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86、躊躇うことなく(ノリコSide)

『オリーブ』は結局、私が所属する事務所『サザンリバー』に移籍する事が決まった。

私とマサルが黄田さんのお見舞いで病室に着いて少し経った後に、ミッチーと南川社長がやってきた。

『オリーブ』が所属する事務所の河北社長という人に連絡を入れていたようで、その人も一緒に連れだってやってきた。

河北社長は、先にミッチーから事情を聞いていたようで、ホッとした様子だった。


「いくつか移籍先の事務所の候補をあげたら黄田君の方は納得してくれて乗り気だったのに、緑川君がどこも気に入らなくて嫌だって言うし、フリーになるなんて言い出すし・・・困っていたんですよ。せっかくここまで売れたのに、フリーになったら中々仕事もコンスタンスに入らないだろうし。緑川君は真面目でいいコなんですが、人の好き嫌いが激しくて・・・だから、『オリーブ』が最後まで移籍先が決まってなくて、頭を抱えていたんですよ。本当に、良かったです。畑は違いますが、南川社長のお人柄はうかがっています。たった2日で、緑川君が移籍したいって思えるような事務所さんなら、私も安心です。どうぞ、よろしくお願いします。」


人の好さそうな小柄な河北社長は、そう言って深々と南川社長とミッチーに頭を下げた。

気さくだと思っていた緑川さんは、苦手な人の前だとクールで近寄りがたいらしい。

逆に黄田さんは、テレビの印象通りの天真爛漫な明るい人で、大抵の人とは上手くやり取りができるという事で・・・って、私に対して何であんなに当たりがキツイのだろうか?

よくわからないけれど、マサルの事が気に入ったらしくご機嫌でマサルと話をしているから、まぁいいやと気にしないことにした。


河北社長は今年いっぱいで事務所を閉めるということだったが、他のタレントや歌手は既に移籍を済ませていて、残っていたのは移籍先が決まっていなかった『オリーブ』だけだった。

だからできれば、年が明けてからではなく直ぐにでも移籍の話を進めたいと、躊躇うことなく河北社長が言い出した。





「結局、すぐに移籍が決まったけど、『オリーブ』も大みそかの『日本音楽祭』に出場だったよな・・・うちはノリコも出場だし、十夜は司会だし・・・社長、スタッフ増やした方がいいんじゃない?」


黄田さんを見舞った後、真矢さんの運転するワンボックスカーに、南川社長とミッチーと私とマサルが乗って、事務所へ向かっていた。

ミッチーが言ったスタッフ増やした方が・・・のくだりで、視線はガッツリマサルをとらえていたのは、敢えてに違いない。

ミッチーは、マサルが横須賀で叶社長と一生懸命話していた姿を見てから、何となくマサルを気に入っているようだった。

マサルは酒屋の3男で、店は既に長男が継いでいるから、そこらへんも都合がいいと思ったのだろう。

とりあえず、冬休みのバイトで事務所手伝ってくれない?というミッチーの懇願に、マサルは抗えず、今日からバイトで働くことになってしまった。





「で、どうなったの?うちの父親の弟。」


事務所に皆で戻り、近くの喫茶店に昼食用に出前をしてもらったサンドイッチをぱくつきながら、私はずっと気になっていたことをミッチーに尋ねた。

だって、大丈夫だっていうだけで、何の説明もないし。

私の質問にミッチーはため息をついて知らない方がいいと思うけど・・・と呟いた。

そう言って、口を割らない。

余程ヤバイことをしたんじゃないかと心配になったけれど。


「とりあえず、もうノリコに何か言ってくることはないから、安心して?」


犯罪は働いていないというミッチーの言葉を、私は仕方がなく信じることにした。





それからその日は午後から3件テレビ収録があり、目が回るような忙しさで。

結局自宅に戻ることができたのは、深夜1時過ぎだった。

自宅前で、真矢さんが運転するワンボックスカーから降りると、トイレを我慢していたミッチーは挨拶もそこそこに家に入って行った。

私はこんな遅くに仕事とはいえ、自宅まで送ってくれた真矢さんにお礼を言ってから車を見送った。


小さくなっていくテールランプを見つめて私はホッと息をつくと、踵を返し家の中へ入ろうとした。

だけど、そこで思いもよらず、名前で呼ばれ。

私1人だと思っていたから、ドキリとしたけれど。

振り返って、相手の顔を確認したら、何となく納得をしてしまった。

だから・・・。


「寒いですし、時間も時間ですから、家の中で話しませんか?神崎さん。」


私はそう言って、彼を躊躇うことなく家の中へ招き入れた。



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