38、再びの午後10時来訪(ヤスシSide)
世の中金じゃねぇって思ってるけどよ、やっぱ金の力ってすげぇもんだと実感した。
西園寺に対し、示談の条件を広瀬に伝言したところ、2日で結果を出した。
まず、街に入り込んでいた大勢の余所もんが姿を消したと思ったら。
『Nローン』、『ニュービレッジリース』そして『はま夕』まで廃業に追い込んだ。
よって、土地の開発も買い占めも白紙に戻ったってことだ。
まぁ西園寺の方も、自分の孫を巻き込んで大変なことをさせたっつう恨みもあって、徹底したやり方になったんだろうけどよ。
また、金額は知らねぇが、麻実に多額の慰謝料が支払われるそうで、いやそればかりかハメられた木内 一夫の実家の『天ぷらきうち』にも脅し取った金と慰謝料が支払われることになった。
だからといって、木内 一夫の罪が消えることはねぇけど・・・な。
後は西園寺 幸尚の件がまだ残っているが、街のことが落ち着いたからとにかくホッとした。
「とりあえずよかった、麻実ちゃんの退院までに一応カタがついて。これで、明日麻実ちゃんが退院したら、麻実ちゃんのフォローに集中できる。富士見、本当にありがとう。」
「まったくなぁ、あんた確かに無茶苦茶だけどよぉ・・・本当に、ここまで早い解決って、あんたがいなきゃできなかった。俺も広瀬も今まで学生ながら稼業手伝ってきて、いっぱしだと勘違いしてた。けど、今回中々思うように進まなくてよ・・・実際は大学卒業したばっかの若造だって、つくづく思い知った。マジ、感謝してる。」
また夜の10時頃に広瀬と戸田が連れだって家にやってきて、結果報告をしたと思ったら深々と頭を下げられた。
確かにいつまでもゴタゴタしていたら、麻実に被害が及ぶかもしれねぇし。
こうなってしまったら、麻実が少しでも穏やかに生活できるようにしてやることが最善なのかもしれねぇしな。
「まぁ、よかったぜ。で、麻実はどうすんだ?余計なお世話かもしんねぇけど、ジョーが
いねぇし・・・あいつ、1人じゃ生活できねぇぞ?マジ、体がもたねぇ。日常生活を介助するやつが必要だ・・・つうか、あいつの彼氏何してんだ?親が殺されたんだぞ?惚れてんなら、こういう時何が何でもついていてやるもんじゃねぇのか?留学だか何だか知らねぇけど、ダチまかせにしてそいつ、正気か?」
他人の色恋に首突っ込むことは野暮だってわかってるけどよ、あまりにも麻実が気の毒で口に出さずにはいられなかった。
すると、2人とも歯切れの悪ぃ様子で、麻実が絶対に彼氏には言うな勉強の妨げになりたくないと言っているから、彼氏は知らないと言う。
「あ?そんなん、俺がそいつなら何で知らせなかったってキレるぞ。おめぇらだってそうじゃねぇの?自分の女の一大事だぞ?まぁ・・・あの麻実の性格なら、もし麻実の言う事無視して勝手に知らせたらおめぇらと縁切りそうだしなぁ。おめぇらもそれが恐くてできねぇのか。はぁ、難儀な話だよな・・・だけど、やっぱ悪ぃのは彼氏だな。」
俺の言葉に、広瀬も戸田もポカンとした。
「え、だって・・・華清は何もしら――「知らねぇっつう状況を作ってるそいつが悪ぃ。こんな状況で勉強の妨げになるからって麻実が知らせねぇっつうことは、普段の連絡も勉強を優先するってことで、あいつのことだ・・・どうせ自分から連絡いらねぇって言ってんだろうよ。だけどよ、あんな体の弱ぇ麻実置いて海外行くなら、定期的に変わりねぇか確認しねぇか?惚れた自分の女に何かねぇか気になんねぇか?確か・・・ジョーが慌ててたから覚えてるけど・・・去年の暮れから正月過ぎまで麻実入院してなかったか?ちょっと無理すると、入院になるってわかってんだろ?麻実が頑なに連絡いらねぇって言うなら、おめぇらに定期的に連絡とって変わりねぇか確認すりゃあいいだろうが。忙しくても、戦場に行ってるわけじゃねぇんだ。連絡しようと思えばできるはずだ。それをしねぇって言うことは・・・それまでの気持ちなんだよ。気持ちが自分にしか向いてねぇ。気の毒だけどよ・・・麻実はガキの頃から、マジ体が弱ぇ。多分、おめぇらが考えているよりもずっと・・・何度も死にかけてる・・・だから、常に麻実を気にかけられねぇ奴は、物理的に無理だ・・・っ。」
ジョーの今までの行動と麻実への想いが頭に浮かび、思わず胸が詰まった。
そんな俺に、戸田は言葉もなく俯き。
そして、広瀬は唇をかみしめ、小さく数度頷いた。
「華清は今夢中で勉強していて、確かにこっちに意識を向けていないと思う。麻実ちゃんがそう仕向けていることもあるけど・・・だけど、あいつは大きな流派を継がなければならない身だ。そういう責任もあって必死になってる。それに俺と違って華清は芸術家で、集中の度合いが普通の奴とは違うってこともある。それなりの事情もあるんだ・・・・・・でも、華清に連絡してみる。こんな状況だから、やっぱりあいつは麻実ちゃんの側にいるべきだ。」
「まぁ、どうするかはそいつ次第なんじゃね?おめぇらも麻実に絶交を食らうか、ダチに知らせねぇか、選択しなきゃなんねぇよな・・・もしかしたら、その前にやせ我慢してる当の麻実が我慢できなくなって、自分で連絡するかもしれねぇし・・・まぁ、何よりも優先すべきなのは、麻実の体だ。さっき言った事は大袈裟な話じゃねぇ。ジョーがガキの頃からずっと麻実を気にかけて必死で守ってきたから、あいつは無事だったんだ。生半可な気持ちでは麻実を助けらんねぇ。その彼氏も麻実に対して半端な気持ちじゃダメだってことだ。」
俺の話に、2人は難しい顔をして黙り込んだ。
こんな顔をするってことは、こいつらはマジ麻実を心配してくれてるってことで。
まぁ惚れてるってこともあるだろうが、麻実のことを真剣に考えてくれることをありがたく思った。
「・・・で、おめぇら今日もこんな時間にきやがって、腹は減ってねぇのか?」
先日のバカみたいなこいつらの食欲を思い出し、空気を変える様に俺がそう聞いた途端。
「えっ、何かあるのかっ!?食う食う食うっ!!晩飯食ったけど、あんたんとこの茶漬けなら、食える!いや、食いたい!!」
戸田が興奮した口調でそう言いながら、冗談かよってくらいの勢いで俺に迫ってきた。
つうか、近ぇよっ、顏デケェし。
俺が、戸田の勢いにイラッとしていると、広瀬が傍らに置いていた大きめの紙袋を俺の方にスッと差し出した。
「ごめん、今日はお礼のつもりで来たんだが、出してくれるならまたあの鯛茶漬け食いたい。信じられないくらい、旨かった。ああ、これ・・・君がこのあいだ言ってた『グランドヒロセ銀座アップルパイ』だ、よかったら食べてくれ。土産代わりに持ってきたんだ。」
広瀬の言葉に慌ててずっしりとした紙袋を開けると、ふわっと・・・香ばしくて甘い、懐かしい香りがした。
しかし、いくつあるんだ?っていうくらいの、大量のアップルパイだ。
確かに、久しぶりの好物で嬉しいけどよ。
「嬉しいけどよ・・・こんなに食えねぇっつうの。ったく、金持ちのやることはよぉ・・・まぁ、明日母ちゃんが帰ってきたら、近所に配るだろうから、いいか。」
「そう言えば、今日は君のご両親は留守なのか?」
「ああ。明日はうちの店定休日だからよ、父ちゃんと母ちゃんは月一定例の、銀座で飯食ってオールナイト映画だ。2人そろって出かけてる。父ちゃんはそれが楽しみで働いてるようなもんで、今日も上機嫌で出かけやがった。俺にはまだ抜糸が済んでねぇんだから家でおとなしくしとけとか言いやがって。いい歳してまったく。」
そう言いながら俺は立ち上がると、居間と続きの台所に立った。
決して広いと言えない台所は、不釣り合いな業務用の冷蔵庫のせいでクソ狭ぇが、まぁ使い勝手は良い。
「あー・・・残念だけどよ、今日鯛はねぇな。その代わり、マグロをづけにしたのがあるからよ、まぐろのづけ丼でいいか?俺一人だから食いきれなくて、づけにしたんだ。だけど、晩飯食ったんだよな?茶漬けならサラサラッといけるかもしんねぇけど、丼飯は重いよなぁ・・・づけ丼食えんのか?」
「「食うっ!!」」
おめぇら双子かっつうくらいハモって、即答しやがった。
丼に飯をよそい、づけにしたマグロを乗せ、その上に刻んだ大葉と海苔をかけ、卵黄とワサビを添えて、白ゴマをふりかけたものを2人の前にそれぞれ出すと、一瞬2人は黙り込んだが。
それも一瞬の事ですぐに、いただきますっと言うとすごい勢いで食べ始めた。
「旨いっ!!」
「んまいぃぃっ!!」
スゲェ早さで飯が2人の腹に消えていく様はドン引きもんだが、それでもうちの魚を旨いと屈託なく食ってくれるのは嬉しいことで。
目の前の丼をかき込む姿を、俺はただ見つめていた。
「はぁ~、旨かった~!あんたんとこの店、午前中で大体売り切れるってマジかって思ってたけどよ、いや納得だわ。」
「ご馳走様。今日も図々しく食わせてもらったが、旨かった。そこら辺りの店とは比べ物にならないくらい旨い・・・君がこの間、うちの銀座店限定のアップルパイの話をした時意外に思ったけど、考えてみたら君は麻生君と親戚で兄弟みたいな関係って言っていたのを思い出して。彼のお祖母様が銀座店のお得意様だったから、君も銀座店に来たことがあったんだと気が付いた。だからもしかして・・・と思って、店舗で入っている鮨屋の店主に聞いてみたら、君の事覚えていて。鮮魚店の息子さんで魚に詳しくて、舌も肥えていて将来有望だと思っていたって。」
「ガキの頃の話だ。でも、あの大将の包丁の引き方と手の角度は流石でよぉ・・・見て覚えて、帰ってから結構参考にさせてもらったぜ。マジ腕のいい職人だよなぁ。」
広瀬の話からあの大将の見事な包丁さばきを思い出しそんなことを言うと、2人は驚いた顔で俺を見た。
そして、何かを広瀬が言おうと口を開きかけた時、居間の電話が鳴り出した。
時計を見れば、午後11時半。
外出中の父ちゃん母ちゃんに何かあったのかと焦って電話に出ると、正に心配していた父ちゃんからで。
「ヤスシッ、銀座でジョーと会った!」
その声も、俺と同じように焦っていた。




