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65、再会(ヤスシSide)

「富士見、そろそろいいだろ。今日から、煮方にかたの方を手伝ってくれ。」


店のクリーニングで2日休みになり、その休み明けのミーティングの場で、鳴門料理長から告げられた。

本来なら土曜日俺は休みだが、クリーニングが入ることで片づけていた道具や仕込んでいたもの等を戻す作業で人手がいる為、出勤をしていた。


その場がザワリとした。


「料理長、お言葉ですが・・・富士見は、確かに下積みの仕事はそつなくこなしていますが、だからって入ったばかりで仕込みを仕切る煮方にいきなりつけるなんて、下の者に示しがつきません。味付けだって煮方が決めるのに、富士見じゃ無理です。」


上から三番目の位置についている板前が、鳴門料理長に詰め寄った。

そいつは、俺がこの間広瀬に呼ばれてここに来た時にいなかった奴で、新入りで下積みの仕事の俺に鳴門料理長が何かと声をかけるのを面白くなさそうに見ていた。

まぁ、そいつの言うことはもっともな話なんだけどよ、煮方というのは仕込みを仕切る立場で、ここでは四番目の位置だ。

確かに入って1ヶ月もたたない新人を抜擢するなんて普通じゃありえねぇ事だし・・・でも、だからって師匠の言葉に楯突くか?

この世界じゃ、師匠の言葉は絶対のはずだよな・・・。


「だからまず、『煮方の手伝い』って言っただろ。まぁ、それもすぐ習得するだろうがな。本当は、お前の三番板さんばんいたにつけようかと思ったんだが、富士見が入る時に順を追っての修行を希望だったから、その前に煮方につけようと思った。次板つぎいたの橘は、富士見の腕を知っているから早く引き上げたいみたいだけどな。以上だ、皆早く仕込みに入ってくれ。」


鳴門料理長の言葉に二番目の位置についている橘さんが、俺を見てニコリと笑った。

この人は、前に俺が刺身を切っている時、包丁さばきが料理長とそっくりだと言ってくれた人だ。

ここに勤めるようになってからも何かと声をかけてくれ、俺に直接包丁を研いでくれと頼んできたり、好意的な態度だった。

決定事項だと言わんばかりに言葉を切って始業を促した鳴門料理長は、煮方担当者を呼んで俺を手招きした。


「煮方担当の、水谷だ。水谷は、富士見が先月ここへ来た時、いたよな?」


「はい、鯛茶漬けも旨かったですけど。和風カルパッチョが滅茶苦茶旨くて・・・あれ、作り方教えてもらえるでしょうか?」


明らかに俺より年上なのに、敬語で話され参ったなと思ったが。


「勿論です。今日からよろしくお願いします。富士見保志です。」


とりあえず、きっちり挨拶をしておいた。




ぎこちない雰囲気のまま、皆が持ち場に戻り作業を開始した。

今までの作業の引き継ぎだけはしておきたいと水谷さんに申し出ると、何故か面白そうな顔をして、自分もついていっていいかと聞かれた。

よくわかんねぇけど、そう言うならまぁいいかと頷き、野村と加藤のところへ向かった。


「富士見さん、魚のウロコの取り方とか、下ろし方、マジ丁寧に教えてもらって、俺本当にラッキーでした。他にも色々・・・今までありがとうございました。」

「富士見さん、俺たちなんか気軽に口きけないくらい一気にステップアップしちゃいましたけど・・・今までみたいに、話してもらえますか?」


たった1か月足らずの付き合いなのに、目を潤ませて2人がそんな大げさな事言うもんだから、参った。

だけど、これはケジメだ。


「こちらこそ、野村さんと加藤さんにはお世話になりました。年上の、しかも中途半端な時期に入ってきた後輩でやりにくかったと思います。でも、親切にしていただいて助かりました。」


そう言って、深く頭を下げた。

その途端、野村と加藤が焦った声を出したが。

俺はしっかり頭を下げた後、ゆっくりと姿勢を戻した。

そして、目の前の2人見てニヤリと笑うと。


「と、いうことで、下積みの挨拶は以上・・・やりにくいけどよ、こっからは不本意だろうが、立場が上になったから敬語は抜きにするわ。まぁ、俺の素を知ってっから大して驚かないだろうが、野村、加藤、マジありがとうな。今まで楽しく仕事させてもらった。もちろん、これからだってわかんねぇことあったら、ドンドン今まで通り聞いてこい。俺だって、わかんねぇことあったら、聞くからよ・・・じゃぁ、俺が担当してた作業引継ぎすっから。ほら、集中しろ。」


俺がそう言うと、2人は慌ててメモを取り出した。

その笑顔が思いのほか明るくてホッとしたが・・・視界の隅に白豚三白眼と四頭身がこちらを睨んでいるのが映り、俺は一気に面倒臭ぇ気分になった。





水谷さんに段取りを教えてもらいながら、作業をしていると。


「富士見、仕事中悪いな・・・ちょっと、顔出してくれるか?」


広瀬が厨房に、スーツ姿で入ってきた。


「おい!前にも言ったけどよ、白衣も着ねぇでここに入ってくんな!客に出す料理に気を遣え!」


経営者だろうが関係ねぇ、俺らが気を遣うべきは大枚払ってまで食いに来てくれる客に対してだ。

俺が怒鳴りつけると一瞬広瀬は怯んだ顔になり、申し訳ない今後気をつけるからちょっと来てくれと頭を下げた。

俺はしかたがねぇとため息をつくと菜箸を置いて、すみませんちょっと外しますと水谷さんに頭を下げた。



厨房の外の通路に出ると、広瀬が申し訳なさそうな顔で立っていた。


「別に、怒ってねぇよ。ただ、俺らが気を遣うべきは、大枚払ってまで食いに来てくれる客に対してだろって話だ。おめぇが目指す一流ってのは、そういうことを無視してはできないんじゃねぇか?よく考えてみろよ。」


そう言うと、広瀬はシュンとして項垂れた。


「アハハハッ、いつもそつなくこなすマツも、ヤスシさんの前じゃ形無しじゃんかっ!ウケるー。」


振り返ると、麻実が明るい顔で笑っていた。

前に会ったのが、ツトムが北海道に行く前で・・・9か月くらい前か?その時より幾分痩せてはいるが、顔色は悪くない。


「よお、暴れん坊。元気そうじゃねぇか。」


「まぁな・・・つうか、いつまでその暴れん坊って呼ぶんだよ。自分の事、棚に上げやがって。」


減らず口も相変わらずで、ホッとする。


「いやいや、ご主人に雇っていただいて、無謀な行為は自重してますから。」


「ケッ、何言ってやがる。たった今、厨房でうちの旦那怒鳴り上げて、ここで説教してたじゃねぇか。フッ・・・ヤスシさんはどこでもやっぱヤスシさんだよな。筋がとおってねぇことは、誰であろうとちゃんと言う。マツ、前にアタシが言ってたことって、こういうことだよ。」


「麻実、それはおめぇの空耳だ。」


「あ?何言ってんだ、今ここで——「あのな、男は惚れた女にはできるだけ格好悪ぃとこみせたくねぇんだよ。だから、女もそこんとこ察しろって話だ。何もかも口に出すことがいいわけじゃねぇ。言わぬが花ってこともあんだ。」


俺がそう言うと、麻実が顔を赤らめた。

そしてため息をつくと、広瀬の腕に手を絡めて。


「ホント、マジいい男だろ?うっかり、惚れそうになるよなー?アハハッ。」

と、麻実がいたずらっぽく笑った。

冗談だとわかっていても、その言葉にムクれる広瀬。

まったく、言ってるそばからこれかよ・・・そう思い、俺はニヤリと笑って見せた。


「そう言ってもらってありがたいけどよ。麻実、おめぇは、まっっったく俺のタイプじゃねぇんだ。悪ぃなぁ。」


「ブハッ・・・。」

「何だよっ、そんなん分かってたけど、ハッキリ言うことねぇじゃんかっ。さっき言ってた言わぬが花って言葉、どこ行ったんだよっ!?」


俺の言葉に麻実がムキになって怒り、広瀬が爆笑した。

まぁ、カラ元気でもこうやって日々を過ごしていけば、少しずつでも癒えていくだろう・・・。俺はホッとしつつ、麻実にさあなーと適当に返した後、広瀬を見た。


「んで、用事は何だよ。」


いつまでも麻実を立たせておくわけにはいかねぇし、俺だって仕事がある。

わざわざ呼び出すくれぇだから、事情があるんだろうが。

俺の言葉に、広瀬がチラリと麻実を見た。


「ヤスシさん、アタシさ、ジョーのシラス雑炊食べたいんだよね。」


「無理だな。」


俺が即答すると、広瀬が慌てたように付け加えた。


「麻実ちゃん、イマイチ食欲がわかなくてさ・・・何食べたいって言ったら、浜田の作ったシラス雑炊っていうから・・・富士見なら作れるんじゃないかと思って頼みに来たんだ。」


「パパとママが離婚した後・・・食事はお手伝いさん任せにしたくない自分が作るってジョーのやつが言い張って。最初は酷いもんだったのに、直ぐに美味しく食べやすくなって。随分後にトムからヤスシさんは料理上手って聞いて、あの時ジョーにヤスシさんが料理教えてくれたんだって気がついた。考えたら、あのヘソ曲がりが素直に聞くのはヤスシさんしかいないし。」


まさか麻実がそこまで気が付いていたとは思わなかったけどよ、まぁ無理なもんは無理なわけで。


「あのな、ここじゃシラスがねぇからむりだっつってんだ。おめぇに食わせてたシラスは、海からあがったばかりの新鮮なシラスだ。ここにあるシラスは最低でも1日経ってる。おめぇ以外なら、それでも大丈夫だが。おめぇはきっと匂いが気になって、同じようには食えねぇと思う。おめぇ食が細い上に、匂いに敏感だからな。」


俺がそう言うと、麻実は驚いた顔をした。

そこまでは流石に気づいていなかっただろうな。

広瀬は俺の話に困った顔をした・・・つうことは、あんま食えてねぇってことか。

俺はため息をつくと、鯛のカルパッチョ食えるかと聞いた。

麻実は俺の言葉に、ええっ!?と仰け反った。


「ヤスシさんの口から、まさかイタリアンが出るとはっ・・・。」


「おめぇも相変わらず、失礼な奴だな。カルパッチョっつっても、海苔と山椒でアクセントつけてるから完全に和風だ。」


俺がそう言うと、麻実が何かそれなら食べられそう・・・と、呟いた。

その途端、広瀬がスゲェ笑顔になって。


「悪い、富士見。それ、作ってくれるか?」


と頼んできたから俺は麻実に向き直り、条件があると告げた。


「え?な、何だよ・・・アタシは人妻だからよ、体で払えってのは無理だぞっ。」


「アホか、俺にも選ぶ権利あるわ。」


「何だとっ!?」


「あのな、くだらねぇこと言ってねぇで、マジな話だ。俺、今日から担当変わって、『煮方』っていう係になったんだよ。今、広瀬に声かけられるまで先輩に、煮もの習ってたんだよ。で、だな。おめぇの頼み聞いてやんだから、おめぇも俺の試作品食って、感想聞かせろ。こっちは、真剣勝負で料理と格闘してんだ。いいか、それやるなら、鯛のカルパッチョ作ってやる。」


麻実は料理なんかしたこともねぇし、厨房の中の状況なんかもわかるはずねぇから。

俺の試作品を食って感想を言えと、嘘を交えて交換条件を出した。

本当は試作品もねぇし、煮もの担当でもないが。

でもこう言えば麻実の事だ、俺の役に立つと思って懸命に出されたものを食うだろう。

案の定、麻実が胸をたたいて。


「おう、分かった。任せとけ。きっちり、感想聞かせてやるよ。」


と、張り切りだした。

その横で広瀬が俺に目礼をして、じゃあ個室に戻って待とうと麻実の手を引いた。

俺もじゃあ待ってろと歩きかけた時、麻実が俺の腕をつかんだ。


「ヤスシさん、ジョーはどうしてるんだろう・・・。」


振り向くと、揺れる瞳が俺を見つめていた。

その瞳には、本当の麻実の不安が現れていて、俺は腹に力を入れて言葉を探した。


「どうしてるって・・・生きてるだろ。ただ・・・あいつも、おめぇと同じくらい傷ついてるんじゃねぇか。だから・・・時間が必要なんじゃねぇか?あいつはヘソ曲がりだし。」


俺がそう言うと、麻実がフッと力なく笑った。


「そっか。そうだよ・・・パパが死んで、苦しいのはアタシだけじゃない。ジョーだって・・・そっか。」


「待っててやれよ。家族だろ?」


俺がそう言うと、麻実の顔がクシャリと歪んだ。


「マツと結婚して、ジョーを1人にしちゃったアタシが——「嫁に行ったって、おめぇとジョーの絆は変わんねぇだろ?それに、ジョーは1人じゃねぇよ。ダチの俺がいるだろうが。ガキの頃から、ずっと一緒にいるんだ。俺だって、絆はかわんねぇよ。」


俺の言葉に肩を震わせる麻実。

そんな雰囲気堪んねぇ俺は困っちまって、麻実の顔をジッと見つめて。


「やっぱ、おめぇは俺のタイプじゃねぇわ。」


と、冗談のつもりで言ったら。



ガツッ——


暴れん坊と異名をとった麻実クソガキに、強烈な頭突きを食らった。




板前の仕事内容についての描写がありますが、正確でないかもしれません。フィクションとして、ご理解をお願いいたします。

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