36、常人の域を超えた・・・(ヤスシSide)
広瀬に呼ばれて、『ホテルグランドヒロセ鎌倉』までやってきた。
斬られたのが一昨日だからなのか、戸田が車で家まで迎えに来てくれた。
ホテルに着くと地下の駐車場からそのままフロントを通らず、戸田は慣れた様子でエレベーターの階数ボタンを押した。
普段俺には縁のない高級ホテルの、静かで洗練された廊下を戸田について進む。
だが・・・ガキの頃渋谷の家に遊びに行くと、死んだ伯母ちゃんによく『ホテルグランドヒロセ銀座』に飯食いにつれて行ってもらったことを、ふいに思い出した。
浩之はガキのクセに生意気にフランス料理が好きで、俺はやっぱ鮨が好きで。
それから、俺、あんま甘ぇもんは好きじゃねぇけど、あそこのアップルパイはパリパリですげぇ旨くて好きだったよな。
浩之は、ミートパイの方が好きで・・・伯母ちゃんがよく土産に持たせてくれたな・・・。
そんなガキの頃を思い出しながら歩いていたら、突き当りの『PRIVATE』と表示がある部屋のドアを、戸田が無遠慮な感じでノックした。
「ヤスシ君、腕大丈夫?無茶したんだって?」
招き入れられた部屋の中では、広瀬と東が既に待っていた。
今日はTシャツの上に、薄手のスカジャンを着ているから包帯は見えねぇはずだが、広瀬達から聞いたのだろう、東が俺の左腕を見ながらそう言った。
「大したことねぇよ。」
どうせ聞いて知ってんだろうと思った事と、説明が面倒なので適当な返事をしたが。
「いやいや、27針も縫って、大したことないって・・・あんた、この間顔色真っ青だったじゃねぇか。」
戸田が余計な事を言いやがった。
ムカついて、戸田をギロリと睨む。
「に、睨むなよぉ・・・あんた、シャレになんねぇんだよ。お、俺だって心配したから今日わざわざ家まで迎えにいってやったんじゃねぇかっ。」
流石に先日ブチギレた時のことがまだ記憶に新しいらしく、戸田はブルリと体を震わせ広瀬の後ろに隠れた。
だが、余計な事を言うのも忘れなかった。
こいつは、『言わぬが花』って言葉を知らねぇのかよ。
自分からやってやったなんて、男がみっともねぇこと言うもんじゃねぇ。
調子はいいが悪い奴じゃねぇとここんとこ話してみて感じてはいるが、俺はこういう男のくせにグジグジ言うところがこいつと合わねぇと思う。
俺が戸田の言葉に、鼻白んでいたら。
「あーあ、戸田君・・・今の恩着せがましい言葉で、ヤスシ君ドン引きしちゃったよー。そういう人の為を思ってしたことって、やったやったって言うと元も子もなくなるんだよ?君さぁ、人はいいのにそう言うところが残念だよねぇ。」
東が俺の考えていたようなことをズバリと指摘した。
その上、広瀬まで。
「戸田・・・今の麻実ちゃんが聞いたら、間違いなくケリ入れられるな。」
いや、麻実まで持ち出し、戸田の言葉を非難した。
「あー、麻実ならやるな。あいつ、口より手が早えぇもんなぁ。昔、麻実がツトムに勉強教えてて、掛け算しなきゃねんねぇところ引き算したっつって、口で間違ってるって指摘する前に、いきなり頭突きしたからなぁ。しかも、麻実体弱ぇくせに、頭だけは石頭で滅茶苦茶硬ぇんだよ。間違えてんなら口で言えよって、ツトムが言ったら、どうみても増える前提の問題なのに、減る計算する大バカのクセに贅沢言うなって・・・どっちもどっちだけどよぉ、ああ、だけどツトムって麻実の2コ上だったから、やっぱツトムがバカって話か。」
俺があいつらの中坊の頃の話をすると、広瀬がゲラゲラ笑い出し、戸田は頭突き・・・と顔色を変えた。
「ツトムって、麻実ちゃんの隣の家の幼馴染のトム君のことか?」
「ああ・・・麻実はそう呼んでたな。歳は随分下だけどよ、俺結構仲が良くてな。ジョーとは別に、その繋がりで麻実とも何回か話した事があったし。ツトムから麻実の話・・・つうか、さっきのようなバカ話を聞いてたんで、まぁ知らねぇ仲でもねぇってわけだ。だけど、ツトムと麻実はガキの頃から仲がよかったけどよ、ツトム今北海道だろ?麻実も寂しいだろうな・・・もしよかったら、ツトムから引っ越し先のハガキ来てたからよ、連絡先あんたに教えとこうか?」
ふと思い出したツトムの連絡先を広瀬に教えようと思ったのは、彼氏がいるって話だけどよ、何となくこの先こいつが麻実の面倒を見るんじゃねぇかという気がしたからで。
大事な後輩の連絡先を、戸田には教える気にならねぇのはそういうことだろう。
「ヤスシ君って最初の頃から思ってたけど、常人の域を超えた何かがあるよねぇ。」
落ちついた色合いで座り心地の良いソファーに2人、2人で向かい合わせに座り、本題に入ろうとしたところでいきなり隣の東がそんなことを言い出した。
「あ?何だそれ。」
「あー、俺も何となくそう思ってたけど・・・今回、つくづくそう思った。あのさ、一昨日頼まれた君を斬った奴、調べたんだよ。参った、君の眼力・・・。」
何大袈裟な事言ってんだと思ったが、俺を見る広瀬の眼差しが思いのほか真剣で。
俺は話しを詳しく聞くべく、ソファーに深く座り直した。
俺を斬った奴は西園寺 幸尚といって、広瀬の祖父の知人の孫だった。
幸尚は高校で子供のころから続けていた柔道部に入ったが、春大会地区予選前の怪我で出場できなくなり、クサって遊びに行ったゲーセンで絡まれ暴力事件に発展した。
そこで、学校名が出て所属していた柔道部までもが大会出場停止となってしまった。
気の弱い幸尚は部員に会わす顔がなく、家出をして東京に出てきたのだった。
4か月くらい前のことだ。
持って出た金も底をつき、困った幸尚は深夜喫茶でバイトを始め、そこで出会った男に何かと世話になりどうにか生活ができるようになったが・・・あの日は単にガタイがいいというだけで世話になっていた男に急に呼ばれ、見せつけるだけでいいからと無理やり匕首を持たされ車に押し込められ、麻実の家に連れていかれたそうだ。
「まったく、アホだよなぁ。で、その世話になった男って・・・まさか、中里のクソガキじゃねえよな?」
俺の言葉に、広瀬がため息をついた。
「はぁ・・・お見通しか。そいつ随分タチの悪い息子だって噂だ・・・怪我で入院して最近退院したばかりだったらしいんだけど。」
「ああ、それか。別件でちょっとあって、俺ボコってクソガキ入れて8人病院送りにしたんだけどよ、何だもう退院してきたのか・・・まぁ、退院したってあの取り巻きじゃまだ使いもんになんねぇだろうから、それでその西園寺ってやつを使ったってことか。」
「えっ、あんたが、病院送りにしたっ!?って、8人って・・・。」
戸田が驚愕の目で俺を見たのが鬱陶しくて、あいつらやることクソなくせに格好ばっかで弱かったんだよと簡単に説明をしたのだが。
「謙遜しちゃだめだよー。相手8人ナイフや鉄パイプもってかかってきたのに、ヤスシ君たった1人素手で全員半殺しでしょう?しかも殴りすぎが原因の拳の傷だけで、他無傷ってヤスシ君、本当に強いよねぇ。」
事情を知る東がバラしやがった。
その途端、戸田がひぃぃぃという変な声を出して、広瀬にうるさいと言われていた。
面倒だから戸田は無視し、俺は広瀬に強引に話の先を急かすことにした。
「で、結局家族が迎えに来て、優秀な弁護士つけて、後処理か。おめぇの家と付き合いあるんならそれなりのいいとこの坊ちゃんだろ?」
「はぁ、本当に君は頭の回転が早いというか、察しがいいというか・・・まぁ、麻生君と血がつながっているから頭のいい家系なんだろう。」
「浩之は医学部入るくれぇだからよ、頭の出来も違うんだろうけどよ。俺はただの魚屋だぞ?んなことねぇよ・・・そんなことより、そいつんちから次は俺に話をしたいって言ってきてるんじゃねぇか?」
さっきからテーブルの上に置いてある封筒に目をやり、広瀬を問いただした。
そんな俺に広瀬は苦笑いし。
「うん、実は・・・西園寺家の方からなんとか示談にならないか、君と交渉したいと言ってきている。西園寺家は財閥の家系でかなりの資産家なんだ。だが、君は金なんか関係ないだろ?だから、先方にそう言ったんだが信じてなくて・・・君の希望を聞いてくれと。世の中ある程度は金でなんとかなる場合もあるが、そうじゃない場合もあるのに、わかってない。」
ここにはいない西園寺家のやつらにうんざりしたような口ぶりで、ため息をついた。
まぁ、家柄が良く金持ちなんざ、大体は体裁が大事だってことだ。
俺は別に難しくもなんともねぇ、事の本質にこだわるだけだ。
つまり、筋違いな話はうけつけねぇってことで。
「ガキの頃、悪いことしたら謝れって教えられたよな?まぁ、あっちにもこっちにも事情があるが、結局は西園寺ってガキに俺が斬られたんだ。だから、家族が出しゃばって金だとか希望を聞けだとか筋違いじゃねぇか?まず、ガキが俺に謝ってからの話じゃねぇか?本人が反省も示してねぇのに何が示談だって話だ。しかも、叶の親父さんの葬式に土足で踏み込むようなことしたんだぞ?俺らいなかったら、あのまま家に押し入ってあの匕首で麻実脅そうとしてたんだぞ?おい、広瀬、戸田、おめぇらそれ金積まれて許せるのか?」
「許せるわけねぇよっ。だけど、西園寺の力は絶大でっ・・・。」
「まぁ、確かに俺の祖父の方にガンガン電話がはいっているみたいだけど・・・許せるわけないよな。」
戸田と広瀬の表情と口ぶりからかなりの圧がかかっているようだ。
まぁ、孫に前科がつくかどうかの瀬戸際だから、西園寺の方も必死なんだろう。
俺は少し考えて、口を開いた。
「そんな力があんなら、条件出すか。広瀬、『Nローン』への追い込みと中里関係の追い込み、責任追及・・・司法の力じゃなく、その金の力でやってもらおうぜ。それが、俺の希望だ。それと、俺を斬ったガキからの俺への謝罪と更生の約束。それで示談に応じる。そう伝えてくれ。」
俺はそう言うと、これで話は終わりだと示すように立ち上がり、出口へ向かいかけたが。
少し考えて広瀬に問いかけた。
「『グランドヒロセアップルパイ』は、ここじゃ売ってねぇのか?」
その言葉に、戸田ばかりか広瀬までギョッとした顔をした。
だけど、東だけはいつも通りのほほんとした様子で。
「ヤスシ君って確かに、常人の域を超えた何かがあるよねぇ。あ、だったら示談の話の条件にアップルパイも入れたらー?1年分とかー。」
つうか、おめぇの方が常人の域を超えた思考回路だろうが・・・・。




