64、壮行会のはずが・・・(ノリコSide)
明後日のディナーショーの最終打合せということで、今日は『グランドヒロセ銀座』に来ていた。
普通はこんなに丁寧に打合せをしないらしいけれど、私にとって初めてのディナーショーということと、ミッチーやヤスシがここの副社長さんと親しいということから、会場を見がてら打合せをしましょうということになった。
今日は夕方から歌番組の収録の為、朝から打合せをして13時を回ったところで終わった。
ホッとしたらお腹が鳴ってしまって、副社長の広瀬さんが笑いながら食事に誘ってくれた。
真矢さんは用事があるから一度事務所に戻るということで、ミッチーと春川さんが一緒に食事に行くことになった。
今日ヤスシは勤務日ではないけれど、ミッチーの希望で『ひろ瀬』になった。
広瀬さんは想定していたらしく、すでに個室を取っておいてくれたようで、お店に着くとすぐに部屋に案内されたんだけど。
「もー、待ちくたびれたぞー。」
今日の打合せに全く関係のない戸田さんが、既に席についていた。
そう思ったのは私だけではないようで。
「えー、戸田君、何でいるのー?今日関係ないじゃん。」
ミッチーが見事に身も蓋もない言い方をした。
途端に戸田さんが拗ねた顔になり。
「俺だって、ディナーショーのスタッフメンバーじゃんか。今日は俺がノリコちゃんの壮行会したいって広瀬に言ったんだよ。実際さ、まだ17才だろ?よくここまで短期間で頑張ったと思ってさ。下心はなくても個人的に誘うと来てくれないから、こうやって誘ったんだ。ディナーショーも緊張するだろうけど、この後新人賞レース、大みそかの『日本音楽祭』が控えてるからさ、応援してる頑張れっていう意味で。」
図々しくてデリカシーがないと思っていた戸田さんだけに、その言葉はびっくりした。
そんな私に、広瀬さんが苦笑いで。
「戸田はさ、風町さんのバイタリティーや頑張りを尊敬しているんだよ。こんな風にふざけているけど、実家継いでプレッシャーと戦ってる毎日でさ。鎌倉なのに頻繁に東京に来てるのは、本部に顔出して顔売って、色々営業廻りしてるんだ。もちろん、実家の教室も手を抜いていない。なぁ、そうだよな、戸田?」
戸田さんの肩に手を置いて、そんなことを言った。
それに対し戸田さんは珍しく赤面して。
「う、うるせぇなっ。そんな内情バラすなよっ。上手くいかないことばかりなんだからさっ。」
照れ隠しなのか、邪険に広瀬さんの手を振り払った。
そんな戸田さんを見て、私は今まで随分失礼なイメージを持っていたことを少し反省した。
「最初から上手くいくなんてことはないですよね・・・成功するためにはどれだけ努力できるか、ですよね・・・結局、努力なしには何もつかめないってことです。」
ポツリと春川さんが呟いた。
春川さんは活舌も声もいいし、いつも落ち着いて会話も上手で、本当に司会が上手いなぁと思っていたけれど、今回ディナーショーで打合せを重ねるうちに、台本に書き込んだ文字数の凄さに驚いた。
ミッチーだって凄い才能だと思うけれど、普段から自由なようで人の気持ちの機微に敏感で感覚を大切にしている。
だから、人の心をつかむような歌詞ができるんだし、曲だって自分で納得がいかない時は徹夜だってしょっちゅうだ。
「でもさー・・・努力だけじゃダメなんだよなー。チャンスを引き寄せる運と、それをガッチリつかめる人間性がないとさー。ノリコ見てるとつくづくそう思うよ。努力もしてきたし、運もあった。だけど、その運を生かすための、ノリコの圧倒的人間性がやっぱりここまで来れたカギだったと思うよ。戸田君も、人間性をもっとつけると未来は明るいよー。」
いつもの緩い口調だったけれど、珍しくミッチーが真面目な話をした。
でも、その内容が・・・私、そんなに大した人間じゃないのに。
「いや、ミッチー・・・私そんな大したもんじゃないよ。買い被りすぎだよ。」
「え、何言ってんの。ノリコは大した人間だよ?初対面からあのインパクト!あの面白さ!圧倒的な人間性で、デビューを掴んだんだよ!」
「・・・・・・・。」
自分が褒められすぎだと慌てて謙遜したら、結局初対面が面白かったといういつもの話になった。
褒められているのかそうでないのか微妙な気持ちになって、私はこれ以上傷口を広げないために黙り込んだ。
食事は、手の込んだランチ懐石でとても美味しかった。
「凄くおいしいです。ランチでもここまで手の込んだお料理って、流石ですね。それに、何か・・・前来た時よりも、お店の中が明るくなったって言うか。前はお料理屋さんの匂いがしていてそれはそれでよかったんですけど、今日来たらその匂いが無くなっていて。ピンと張りつめた空気って言うか・・・この前、ミッチーと姉が入籍したお祝いで鎌倉の『料亭きたむら』に行った時に感じたような一流っていう空気・・・あっ、別にっ、前来た時が一流じゃないって言うわけじゃなくて、あのっ、あのっ——「風町さん、大丈夫です。意味は分かりますから。実は、先週末店を休みにしてクリーニングしたんです。」
素直にお店をほめるつもりが、思っていることを話しているうちに変な内容になってしまい焦って取り繕おうとしたら、広瀬さんがにっこりと笑ってクリーニングしたと事情を教えてくれた。
その言葉にホッとしていたら、戸田さんがため息をついた。
「やっぱ、富士見はスゲェな・・・ノリコちゃんが今言った事って、きっと漠然と店に来たお客さんが感じてたことなんだよな。俺なんかよくここに飯食いにくるから、あんま気にならなかったけど・・・確かに今日来て、空気が変わったって思った。まぁ、野村に厨房の事情聴いたら、富士見のおかげで段取りが良くなって、仕込みの回りが良くなって、結果、先輩板前が怒鳴ることが無くなって、店の雰囲気が良くなったらしいし。本当は野村たちのすぐ上の見習い板前が教えることを教えなかったのが原因らしいけど。」
「富士見は、物事を意識せずに俯瞰で見てるよな。厨房に入ってすぐに、店の問題点が分かったんだろうな・・・俺、言われるまで、全く気が付かなかった・・・はぁ、俺も俯瞰的に物事を見れるようにならないと、名ばかりの坊ちゃん副社長って言われるよなぁ。」
戸田さんの言葉に続き、広瀬さんが反省の言葉を口にしてガックリとうなだれた。
いや、今日は私の壮行会って言っていたのに、何だか暗い反省会になってしまったんじゃない?
せっかくの食事の席なのにこんなんじゃつまらないと思い、私は空気を変えるべく。
「釈迦牟尼は美男におわす~!」
かなり抑えたトーンではあるけれど、『鎌倉大仏音頭』を歌い出した。
こういう時はグダグダ考えるより、やっぱりコレだよね?
暗い反省会になってしまった雰囲気が、一気に私のこの歌で皆笑い出したんだから。




