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60、11月のある日(ノリコSide)

11月の後半に良いニュースが飛び込んできた。

私の新人賞ノミネートと、大晦日生放送の国民的大番組『日本音楽祭』に出場が決まった。

そして、なんと春川さんが『日本音楽祭』の司会に抜擢され、我が『サザンリバー』は現在大騒ぎとなっている。


「まぁ、結果的にこの事務所に入っておいて助かりました。6時間の放送枠ですから、リハーサルも念入りでしょうし、その前に連絡事項もかなりあるでしょうし。フリーランスのままでしたら、司会を務める以前の問題でお手上げでした。」


春川さんが打合せテーブルでコーヒーを優雅に飲みながら、にっこりと笑った。

この事務所に入ったあたりから、春川さんの笑顔が前と違って自然になってきている。

時々、真矢さんに無表情でぞんざいな口をきく時もあるけれど、大抵の場合は上機嫌で精神的にも安定しているような気がする。

って、あれ?

何で私、春川さんが精神的に安定しているなんて考えたんだろう・・・つまり、前から精神的に安定していないって思っていたこと?・・・いや、そんな安定していない状態なんてみたことないよ?

あれ、何で?

頭の中がハテナマークでいっぱいになって首をひねっていたら。


「ノリコ、明日の『歌のゴールデンタイム』新人特集で、また宮園さやかと一緒だ・・・何かないといいけどなー・・・俺、面割れしてるからついていくのに、ちょっと変装するかなぁ・・・。」


ミッチーが、変装とか大げさな事を言い出した。


「え、何で変装なんてするの?」


「宮園さやかのこと、すっかり忘れてるだろ。ノリコとオーディション受けた後、別のところからデビューして『レッツ・ソング!』で思いっきり音外して沈没した・・・あんまり評判の良くないプロダクションに入ったんだよなぁ。大事な時期だし、やっぱり心配だからついていこう。」


ミッチーが最後は独り言のようにそう言うと、真矢さんに偽名で名刺を特急で作れと言いに行った。

そこまでしなくてもいいんじゃと言いかけたら、春川さんが首を横に振った。


「宮園さやかって、『リリープロダクション』所属なんですよね。先日、そこの社長が『ミッドナイトスペシャルショー』の番組打合せ中の会議室に売り込みに来てましたから、覚えていましたが。」


「えっ、打合せ中の会議室に入ってきたんですか?そんなこと、いいんですか?」


私が驚いていると、春川さんがフッと笑い。


「あそこは、テレビ局の関係者とはズブズブですからねぇ。」


「ズブズブ?」


春川さんの言っている意味が分からず聞き返すと、向こうに行っていたミッチーが怖い顔で飛んできて、いきなり春川さんのすねにケリを入れた。


「ノリコに変な事教えるなっ!」


「ちょっ、ミッチー乱暴はダメだよっ。春川さん、大丈夫ですかっ!?」


「大丈夫、大丈夫、そんなヤワじゃないってー。」


「乱暴したミッチーに聞いてるんじゃないよっ、春川さんにだよっ。」


「アハハ、ノリコは優しいなぁ。」


「優しいんじゃなくて、兄の不始末を申し訳なく思ってるのっ。」


「兄!!そうだよなーーー。俺たち、もう兄妹になったんだよなー。妹よっ!お兄ちゃんと呼んでくれてもかまわないんだぞー。」


そう言いながら私に向かって両腕を大きく広げるミッチーは、先週エミ姉と入籍した。

結婚式は、これから年末にかけて私が忙しくなるので、年が明けてからということになった。

江村のおじちゃんも張り切って、エミ姉のウエディングドレスを制作中だ。


だけど入籍して以来、ミッチーの壊れっぷりが酷くて疲れる毎日だ。

まぁ、そうはいってもミッチーが家族になったことは、凄く嬉しい事なんだけど。


「・・・春川さん、大丈夫ですか?」


壊れたミッチーを放置し、春川さんに安否を尋ねると。


「大丈夫ですよ。こんなの以前の東さんとは比べ物にならないくらいですから。」


ミッチーが靴のままケリを入れたあたりのズボンの生地を、そう言いながら手で払う春川さん・・・大人だ。

と、尊敬の目で春川さんを見ていたら、書類を持ってきた真矢さんが思いもよらないことを言った。


「いや、俺からすると、春川さんも以前とは激変ですけど。」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。前はスゲェロン毛で、背中まで髪のびてて。全身黒。バイク乗るときは黒のライダースーツで。グラサンかけて、全く喋らない、無表情。だけど、格好良くて。ムカついたことがあったら、言葉より手や足が出て。東さん以外怖いものってなかったんじゃないかな?」


真矢さんの話は、目の前の春川さんからはとても想像できない姿で。

だけど、真矢さんの描写が上手いのか何となくイメージは湧いて・・・頭の中に人物像が浮かんだけれど。


「あー、そういや十夜、髪長かったなー・・・そうだ、あの鬘まだもってるか?俺、それ被って明日ノリコについていこうかな?」


と、ミッチーが話に割り込んできた。

って、え?


「「鬘!?」」


私と真矢さんの声が被った。


「え、真矢知らなかったんだ。あれ、鬘だぞ。十夜んとこはお固い家だから、素で悪いことできないじゃん?こいつ、二重人格だから完全に使い分けてたからなー。俺んち、十夜の隣だったから、普段の十夜とのギャップにいつもウケてたし。」


「東さんはずっと『危険な奴扱い』でしたね。実際、しょっちゅう警察沙汰でしたし。うちの両親は、東さんと話す以前に目を合わせたらダメだって俺に注意してましたからね。」


何か信じがたい話が広がりつつあるけれど、つまりはミッチーと春川さんの家が隣同士で。

ミッチーはいつも不良の顔でいたけど、春川さんは陰で不良だったと。

まぁ、そんな話をするくらいだから、ミッチーの蹴ったところにダメージはないのだろうと勝手に私は判断し、目の前に置かれたコーヒーをゴクリと飲んだ。





「ということで、明日ミッチーも収録についてきてくれることになったんだけどさ。」


『ロン毛の鬘かぶってか?クククッ・・・東もおもしれぇなぁ。』


電話の向こうのヤスシが柔らかい声で笑う。

今月から『ひろ瀬』で週3日働くことになったから、毎日電話することもできなくなって。

3日ぶりの会話に、話すことが次から次へと出てきて、何だか近況報告のようになってしまう。


「あ、もう東じゃなくて、相田になったんだよ。養子に入ったから。相田あいだ みちるだよ。色々あって、養子に行った先の名前じゃなくて生みのお母さんの名字だったんだって、東って。だから、愛着ないらしくて。まぁ、ミッチーのところも複雑だからね。ところで、どう?銀座の方は、慣れた?」


『おう。くだらねぇこともあるけどよ、なんて言ったって料理長の技術を目の当たりにできるんだから、最高だよな。』


「そっか、よかったじゃん。」


そう答えるものの、ヤスシが楽しそうに話をするのは嬉しいけれど、前ほどゆっくり話せないし会えないから何だか少し寂しい気持ちになる。

だけどそういうのは心の中で思っているだけなのに、ヤスシは不思議な奴で私の気持ちのゆれをすぐ感じ取るから。


『なんだよ、おめぇ寂しいのか?クククッ・・・そうだよな、最近電話も前みたいに毎日じゃねぇし、会ってねぇしな・・・ああ、そうだ。俺、広瀬から銀座の方のディナーショーのチケットもらったんだ。1日目の夜だからよ、ホテルに泊まるようにしてあるし、おめぇも次の日があっから泊まるんだろ?そん時、ゆっくり話そうぜ?俺も、テレビで見るおめぇの顔は変身メイクばっかだからな、そろそろ素のノリコの顔が見てぇよ。』


なんて、私が喜ぶようなことをさらりと口にする。

何か、女に慣れてるなぁと思いながらも、やっぱりそういわれると嬉しくて。


「うん、楽しみにしてる。」


私も素直なに気もちになる。


『俺も楽しみだ・・・ノリコ、やっと元気な声になったな。おめぇはやっぱ元気が一番だ。その調子で明日も頑張れよ。』


うん、そばにいられなくても、こうやってヤスシが応援していてくれたら、頑張れる・・・そう思いながら、私はこの後春川さんの話をしようかどうか迷っていた。




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