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59、UNDERGROUND(ヤスシSide)

「やっぱり、今日はやめておく。約束したのに悪いが。」


広瀬が浮かない顔で、足を止めた。

午前零時半。

『ひろ瀬』でひと悶着あったが、俺の指摘で大人しくなった広瀬がまた明日話し合うということで、解散にした。

考え込む広瀬を約束だと誘い、『グランドヒロセ銀座』を出たのだが、やはり先程のことが気になるのか、急に行かないと言い出した。

だけど、俺は強引に広瀬の腕を掴み、30分だけでもいいから付き合えと店に向かった。




「よぉ、新婚。幸せいっぱいなんじゃねぇの?どした、シケた顔して。」


慣れた手つきでグラスを磨くジョーが、カウンターの中から声をかけた。

目抜き通りから外れた地下にあるショットバー、『UNDERGROUND』に無理やり引きずり込まれた広瀬は、その声に目を見開いた。


「浜田・・・。」


驚きで声が出ない広瀬をカウンター席に促し、俺もその隣に腰かけた。


「何か、富士見って俺に冷たくねぇか?俺にも席勧めてくれよぉ。」


男のくせにくだらねぇことで分厚い下唇を出す戸田を俺は完全にスルーし、メニューも開かず注文した。


「ジョー、ホッピーくれ。」


「ねぇよっ。ショットバーで居酒屋メニュー注文すんな。」


「チッ、スカした店だぜ。なら、ビール。国産な。」


「はぁ・・・おめぇ、どこでもそれだな。ショットバー来た時くらい、違うもん頼めよ。」


「あ?俺が、しゃらくせえぇもん飲むかっつうの。シェイカー振りてぇなら、そっちの2人に注文させろよ。」


俺がそう言うと諦めたようにジョーは麻の布を置き、おしぼりと瓶ビール、コースター、グラスを俺の前に出した。

そして、ビールを泡の比率が程よくなるようにグラスに注いでいく。

その手際は流れるようで、やっぱこいつはこういう仕事が向いているんだと、俺は今更ながら思った。


「じゃー、俺は何にしようかなぁ。カクテルなんてあんま飲まないし・・・。」


ちゃっかり俺とは反対側の広瀬の隣の席に座った戸田が、細長い革のメニューを開きながら、迷い出した。

それを見ていた広瀬が、ジョーを見つめた。


「浜田に任せる。浜田が今、俺に飲ませたいと思うものを出してくれ。」


「あっ、そうか。じゃあ、俺も!浜田、俺に合うようなカクテル選んでくれ!」


何かを思うように伝えた広瀬と、どんなカクテルが出てくるかとワクワクした戸田。

俺はビールを飲みながら、ジョーの表情を読もうとしたが。

おしぼりを広瀬と戸田の前に出すと、ジョーは無表情でカクテルを作り出した。



広瀬の前に、クリーム色のカクテルが出された。

ロンググラスにさくらんぼを添えていて、あんま広瀬のイメージとは思えねぇが。


「『ラバーズ・ドリーム』っていう、ノンアルのカクテルだ。レモン・ジンジャエール・卵・砂糖が入っていて、普通の飲み物より栄養価が高い。麻実が偶にバーテンダーならカクテル作れっつうから、これを作って飲ませてた。シェイカー振るからよ、いかにもカクテルって感じだろ、酒が入ってなくてもこれで結構満足してたんだ。覚えておけよ。」


ジョーの言葉に、広瀬が驚いた顔をした。

結婚に対して祝福の言葉もないが、今の言葉で暗に麻実のこれからを託したという事だろう。

広瀬は無言で頭を下げると、グラスに口をつけて甘いけど旨いな・・・と、つぶやいた。


そして、次は俺!と急かす戸田にジョーは鬱陶しそうに眉を寄せると、カウンターの中で手を動かし始めた。

ジューサーの音が響き、しばらくすると戸田の前にもグラスが出された。

丸い大きなグラスにバナナジュースのようなものが並々と入っていて、その上にお好み焼きのマヨネーズのように細い筋で幾重にもかけられたチョコレート・・・グラスの脇には大きくカットされたバナナが刺さっていて・・・。


「チョコ・バナナ・リキュールだ。丁度良かった、今週バナナ買いすぎてよ。痛みそうなヤツ全部ブッ込んだ。」


「はっ!?」

「ブハッ。」

「ククッ・・・。」


ジョーの言葉に素っ頓狂な声を上げる戸田と、ふきだす俺と広瀬。

何だよそれ俺は残飯処理かとブツクサ言いながらも、グラスに口をつける戸田。


「うおっ!?これ、旨いじゃん!」


打って変わってご機嫌になる戸田に、ジョーがやっぱおめぇ太るわけだと咽の奥で笑った。

その表情は、横須賀にいた時のジョーの表情のままで。

だから俺は、ここが横須賀キャバレーのカウンターなのかと、一瞬錯覚を起こしてしまう程だった。

だけど、入り口のドアから入ってきた男達を見た瞬間、やはりここは横須賀ではないのだとそう思った。





「今の、みかじめ料か?」


俺の問いかけにジョーは苦笑いで、まあなと口数少なく答えた。


縞のスーツを着たいかにもな男と、アロハにダウンという季節感のないチンピラが店に入って来て、ジョーから無言で封筒を受け取るとニヤリと嗤い、困ったことはないかと言った。

無言で首を横に振るジョーに縞スーツは頷き、それから店内をジロリと見渡して俺と目が合った。

ビビることもなく目をそらさない俺を珍しそうに一瞥した後、そいつは無表情で見回り完了と一言告げて出て行った。

そして季節感のないチンピラも縞スーツを真似てなのか粋がっているのかはわからねぇけど、威嚇するように店内を見回した。

だが、俺と目が合うと目をそらさない俺にガンをつけてきたから、俺はスッと目を細めそいつを見つめ返した。

すると、そいつはビクリと肩をゆらし目をそらすと、慌てて店を出て行った。

それは、本当に短い時間でものの3分ほどの事だったが、一気に嫌な気分にさせられた。



「ここらだと・・・巴組か?」


広瀬がジョーにそう問いかけると、御曹司には関係のねぇ話だよと取り合わなかった。


「ジョー。いい加減、横須賀帰って来いよ。おめぇキャバレーどうすんだよ。横須賀なら、みかじめ料なんてふざけたこと言うやつもいねぇし。」


「まぁ・・そうだけどよ。でも、ちょっとこっちでまだやることあんだよ。そうだ、丁度広瀬が来たから言っとくけど、親父さんの所有してた店は潰してくれ。ラブホとパチンコ屋は・・・ちょっと前に金やんが譲り受けたらしいから、オーナーは金やんに代わってる筈だし、そこらへんは問題ねぇだろう。後の残った店も・・・管理、俺には無理だ。勿論相続した麻実じゃ、管理なんか出来ねぇだろうし。旦那になったおめぇに任せる。麻実の地元だ、おめぇなら悪いようにしねぇだろ?」


「俺は・・・麻実ちゃんのお父さんの店は、浜田に引き継いでもらいたいと思っているんだが。麻実ちゃんもそう思ってる。」


「いや、勘弁してくれ。あの店は・・・もう、あの店で働くの、俺は無理だ。親父さんとの思い出が多すぎて、あの店背負ってやっていくのは、マジキツい。そういう意味で無理だって言ってんだ。それと、麻実には俺の行方がわかんねぇということにしておいてくれ。俺自身、この先どうすっか決めかねてる。麻実は今、おめぇと結婚して、新しい生活になじまなくちゃいけねぇ時だ。俺の行方が分かったら、俺と会いたいって言うに決まってる。んで、俺と会ったら、親父さんの最期どうだったか聞かれる・・・何百回も何千回も・・・あの時、親父さんのドアを開けに行かなかったことを、俺は後悔してる。そんな話、今麻実に話したら・・・あいつ、せっかく落ち着いてきたんだろ?広瀬が夜こうやって飲みに出るってことは、麻実が落ち着いてきたからできるんだろ?だから、今はまだ・・・麻実に会えねぇ。だから、横須賀にもまだ帰れねぇ・・・悪ぃな、ヤスシ。」


ジョーはそう言うと、横を向いて煙草を咥えた。

紺色の箱から出したそれは、ピースで。

火を点け深く吸い込むジョーの横顔を見ながら、ジョーなりに今叶の親父さんの死と懸命に向き合っているのだと、そう思った。

なのに、クソ野郎が。


「あっ、浜田。タバコ、俺と一緒のピースじゃんか。ハイライトからいつ変えたんだよ。やっぱ、前に俺のタバコ1本やった時にイイと思ったんだろー。まったく、俺の真似しやがってぇ。」


俺は黙ってスツールから立ち上がると広瀬の後ろを通り、戸田の頭に拳骨を入れた。

ふきだすジョーと、涙目で抗議の顔を向け文句を言おうとする戸田。

だけど、俺の睨みに震えあがり、開けかけた口を閉じた。


「・・・麻実ちゃんのお父さん、いつもピースだったよな。あの夜・・・食事の席で、旨そうにピース吸ってた。俺が旨そうに吸いますねと言ったら、ピースは俺の相棒だって笑ってたな。」


広瀬はジョーが煙草の銘柄を変えた理由を察したのだろう、ポツリとそんなことを言った。

そこでようやく戸田もジョーの心情を察したようで、後頭部をさすりながら麻実ちゃんのお父さん格好良かったよなぁとしんみりした顔をした。

だけど、そこでジョーがギロリと戸田を見て。


「おい、戸田。おめぇいつも麻実のこと『叶ちゃん』って呼んでたけどよ、いつ名前呼びに昇格したんだよ。」


と突っ込みを入れた途端、広瀬がふきだした。

そして戸田は、デカい顔の頬をさらにデカく膨らませた。


「ふんっ、どうせ未だに『叶ちゃん』呼びから昇格できてないよっ。もう叶じゃなくなったのにさっ。だけど、本人いないところだけでも名前呼びしたっていいだろっ。」


「つまり、本人を前にして、名前で呼ぶ根性はねぇということだな。」


「別に、呼びたい名前で呼べばいいだろうが。」


ジョーと俺の言葉に、戸田が拗ねた顔でほとんど飲み干したチョコ・バナナ・リキュールを、音を立てストローで啜った。

その下品な音に俺が顔を顰めると、戸田がムッとした様子で。


「何だよぉ、富士見はノリコちゃんと上手くいってるからって、余裕こいてるんじゃねぇよっ。」


と、チョコレートをつけた口で負け惜しみのような事を言い出した。

『グランドヒロセ』のディナーショーで装飾用の花は井上花苑に注文しているが、セット・ディスプレイは東が戸田に頼んだという。

それで最近、井上花苑や戸田との打ち合わせが入り、その流れで個人的に戸田に食事に誘われノリコが断ったら。

何でだとしつこくて、仕方がなく俺と付き合っているから個人的に男と食事にはいかないと伝えたら、諦めたらしいが。

電話でノリコが戸田に俺たちの付き合いを言ってしまったと申し訳なさそうに謝ってきたが、事実だからノリコの仕事に支障がねぇ限りは誰に知られたってかまわねぇし。

だけど、まぁこういうのが鬱陶しいこと極まりねぇ。

広瀬は既に戸田から聞いていたから、ディナーショーのチケットを用意してくれたんだろうが、一切そういう鬱陶しい言い方はしなかった。

まぁ、人間性だよな。

悪い奴じゃねぇんだけど、何か残念だよな。

そんなことを思っていたら、ジョーが俺を見ていて。


「そっか・・・おめぇも、マジな女がとうとうできたってことか。散々ろくでもねぇことやってきたから、これでおめぇの父ちゃんも母ちゃんも安心するだろ。よかったな。ノリコなら、良い奴だし、俺も安心だ。」


そんな親戚のおっさんのようなことを言い出したから、おめぇまだノリコに面と向かって詫び入れてねぇだろって言ってやった。

するとジョーは煙草をもみ消しながら、近いうちにちゃんと詫び入れると静かな声で言った。

で、何となくしんみりしちまったから、俺は仕方がなくジョーにマティーニくれと注文を入れた。


「お?何だよ、しゃらくせえぇもんは飲まねぇんじゃねぇの?」


ジョーがからかうように俺を見た。


「マティーニはしゃらくせぇもんじゃねぇだろ。おめぇの腕が鈍ってねぇか、確かめるんだよ。どんだけおめぇの練習に付き合って、クソ不味いマティーニを飲まされたか。」


俺がそう言うとジョーはニヤリと嗤い、慣れた手つきでジンのボトルを手に取った。




ステアしたものを冷えたカクテルグラスに注ぎ、オリーブオイルを添える。

コースターの上にそっとそのグラスを差し出すジョーの仕草は、相変わらず様になっていて。

そんなジョーに安堵しながら、俺は黙ってグラスを持ち上げると、3口で飲み干した。


「変わってねぇな・・・旨い。」


将来は親父さんの店を手伝うんだとガキの頃から決めていたジョーは、小学校に入ってすぐから古いシェイカーに砂を入れて振る練習をしていた。

カクテルの練習は流石にアルコールを使うから、中学卒業までは禁止されていたが。

叶の親父さんに内緒でジンとベルモットを買ってきて、レシピを見ながらマティーニを作っては俺に味見をさせていた。

度数が40度近くあるからよ、堪ったもんじゃなかったけど、ダチが真剣にやってることにつきあわねぇなんて言えねぇし、当時は吐きながら練習に付き合った。

おかげで、酒は強くなったし・・・こんな俺でもマティーニの味だけはわかるようになった。


叶の親父さんが死んで、麻実が嫁に行って。

キャバレーは閉店。

ジョーの大事にしてたもんが、姿を変えていく・・・そんな風に切ない気持ちでジョーを見ていたが。

このマティーニを飲んで、何も大事なもんは変わってねぇと思った。

大事なもんは、ジョーの内側にある。

だから―――


「戸田、やっぱ、おめぇはいつまでも麻実のこと、今まで通り叶の名字で呼んでやれよ。」


「え?」


「いろんな事が一瞬で変わっちまったけどよ、あいつにも・・・変わらないもんが、胸の中にあんだよ。だから、おめぇはそのまんま、変わらないでいてやってくれよ。ダチなんだろ?」


ジョーに面と向かってこっ恥ずかしいこと言えねぇから、戸田をダシに使ったけど。

戸田が目を潤ませ広瀬の前から俺の方に近づけてきた顔がデカすぎて、俯いたジョーの表情が見えなかったが。

きっと、俺の言葉は胸に届いたよな?



お酒は20歳になってから!

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