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71、ディナーショー夜の部(ノリコSide)

ショーは会場の暗転から、私のデビュー曲『紫陽花ブルース』のイントロが流れるところから始まった。

今日が初日だけど、昼の部、夕方の部、夜の部で3回目のステージだから、要領もわかってきて、迷わず会場の後方入り口からスポットライトが当たるであろう位置にそっと立つと。

まだライトも点かないのに、イントロが流れただけで会場内が沸き、凄い拍手が響いて。

その熱気と歓迎ぶりを視覚ではなく肌で感じ、感動のような高揚感が沸き上がる。

こんなに私の歌を聴きにきてくれる人がいるなんて、心の底から感謝しかない。

そう思いながら息を整えていると、パッと私にスポットライトが当り、一気に視線が私に集中した。

その瞬間、ワアッと歓声が上がりますます拍手が大きくなり、そして私は歌い出した。


5~6人用の丸テーブルの間を通ってステージに向う間、距離が近いせいか近くのお客さんが笑顔で握手を求めてくる。

頑張ってねとかファンですとか、ありがたい言葉もかけてくれた。

昼の部と夕方の部は余裕がなくて、決められた段取りをこなすだけで精いっぱいで、あまりお客さんと握手ができなかったから、凄く嬉しくて。

だから段取りが掴めた今度は、できるだけたくさんの人と握手ができるようゆっくりと歩く。

距離がライブよりもずっと近いけれど、私の歌を聴くためだけに来ていただいたと思うと、ありがたくて・・・あれ、この歌って失恋の歌なのに、笑ってていいんだろうかと途中で疑問が生じた。

だけど、皆握手を求めてくるから、笑顔で応えないと?と考えていたら、曲が終わってしまった。


「あっ!」


しかも、この曲が終わるまでに前方のステージに上がらなければいけなかったのに、まだ会場の半ばだ・・・。


「どうされました?風町さん?」


ステージ脇から登場した春川さんが、おもむろに声を上げた私に落ち着いた声で問いかけてきた。

春川さんの突然の登場に拍手がわき、春川さんのファンの人もいるようで控えめに素敵・・・という声があちらこちらで囁かれている。

前2回のショーでは、今の段階でもうステージに上がっていたから、ここまで生の声って聞こえなかったけれど、でも次の段取りを考えると・・・。

私はガックリと肩を落として、春川さんを見た。


「春川さん、すみません。握手に夢中になって、ステージまでたどり着けませんでした・・・。」


ションボリとそう言うと、ドッと会場内の人が笑い、春川さんもアハハと笑った。


「そうですよねぇ。本来なら歌い終わった風町さんに、ステージから私を呼んでもらうと言う段取りでしたからねぇ。3番を歌い出した時点で不安になり、サビの部分で私諦めまして・・・呼ばれてもいないのに自ら登場するハメになってしまいました。」


茶目っ気のある春川さんの返しに、ますます場内に笑いが溢れた。

だから私もつい調子に乗り。


「すみません、本当にごめんなさい。本当なら、そちらに戻らないといけなんですけど・・・握手がまだ途中で、もう1曲歌いながらステージに向かってはダメですか?段取り滅茶苦茶ですけど、やっぱりお客様と距離が近いっていいですね。生の声がきけるとか、反応を肌で感じられるとか・・・。」


と、完全に演出を無視したことを言い出してしまった。

すると、春川さんが生の声ってどんな内容だったんですか?と苦笑しながら聞いてきたので。


「頑張ってとかファンですとか・・・本当に、ありがとうございます!・・・あっ、春川さんが登場して、素敵!っていう声もあちこちから聞こえてきましたよ?」


そう言うと、春川さんがおもむろにステージから下りて、大股でこちらに向かって歩いてきた。


「そういう声なら、私も生で聞いてみたいです!風町さん、交代しましょう!ステージ戻ってください。握手は私がします!」


と、言い出して私はステージに行かざるを得なくなってしまった。

それで慌ててステージに向かうと、その姿がおかしかったからか、ドッとまたお客さんが笑った。

ステージに上がると、多くのお客さんは春川さんがいる方に向いていて。

凄い人気だなーと思っていたら、突然セットリストに入っていない『鎌倉大仏音頭』のイントロが流れ始め、お客さんが皆ギョッとした顔で私の方を見た。

私もギョッとしてステージ袖を見ると、ミッチーが親指を立てていて、誰の仕業か一目瞭然だった。

まぁ、この空気で流れ的にはいいのかもしれないけれど。

そして、合いの手が入り・・・お客さんが怪訝な顔をした。

そうだよね、私の歌と全く方向性が違うもんね。

でも、ここまできたらしょうがない。


「釈迦牟尼は美男におわす~!」


息を思いっきり吸って、歌い出すと・・・お客さんが多分ほぼ全員というくらい、笑い出した。




ショーは信じられないくらい盛り上がって終わった。

『鎌倉大仏音頭』を歌った後、ステージ上に戻った春川さんと漫才のような掛け合いをして、クリスマスの話題に話を持っていき。

そして、洋楽のカバーのクリスマスソングを3曲歌って、『destiny』、『I was born』そして、このショーのためにミッチーが書き下ろした『sweet sweet home』、最後に『バーボンブルース』を歌った。

アンコール曲は、レコード会社のテスト時にミッチーが歌っていたアメリカでヒット中のバラード曲を歌おうと思っていた。

日本でも売れていて、結構知られている曲だ。

でも、アンコール曲は・・・と春川さんが紹介しようとした時、客席から『鎌倉大仏音頭』がいいと言う声が収集つかないほどかかり、どうしよう・・・と思っていたら、すぐに『鎌倉大仏音頭』のイントロが流れ出した。

これも絶対に、ミッチーが仕向けたんだろうと思ったけれど、初めて歌ったのにこんなに要望が出るなんてありがたい話だと、感謝を込めて歌おうと客席を眺めたら・・・ヤスシとバチッと目が合った。

その途端、ヤスシがブホッとふきだした様子が見て取れて、ええーと思っていたら、近くでもふきだす声が・・・。

袖に引っ込んでいる、春川さん・・・。

そんなに、この歌って面白いんだろうか?

そう思いながらも、息を吸って心を込めて歌に入り————


「釈迦牟尼は美男におわす~!」


会場中が笑いに包まれた・・・。



ショーが終わった後、お客さんが凄い笑顔で満足そうに帰って行ったから、歌手冥利にはつきるんだけど。

何か、これって・・・私の思い描いていたディナーショーと違うような気がする。


でも、やっぱりこうやってたくさんの人に私の歌を聴いてもらうって、凄いことなんだよね。



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