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48、タバコはピース(ヤスシSide)

『喫茶モシカ』のライブ形式で行った『ミッドナイトスペシャルショー』は、結果的にノリコを飛躍させた。


東が叶の親父さんのお別れの会で感じたままを歌にしたという『バーボンブルース』は大反響を呼び、すぐにレコード化された。

そして爆発的なヒットで、あっという間に100万枚を売り上げ、巷には粋がってバーボンを飲む若者が増えるという現象も起きた。


俺は、改めて東の才能に驚くとともに、瞬く間にスターダムにのし上がったノリコに対して称賛の気持ちとわずかに自分自身に焦りも感じていた。





「おめぇも暇だなぁ。平日のこんな時間に、俺なんか呼び出して。」


時は駆け足のように過ぎ、季節は秋となっていた。

俺は、ウエイトレスの姉ちゃんにホットコーヒーを注文すると、あきれ顔で戸田の向かいに座った。

そんな俺の言葉に戸田はスルーで。


「あ、お姉さん。俺、『バーボンブルース』聴きたい。お願いねー。」


と、レコードをかけてくれとリクエストをした。

すると、ウエイトレスの姉ちゃんは苦笑いで頷くと。


「かしこまりました。って、これで『バーボンブルース』4曲続けてリクエストなんですよね。凄いですよね、風町リノさん。うちの店で歌ってくれたこと、今じゃ嘘みたいだけど・・・でも、あれから凄く丁寧なお礼状がマスターに届いて。風町さんって、律儀な人なんですね。戸田さん、よろしく伝えてくださいね。」


と言って、カウンターへと戻って行った。


「ライブの時きてたから、ノリコと知り合いだって顔は覚えられたか・・・だけど、おめぇ、いつの間に、あの姉ちゃんに名前覚えられたんだよ?」


あきれ顔のまま戸田にそう言うと、戸田は時々東とこの店で会うから、あの姉ちゃんと話すようになったと答えた。


「え、東がここに来るのか?だって、忙しいんじゃねぇのか?結構ノリコについてるって話だろ。」


東は作詞・作曲家だが、結局ノリコの専属プロデューサーのような仕事をしている。

ノリコが言うには、ノリコの姉ちゃんがノリコの身を案じて東についてくれと頼んだらしいが。

俺からしてみたら、東は完全にノリコを自分の妹と思っているようで、東自身が心配ということも大きいんだろう。

まぁ、俺としてもその方が安心だ。

うちの商店街のバカ連中でさえ、ノリコを利用しようと考えたんだから、そんな奴他にもごまんといるだろうし。

その上、これだけ売れていれば知らない間に妬みだって買っているだろうし。


「俺さもさぁ暇じゃないんだけどよぉ。チョイチョイ、東さんから招集がかけられるんだ。市場リサーチを兼ねて付き合えって・・・麻実ちゃんの親父さんのことで世話になったから、東さんに俺弱いんだよね。でも、あの人魅力的だし。『タランチュラ』の噂では、無口で何考えてるかわからない冷たい人だって聞いてたんだけど。全然違うよぁ。ノリコちゃんのこと、スゲェ可愛がってるし。エミママにベタ惚れだし。」


戸田に対し、東は当初警戒心を持っていたが、どういう心境の変化か戸田とよく会っているらしい。

まぁ、戸田の方も忙しいと言いながら、麻実と結婚した広瀬が麻実にかかりきりだから、誘われるがまま東につきあってんだろうが。


そんなことを考えていたら、リクエストしたノリコの『バーボンブルース』が店内に流れ出した。

ほぼ満席という店内で、それぞれの客が曲に聴き入るように話を止め、ただノリコの歌声が響き渡る。


なんも知らねぇ奴は、この歌を色恋の内容だと思うだろうが。

叶の親父さんの事を知っている奴らは、別の意味で胸が締め付けられる。



この間。

この店でこの歌をノリコが歌った時。

ノリコは気持ちを込めて丁寧に歌い上げながら、店内の客達に目線を向けて行った。

あいつは『Chicago』で歌っていた時も、歌いながら客を見る癖があったから。

つうか、客の反応を見ながら歌う癖なのかもしんねぇけど。

前の客からずうっと見て行って、後方の俺らの方を見て・・・そして、俺らの後ろの方に目線をやり、一瞬顔が強張ったことに俺は気が付いた。

俺らの後ろはスタッフや店員くらいしかいないはずだし、その向こうは店の入り口で——

そう思った瞬間、俺は動いていた。

そして、開いた入り口から長身の男が店を出ようとする後姿が目に入った。

その後姿は俺の良く知るもので、俺は足早にその後を追った。


銀座の外れとはいえ、流行っている『喫茶モシカ』は表通りにあり、奴は店を出た後すぐに裏通りに向かった。

そして、裏通りに入り何本か細い道を曲がった後・・・シャッターの閉まった間口の狭いタバコ屋の横の狭い通路に入ったかと思ったら、古いむき出しのブロックに手をついて肩を震わせていた。


「ジョー。」


男ならこんな姿見られたくねぇのはわかってるけどよ、ジョーは俺のダチだ。

ガキの頃から、ダセェ姿見せ合ったダチだ。

このままにしておけねぇと思った。


俺が後をつけていたことに気が付かなかったのか、俺の声にビクリとした後、ジョーは大きくため息をついた。


「はぁー・・・ダチなら、こんな情けねぇとこ見たんなら、声かけねぇくらいの気遣いしろや。」


「悪ぃな。俺は魚屋だからよぉ、バーテンダーと違って、気遣い慣れてねぇんだよ。」


俺はそう言うと、タバコ屋の前に設置されている自販機でビースを買った。

しゃがんで取り出し口から箱を取ると、ジョーにやるよと言って差し出した。

俺のその行動に、は?とわけがわかんねぇといった顔をするジョー。

そんなジョーに俺はニヤリと笑い。


「魚屋の気遣いだ。これで泣きやめ。」


そう言うと、ジョーがふきだした。


「おめぇよぉ・・・これって、泣いたガキに飴やって泣き止ませようって作戦、まんまだろ。俺はガキかっ。」


ゲラゲラと笑いながら、ジョーが俺からピースを受け取った。


「・・・親父さん、これ好きで・・・こればっかだったよなぁ。タバコ切らしてイラついてたって、ぜってぇ俺のハイライト吸わなかったもんなぁ。」


紺色の箱をしみじみと見ながら、ジョーが口元をほころばせた。


「おめぇタバコは、今日からピースにしろ。んで、おめぇが、絶対に曲げなかった親父さんの好きなもの引きつげ・・・タバコだけじゃなくて、気持ちもってことだ。」


俺がそう言うと、ジョーは唇をかみしめた。


「親父さんの気持ちって・・・結局、麻実は広瀬が——「嫁に行ったって、麻実はおめぇの大事な女に変わりはねぇだろうが。麻実の事は広瀬が面倒みることになったけどよ、おめぇはおめぇで麻実を思い、守ることはできんじゃねぇのか?麻実が嫁に行ったから、それで今までのおめぇの麻実に対する情は消えたのか?それくらいの気持ちだったのか?」


「俺が、麻実を守る・・・。」


「そうだ、近くにいなくたって、思うことはできる。応援することはできるんじゃねぇのか?」


麻実の話をしながら、俺は自然とノリコの事を思っていた。

すると、ジョーがまるで俺の心を見透かしたかのように、ノリコの名前を出した。

そして、震える声で。


「はぁ・・・さっきの歌、ガツンときたわ。あれって、親父さんの歌だよな?何か、あの歌聴いて、俺・・・やっと、親父さんが死んだって現実が見えたような気がする。そうだな、麻実のこと・・・離れてたって守ることはできんだよなぁ。」


そう、呟いた。







「でさー、今日あんたを呼び出したのは、広瀬に頼まれたことがあってさ。」


ノリコの曲が終わり店内に喧騒がもどると、戸田がいきなり口を開いた。

溶けかけたコーヒーフロートをごくりと飲み、上唇の上に溶けた白いアイスがついている口を、だ。

その様に俺が顔をしかめ口をふけと言うと、慌てておしぼりで口を拭う戸田。

俺は戸田の体型をまじまじと見ると、普段からこういうものを飲んでいる結果だと頭ン中で結論付けた。


「ちょっと、待て。あんたさ、俺に対して何か失礼なこと考えてないか?」


俺の表情を読んだのか、戸田がムッとしながらうかがうように問うた。

デリカシーはねぇのに、勘だけはいい奴だな・・・と言いクスリと笑うと、戸田が目をむいて何かを言いかけたが。


「相変わらずですね。その気持ちの悪い、コーヒーフロートの飲み方。戸田さん、ルックスの他にそういうところもモテない原因の1つだと僕思うんですけど。」


浩之の辛辣な言葉が、何か言おうとした戸田を遮った。


「えっ、麻生?何で、ここに?」


「ヤスシ君との待ち合わせがここに変更になっただけです。ヤスシ君、明日お店が定休日だから、元々今日店が終わったら東京で会う約束してたんです。ヤスシ君の買い物に付き合うことになってて。今日は僕のうちに泊まることになってますし。」


そう言うとすました顔で浩之は俺の隣に座り、水をもってやってきた姉ちゃんにロイヤルミルクティーと注文した。


つうか、俺がかっぱ橋に次の休みに買い物に行くって言ったら、浩之が一緒に行くって言ったんだけどよ・・・いつのまにか、浩之に俺の買い物につきあってもらうって話になってやがるし。

しかも、この屁理屈野郎が、モテない談義をすること自体ウケるんだが・・・。


そう思いながら俺が苦笑していると。


「まぁ、いいや。じゃあ麻生も一緒に、これから『グランドヒロセ銀座』につきあってくれるか?広瀬が・・・いや、俺もだけど。あんたが家でごちそうしてくれた、鯛茶漬けが忘れられないんだよ。広瀬があんま食欲のない麻実ちゃんにも食べさせたいっていうからさ。食材はあるらしいから、作ってくれねぇか?」


戸田が、思ってもみないことを言い出した。

だけど、麻実の名前を出されたら断るわけにもいかず、俺はため息をついた。


そして、ふと。

戸田のシャツのポケットから紺色のピースの箱が見えて、俺の頭ン中に叶の親父さんのニヤリとした顔が浮かんだ。



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