72、貸し切りの『underground』(ノリコSide)
「ノリコ、あの時はマジ悪かった。それに、本来なら俺が出向いて詫び入れに行かなきゃねんねぇのに、こっちまで来てもらって。中途半端な謝罪になっちまった。それも合わせてこのとおりだ・・・すまなかった。」
黒のスラックスに同系色のベストにツウタイというバーテンダースタイルの浜田ジョーが、ガバリと頭を下げた。
この人も色々大変だったんだろう・・・以前より少しやせて顎が尖り、顔つきも変わったように見えた。
あの時は叶社長の傍にいて、多少ひねくれてはいたものの甘えのような雰囲気があり年相応な部分も見えたけれど、今は・・・すっかりそういったものがそぎ落とされ、まるで一匹狼のような雰囲気になっていた。
だから、謝罪の言葉よりも目の前の浜田ジョーの変化に、親が死ぬってことはこれだけ人を変えるものなのかと、内心衝撃だった。
亡くなった原因もあるだろうけれど。
「わかりました。頭を上げてください・・・それより、叶社長がお亡くなりになって、大変でしたね。改めてご愁傷様でした。」
どう答えていいのかよくわからなくなって、とりあえず弔意を伝えたのだけれど。
よくわからないのは浜田ジョーもで、私の言葉を聞くと上目使いで私を見て。
「それって、謝罪を受け入れてもらえるってことか?」
と、聞いてきた。
「はい。なので、頭を上げてください。それに謝罪なら生前叶社長から頂きました。浜田ジョーも、心からの謝罪として受け止めました。」
私がそう言うと、ホッとした顔で浜田ジョーが漸く顔を上げた。
「まぁ、よかったな、ジョー。これで手打ちってことだな・・・でも、ノリコ、おめぇよぉ、クククッ・・・ジョーに対して敬語なのに、名前だけ呼び捨てかよ。しかも、フルネームで・・・おめぇってホントおもしれぇなぁ。」
ヤスシが笑いながら上手く場をまとめてくれて。
そして、その言葉にジョーも笑い、敬語はいらねぇからと私に言った。
ディナーショーを終え、急いでシャワーを浴びメイクを再びして、浜田ジョーがバーテンダーをやっているという『underground』というショットバーに連れてきてもらった。
エミ姉も誘ったんだけど、少しの間だけ浜田ジョーと付き合いがあったから顔をあわせたくないという理由でこなかった。
エミ姉はそんなことにこだわるタイプではないけれど、多分・・・ミッチーに気を遣って、浜田ジョーと会わないのだろうと思った。
エミ姉が逆上すると、ミッチーに捨ててやる!と言うけれど、本当はエミ姉もミッチーのことを大切に思っているんだという事が、そういうところで垣間見えていいなぁと微笑ましくなる。
だけど・・・。
「浜田くーん、ついでに俺もごめんねー。この間、つい手加減忘れちゃって、感情のまま君の腕握っちゃったからさー、ちょっと痛かったよねぇ?」
と、私の隣・・・ヤスシと反対側の隣に座るミッチーが、軽~く謝罪をした。
いや、ふざけたものの言い方で、謝罪にもなっていないような気がするけれど。
案の定、浜田ジョーの眉間にしわが寄った。
だけど、浜田ジョーが何か言う前に、春川さんが驚愕の声を上げた。
「ええっ、手加減なしの東さんに腕握られたって・・・大丈夫だったんですかっ!?」
「大丈夫じゃねぇよ。腕にヒビ入ったわ。もう治ったけどよ。」
「あー、ヒビですか。それならよかったです。」
「よくねぇよっ!」
「いや、あなた骨が丈夫なんですね。俺、子供の頃住んでいた家が東さんの家と隣で・・・俺の部屋から東さんの家の庭の一部が見えるんですけど・・・ストレス溜まってたのか、庭に積んであったブロックを無表情で手で折ってたのを見たことあって・・・子供心ながらにゾォォッとしたのを覚えてます。本当に、ヒビくらいで良かったですね。」
「・・・・・・。」
信じられない証言に浜田ジョーは無言になり、おもむろにシェーカーを振り出した。
凄くスマートな絵になるようなスタイルで、まるで今の話は聞かなかったというすました顔で。
だけどそんな浜田ジョーの様子を見て、ヤスシは隣でケタケタと笑い出した。
よかった・・・この店に行く段になって、現れた春川さんを見てヤスシが一気に不機嫌になったから、春川さんに対してあまりいい感情がないのかと思っていたから、正直ホッとした。
ショーの前の最終打合せでミッチーの部屋に行った時、エミ姉が行かないと言いミッチーだけ行くという事になった時に、横で聞いていた春川さんが自分も行きたいと言い出したのだった。
今まで春川さんは人とべったりの付き合いをしない人だったようで、その発言に真矢さんばかりかミッチーまで驚いていたけれど。
エミ姉が、ミッチーもヤスシも強いけどカラス使いがいた方がより心強いから、丁度いいじゃん一緒に行ってもらったら?という一言で、決まった。
誰もエミ姉には逆らえないから・・・。
そんなことを考えていたら、隣に座るヤスシが私をじっと見ていた。
「な、何?」
「いや、おめぇ化粧取らなかったのかよ。風町のままじゃんか。」
「あー・・・実はさ、3日前に『グランドヒロセ銀座』で・・・私の父親の弟・・・叔父さんとニアミスしちゃって。結構酷い人だったから、子供の頃に別れたっきりだけど、私スッピンになるとあんまり子供の頃の顔と変わってないし、お父さんとお祖父ちゃんと顔似てるんだよね。だからここ銀座だし、変装しておいた方がいいかなって。」
「あー・・・そう言う事か。なら、仕方ねぇか。」
ミッチーから話を聞いているのか、ヤスシは意外にもその簡単な説明だけで、あっさりと納得した。
でもどこまでヤスシが話を聞いたのか気になり、今度電話でゆっくり話した方がいいのかと考えていたら。
私の前に、カクテルグラスに入ったパインジュースのようなものが出された。
驚いて、浜田ジョーを見ると。
「『シンデレラ』って名前の、ノンアルのカクテルだ。魔法がかかって、別人のようにソコソコイケてる容姿になった、風町リノ、今のおめぇにピッタリだろ?」
そう言った後、横を向いて煙草を咥え俺からの詫びと風町リノへの応援の気持ちだと、照れくさいのか早口でそう付け加えた。
目の前に置かれたカクテルをじっと見ると、店のライトが当たりキラキラとしている。
オレンジ色と黄色の中間のようなカクテルに、グラスのふちに洒落た感じでチェリーが刺さっていて。
「カクテルって、いいね。まるで、自分のために作られた特別のものみたい。ありがとう、浜田ジョー・・・何か、飲むのもったいないな。」
感じたことをそのまま言うと、横でヤスシがマティーニと注文をした。
ニヤリと浜田ジョーが嗤いながら、まだ火を点けていなかった煙草を紺色の箱に戻し、慣れた手つきで1本のボトルを取り出した。
手早いのか、あっという間にヤスシの前にもカクテルグラスが置かれた。
するとヤスシが何気ない仕草でグラスを手にし、三口でそれを飲み干した。
だけど、その様が何だかもの慣れしていると言うか、キマっているというか・・・つまり。
しびれるくらい格好良くて、思わず見とれてしまった。
するとヤスシが私に目を向けて、カクテルはこうやって飲むのがいいんだと言って、飲めというように私のグラスを顎でしゃくったから、私は慌てて自分のグラスを持った。
だけど、ヤスシのようには上手く飲めなくて・・・三口半になってしまい、最後の半口は上手く飲めずまるですするような変な飲み方になってしまった。
凄く美味しかったけど。
「ブハッ。」
「アハハッ。」
「フフッ。」
「クッ・・・。」
一斉に、ヤスシ、ミッチー、春川さん、浜田ジョーがふきだした。
「笑うんじゃないよ、難しいんだって。」
不貞腐れてそう言うと、浜田ジョーが思いがけない言葉を発した。
「いや、女は無理してそんなに粋がって飲まなくてもいいぞ。旨いと思う飲み方でいいんだぞ。」
「えぇ、そうなのかい?」
好きなように飲んでいいなら、もったいないことしたじゃんか。
もっと大切に飲みたかったのにと、ヤスシをギロリと睨みつけると。
「本当に、おめぇは面白れぇなぁ。今日のディナーショーもコントかっつうくれぇ面白かったしよぉ。」
ヤスシは私の睨みなんかものともせず、目じりを下げて思い出し笑いをした。
すると、ミッチーの向こう側に座る春川さんが、首を伸ばしこちらを見て。
「富士見さんにそう言ってもらえると、凄く嬉しいです。」
と、話に入ってきた。
途端にヤスシが不機嫌な空気をだした。
結構空気を読む春川さんが、こういうことに気が付かないわけないと思うのだけど。
春川さんは、ヤスシと会うたびに不機嫌オーラを出されても、かまわずグイグイヤスシに話しかけている。
何でだろうと思っていたけれど、さっき私の部屋でヤスシに質問した内容を聞いて、何となく察してしまった。
多分、春川さんは・・・。
「ふーん・・・十夜って、ヤスシのこと好きなんだー。」
私が、何となくそうかなと思っていたことを、ミッチーがさらりと口にした。
ギョッとする、ヤスシ。
「えーと、好きっていうか・・・格好良い人だと前から思ってるんですけど・・・あんまり俺に興味がないようで。」
やっぱり、さっきのカラスってどう思うかの質問って自分自身を例えてみたようだ。
それで、存在は否定しなかったけれど、ヤスシは犬の方が好きだってきっぱり言っていた。
何だか、言い得て妙だなと思ったけれど。
「まぁ、興味はねぇな。つうか、男に興味がねぇ。俺はマジ女好きだからよぉ。それに、今はノリコが俺の女だ。だから、他の奴にそもそも興味がいかねぇ。」
と、ヤスシがもっときっぱりと言い切った。
しかも、照れるコメント付きで・・・・まぁ嬉しいけど、横のミッチーがニヤニヤしているし。
そして、春川さんは、はぁ・・・とため息をつくとわかってましたけどねと項垂れた。
何となく空気がどんよりとしかけたその時。
気を利かせて浜田ジョーが貸し切りにしてくれたはずの店のドアが、突然勢いよく開かれた。




