54、ノリコの存在(ヤスシSide)
昨日の電話でノリコが今日一日休みをもらったと聞いて、デートに誘おうかと思ったが。
それよりも、殆ど休みがない状態だったと言うから疲れてんだろうなという心配が勝ち、デートという言葉を飲み込んだ。
だけど、会いてぇという気持ちはあって。
だから、店に会いに行こうと決め・・・土産に何かノリコに食いもんでも持っていこうと思い立った。
次の日の夕方、ノリコの店がある側の駅出口から道に出ると、近くでタクシーが止まった。
こんなところで停めんなよ、邪魔くせぇなと思いタクシーをよけて歩こうとすれば、デリカシーのねぇ大声で俺の名字を呼ぶアホがいた。
聞けば、今から『Chicago』に行くというから、俺にタクシーに乗れと言う。
仕方がねぇんで乗ってやったけどよ・・・相変わらず、暑苦しいデケェ顔に俺は気分が下がった。
無言の俺に、戸田が何か喋りたそうな顔を向けてきたが、舌打ちをして乱暴に足を組んでみせると、戸田は口元を引きつらせながら前を向いた。
店に不本意ながら戸田と連れだって入れば、相変わらずデケェがほっそりとしたノリコの姿がカウンターの中に見えた。
服装や何となくの物腰は確かにあか抜けたが、化粧をしていない顔はいつものノリコで、やっぱ今日会いに来た甲斐があったと心の中がじんわりとした。
だけど、ノリコに話しかけているスーツの男の後姿を見て、無性に苛立ちを覚えた。
だが、俺が何か言う前に、東が俺を見つけ鯛茶漬けの話をし出した。
こいつは妙に食いもんに執着する男だなと思いながら、ノリコの姉ちゃんに勧められるままノリコの真ん前のカウンター席に座った。
俺のま隣はノリコの幼馴染みだが、反対側の隣1つ椅子を開けて座ってんのが、この前『ひろ瀬』で会った司会者の春川って男。
さっき俺らが店に入った時、ノリコにやたらと喋りかけていたが、ノリコに気があんのか?
そんなことを考えながら、ノリコのためにちらし鮨を作ってきたことを告げると、何故か東が滅茶苦茶喜んだ。
つうか、おめぇに作って来たんじゃねぇよっと突っ込みたくなったが、そのまえにノリコの姉ちゃんが俺の思っていたことをそのまんま口に出し、東の頭をはたいた。
その様子に、春川ってやつが目を見開いた。
確か東の地元の後輩らしいから、『タランチュラ』とかいう異名の時代を見ていて信じらんねぇ気持ちなんだろうな。
そおいや、この間ノリコに連絡先聞いたら、東が普段とは全く違う様子で凄んでたもんな。
まぁ、六本木での東とは全く違うんだろうが、どう考えても今幸せそうなんだからいいんじゃねぇのかと思うんだが。
おまけに自分が食いたいばっかなのに、旨いもんは家族で食べた方がいいとか屁理屈言い出して・・・完全に、六本木時代の人格崩壊させてんなと思ったら笑えて来た。
だけど、春川は納得いかねぇのか・・・それともショックなのか、ただ俺のちらし鮨を無表情で黙って食っていた。
その様子に東は気が付いたようで、ノリコの幼馴染が帰ると言いだした時にノリコも明日早いから先に帰れと言い出した。
悪いが俺に2人を送って行ってくれと言うので、ノリコの叔母さんに先程残しておいたちらし鮨を持っていきがてら送っていくことを引き受けた。
悪いねと言いながらノリコの姉ちゃんが目配せをするから、まぁノリコとゆっくりしてこいということなんだろうが。
ノリコの幼馴染を家まで送り、ノリコんちで話をしてぇと伝えるとノリコは頷いてくれた。
ノリコの家に着いて叔母さんにちらし鮨を渡したら、スゲェ喜んでくれた。
ソファーがある洋室の居間のような部屋に通され、叔母さんがわざわざコーヒーをドリップして淹れてくれた。
そして、叔母さんはゆっくりしていきなと言うと、ちらし鮨をもって自室に引き上げてしまった。
ノリコの姉ちゃんから連絡が入っていたのか、気をきかせてくれたようだ。
俺が通された部屋にはテレビはないが大きなステレオがあり、壁にはたくさんのレコードが並べられ、その他何本ものギター、マラカス、タンバリンなどが無造作に置かれていた。
いかにも音楽好きの家族ということが、ありありとわかる部屋だった。
そしてふとテーブルの上を見ると、LPレコードが無造作に置かれていて。
そのジャケットの写真は歌っている姿の黒女性人だったが、短髪で・・・言わば大仏のようなヘアスタイルをしていて、顔立ち体格は・・・。
俺はレコードを手に取り、チラリとノリコを見た。
「シスター・リンダ・ロープだよ。ゴスペル歌手でさぁ、凄い歌手だよ。それは若い時の写真だけど。私が好きそうだって、ミッチーがレコード買ってきてくれて。今、凄くハマってんだ。なんだ、ヤスシもそのレコード聴きたいのかい?」
ノリコが良いように誤解をしたらしく、レコードジャケットからレコードを取り出したので、俺はあわててそうじゃねぇと止めた。
「いや、そのレコードジャケットの写真が、なんとなく・・・おめぇに似てるような気がしてよぉ。」
「はっ!?どこが?」
「いや・・・なんとなく、存在感?いや・・・大物感がだな、似てんじゃねぇかと。それにこの歌手の髪形・・・大仏のようだしよぉ。まぁ確かに、大仏って言えばおめぇだもんなぁ。」
俺も自分で何言ってんだかわからなくなってきて、肩をすくめるとテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばした。
そろそろ話そうと思っていた本題に入らねぇといけないんだが、どこから話していいもんか迷うところで。
少し考えていたら、ノリコがマラカスを持っていきなり『I was born』を口ずさみだした。
そんなに大きな声じゃねぇけど、いつもより気だるくて。
心に染み入る歌声だった。
歌が終わる頃には、俺のくすぶっていた心は静かになっていて、やっぱ最初から全部ノリコに話そうという気持ちになっていた。
やっぱ、ノリコの歌の威力はスゲェと思った。
いや俺にとっては、ノリコの存在がスゲェのか・・・。




