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44、約束(ヤスシSide)

「銀座の『喫茶モシカ』?・・・喫茶店で、歌うのか?」


シャッターの内側、商品が並んでいない木の台の上に裸電球の影がユラユラ揺れる様を見ながら、俺は電話の向こう側に問いかけた。


「うん。喫茶店っていっても、夜はお酒も出すらしいんだけど。『ミッドナイトスペシャルショー』にセットのことでクレームが沢山来て・・・だからって、テレビ局が提案するまま挽回のために、いつもより豪華なセットにするってのも何か違うなって。そりゃあテレビなんだから、目でも楽しんでもらうんだけど・・・私は歌を聞いてもらいたいんだよ。そう思ってたら、ミッチーが私はやっぱりライブ感があった方がいいって。それに、よくわからないけど私の歌がヒットしたのって、そこのお店がきっかけの一つみたいで・・・ラジオや有線のリクエストで、『喫茶モシカ』で聴いて好きになりましたっていうコメントが多いらしくて。何か、レコード発売と同時くらいにそこの店で私のレコードかけてくれたんだって。何でだろう・・・確かに、『レッツ・ソング!』で歌ったけど・・・テレビってそんなに宣伝効果あるんだねぇ。」


本当に良くわからないと言った様子で、ノリコがヒットの経緯を話した。


つうか、今の話に何か思い当たる節が・・・ジョーと会ったあの音楽喫茶、確か『喫茶モシカ』って名前だったよな。

あの時、広瀬や麻実が留学している彼氏を裏切ったってジョーが言い出して、広瀬と麻実側の話をしたら、ジョーが泣きだして。

しかも、ノリコの『I was born』がいい具合に、ジョーの傷心にささり・・・結局、ノリコが叶の親父さんの代わりに聴いてくれって渡したレコードを、ジョーは持って帰る気にならず。

そんで、何度も客がノリコのレコードをリクエストするから、店でじゃんじゃんかけてくれって言って、そのまま置いてきたんだよな・・・で、そこの店でヒットの兆しって、何だよコレ・・・できすぎじゃね?

『レコードたくさん買って、横須賀の店に配ってじゃんじゃん曲かけさせる』って言ってた叶の親父さんにデビュー曲を聴いてもらえなかったから、代わりにジョーに渡したレコード。

なんか、それって・・・。


「ヤスシ、聞いてる?急に黙り込んじゃって、どうしたのさ?」


いつの間にか考え込んでいた俺は、ノリコの声にハッとした。

一瞬、どう言えばいいか迷ったんだが、でもやっぱ伝えた方がいいだろうと思い、そのままを伝えたら。


「はぁ・・・やっぱり、叶社長ってすごい人だね。死んでも約束ちゃんと守ってくれたんだ。だって、本当ならヤスシは浜田ジョーともっと早く会ってたんでしょ?早く会ってたら、レコードまだできてないから渡せなかったし。音楽喫茶って言うのも、わかってってそこで会うって決めたんじゃなくて・・・全部偶然なようで、全部導かれてるよう・・・よしっ!!ヤスシ、私、俄然やる気が出てきた!当日はライブ形式で放送だからさ、浜田ジョーつれて見に来てよ。私、叶社長の気持ちに応えられるように頑張って歌うからさ!」


ノリコが明るい声で、そう言った。


だけど俺はノリコの、『死んでも約束ちゃんと守る』という言葉にドキリとした。

そして最近頭の片隅に追いやっていた、じいちゃんとの『約束』を思い出したまらない気持ちになっていた。




ノリコとの電話を終え、俺はそのまま眠る気にもなれず。

灯りを消し、店の裏口を出て鍵をかけると、シンと静まり返ったアーケードの道に出た。


魚屋が嫌なわけではない。

父ちゃんと一緒に、店で魚を売るのが嫌なわけじゃない。

ただ・・・魚屋という選択しかない自分の人生が、時々空しく感じるだけだ。


ふと、グランドヒロセ銀座の鮨店の大将の包丁さばきが目に浮かんだ。

ただスゲェって、あんなふうに包丁が持てたらとほんのガキの頃に思っただけなのに。

いつまでも、それは頭ン中に残っていて。

時々、苦しくなる。

どうすりゃいいんだと、叫びだしたくなる。


俺は、いつの間にか走っていた。

どこに向かっているわけじゃないが、ただ気持ちが落ち着くまで、疲れ果てるまで走るしかないと思った。



気が付けば、あんま足を踏み入れねぇ住宅地に来ていた。

ただ、もうちょっと行くと『大畑医院』っていう町医者がある。

風邪なんかめったにひかないけどよ、たまーに熱を出すとここに連れてこられて、ぶっとい注射を尻に打たれた記憶がある。

すんげぇ強面のおっさん先生のくせに、痛いが泣くなんてみっともねぇと我慢して俺が注射されていると、いつも終わった後に偉かったなと言って、頭を撫で飴をくれた。

俺はガキの頃から甘ぇもんはあんま好きじゃなかったけどよ、おっさん先生にそうやって褒められるのは好きだった。

俺がいつもおっさん先生と呼んでいたが、本当は結構偉い先生らしく地元の奴らは何かっつうと相談に行っていたようだが、最近はどうしてっかな。

といっても、こんな真夜中にどうしてるもねぇけどよ、寝てるに決まってるしな。


おっさん先生のことを思い出し、何となく気持ちが落ち着いたようだ。

帰ったらもうあんま寝る時間もねぇけど、俺は自宅に戻るべく踵を返した。

明日の・・・いや、もう今日か、今日の朝は父ちゃんが風邪気味で俺が1人で仕入れに行くことになっている。


そう、これも約束だな・・・。




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