを失ったという事で。
ミコトは、決着をつけなければ、前に進めないのだろう。
「どうせ、銀座辺りに行くんだろ。ポーカーの負け払いに。なら、ついでだ。昼『喫茶モシカ』に来い。ジョーにも伝えておけ。」
『ヤスシさん・・・今、東京にいるんですか。どうして、ポ——「小杉次男にはもう会えねぇぞ。別件でちょっと関わっちまったんだ。そこら辺の事も話すからよ。いいな『喫茶モシカ』だぞ?」
今出てきたばかりの店の名前を告げた。
他に落ち着ける店がねぇし、あの店ならジョーもわかっているからということで選んだんだが。
『込み入った話なら、外の店はマズいです。ジョーさんに言って、バー開けてもらうんで。そこに来てください。』
ミコトが冷静にジョーの店を指定した。
ジョーにミコトから連絡しておくということは、今待っていた電話の相手はジョーではないということか・・・。
俺はため息をつくと、わかったと言って電話を切った。
受話器を戻すと、10円玉が音をたてて落ちてきた。
取り出し口に指を入れ、電話の上に置いておいた10円玉と一緒に小銭入れに戻していると視線を感じ、俺は顔を上げた。
私服の白豚三白眼と4頭身が、電話ボックスから出てきた俺の前に立ちふさがる。
こいつらいつもセットだなと、腹ン中で呆れていると。
「昨日は早退したくせに、昨日と同じ服でこんなとこにいるって、女のところにでも泊まったんか?」
白豚三白眼が、下らねぇことを言い出した。
俺は鼻で笑い飛ばすと。
「貧祖な想像力だな。早く仕事行けよ。」
そう言って、俺は2人の横をすり抜けようとした。
だけど、四頭身が俺の腕をつかみ、いい気になってんじゃねぇよっ!といきなり怒鳴った。
俺はその言葉に、四頭身を振りかえり上から下までマジマジとそいつを見たら。
毛玉のできたトレーナーの上に裾が擦り切れているジャンパー、そして膝の出たスラックス、栄養が偏ったようなかさついた肌に、荒れた手・・・。
それだけで、俺にいちゃもんをつけたい気持ちが透けて見えた。
よく見りゃ、白豚三白眼も同じようなナリだ。
あんま興味もなかったから、奴らのことを気にしたこともなくて、どこの世界にも下らねぇ奴がいるもんだと、スルーしていたのだが。
世の中、そいつの力だけではどうにもならねぇ不公平な事って、あるわけで。
その怒りが歪んだ形で、他者に向けられることは珍しくもねぇ話だ。
実際、ノリコの叔父だって、それの最たるもんで・・・ああいう風に、なっちまったわけだ。
そう考えると、そいつの力だけではどうにもならねぇ不公平な生まれだったノリコは、やっぱスゲェ。
怒りを他者に向けないばかりか、自分の中でそれを正しい方向に自然と変えたからな・・・やっぱ、あいつはシビレるくれぇ強ぇ女だ。
そんなことを考えながら、俺は静かに俺の腕を掴んでいる四頭身の手首を反対側の手で握った。
「ってぇ!」
痛みに声を上げて、四頭身が俺の腕を離した。
それと同時に白豚三白眼が、俺に殴りかかってきた。
「ちょっと、副社長や芸能人と知り合いだからって、デカい顔してんじゃねぇぞっ!」
そう言って、俺にパンチを繰り出すが、それがもう滅茶苦茶形にもなってねぇダサダサのパンチで。
どうしようかと思ったが、父ちゃんに修行に行った先で暴力はダメだとキツく言われていたから、とりあえず避けた。
だけど、それで相手が治まるわけもねぇし・・・仕方がねぇから1発殴らせるかと思っていたら。
「ヤスシ、何やってんだ。」
そう言いながら現れたジョーが、白豚三白眼の腹にケリを入れた。
ジョーにとっちゃ挨拶代わりのようなケリでも、どうみても喧嘩慣れしてねぇ奴にはその場に蹲るくれぇの衝撃だったようで。
慌てて白豚三白眼のもとに駆け寄った四頭身が、俺を睨んだ。
「富士見っ、自分で太刀打ちできないからって、助っ人にやらせるなんて、ズルいぞっ!」
「そうだ、俺は富士見に言ってんだ。それなのに、他のやつが代わりなんておかしいだろっ。自分の始末は自分でつけろよっ!」
四頭身に続き、腹を抑えながら立ち上がった白豚三白眼も俺に食って掛かった。
その言葉に、ジョーがあきれた顔で。
「おい・・・おめぇら、それ、本気で言ってんのか?」
と言った。
だけど、奴らは普段の俺の事なんか知るわけもなく、かかってこい!と言ってきかない。
どうしたもんかと思っていたら。
「邪魔だっ、どけっ!」
四頭身の後ろから歩いてきたスーツ姿の男が、歩道で俺の行く手をふさぎ俺に絡んでいた四頭身と白豚三白眼をいきなり突き飛ばし、四頭身にいきなり尖った靴でケリを入れた。
そのスーツ姿の男はどう見てもスジもんで。
まぁ、急いでいたみてぇだから、歩道に立ちふさがる奴らが邪魔だったんだろうけどよ。
いきなり突飛ばしたり、ケリ入れたりするってのはねぇよと思ったんだけど。
四頭身と白豚三白眼は、その男の姿を見た途端ビビっちまったようで、すみませんすみませんと謝りだした。
こういう奴に謝る必要なんかねぇのに。
しかも、過剰にあやまったりなんかしたら、ぜってぇ付け込まれるだろうが・・・。
そんな風に考えていたら。
「すみませんじゃ、警察いらねぇんだよっ。おいっ、お前のせいで俺の靴が汚れただろうがっ。弁償しろよっ!」
と、台本があるのかと突っ込みたくなるような、思っていた通りの展開になった。
蒼白になる四頭身と白豚三白眼。
元をただせば、こいつらが俺に難癖付けたからこういう事態を引き起こしたんだけどよ。
なんか、昨日のノリコの叔父に対する仕打ちが中途半端で。
これからっつう時に気絶しやがったから、不完全燃焼だった。
だから、このスジもんは、飛んで火に入る夏の虫ってわけだ。
俺は、白豚三白眼の襟元を掴んで好き勝手なことを言い出したそのスジもんの腰に、反動をつけてケリを入れた。
よろめくスジもんに、いきなり締め付けられていた襟元を解放され、頭が回らない白豚三白眼。
それを唖然として見ているだけの、四頭身。
怒り狂った顔で振り向いたスジもんの鼻に、俺は待ってましたと言わんばかりにパンチを入れた。
飛び散る鼻血。
それを見た瞬間に、俺の体内の血が逆流したように感じ。
もう、後は・・・止められなかった。




