35、デビュー前(ノリコSide)
芸名も決まり、デビューがいよいよ来週となった。
今はプロダクションの南川社長とマネージャーの真矢さんと挨拶廻りに追われている。
「風町 リノです。よろしくお願いします!」
「あ、そう。頑張ってね。」
大体がこんな反応で、しかもおざなりという態度だ。
でも、時々他の新人歌手の人と挨拶がかぶったりするけれど、その時アイドル路線の女の子だったりすると、突然好意的になって「頑張ってね」の言い方さえ全く違う。
世の中見た目で差が付くんだと、つくづく実感してしまう。
何だか、ついてきてもらっている南川社長、真矢さんに申し訳なく思えてきた。
「どうしたのー。元気ないじゃない。お腹すいてる?」
大都テレビの「レッツ・ソング!」という番組のプロデューサーに挨拶し、そこでもいつもと同じ反応をされ、今日10件以上そんな感じだったと思ったら、流石にへこんでしまった。
丁度その時、いないはずのミッチーがいつもの口調で、後ろから私の頭を撫でた。
「えっ、西先生!?」
それまでおざなりだった番組プロデューサーが、ミッチーの出現により態度が激変した。
結果、来週の「レッツ・ソング!」の新人コーナーに、出演が決まってしまった。
「流石、大物作詞・作曲家、西 数先生・・・。」
唖然とミッチーを見つめると、ミッチーはあのプロデューサーは前からクセが悪いから心配になって見に来たんだけどまぁ番組出演決まってよかったよと、本人はいつもの緩い口調でコーヒーカップに口をつけた。
私の元気がない様子を見て疲れたんだろうと、テレビ局内のコーヒーショップに4人で入っていた。
「ノリコ、食べないの?・・・どした、本当に調子悪い?」
好物のホットケーキに手を付けない私を見て、ミッチーが眉を寄せた。
「今週入ってから、何か・・・食べ物とか喉を通りにくくて。」
挨拶廻りを始めたぐらいから、私はへこむことが多く・・・食欲がなかった。
でも、南川社長も真矢さんもそれに気が付いていたようで。
「プレッシャーなんて、あるあるだからねぇ。でも、デビューを夢見ている人たちって信じられないくらい沢山いるんだよ。その中で選ばれた風町リノは、ラッキーなわけだし。プロの歌手になったら、ラッキーだけじゃやっていけない。今、覚悟がないなら続かないよ。」
「そうだね。プロなら体調管理もちゃんとしないといけない。気持ちを揺らしている場合じゃないよ。スタートにやっと立ったんだ、突っ走る覚悟じゃなきゃ止めた方がいい。」
2人とも口調は優しいけれど、厳しい内容の言葉を放った。
でも、全く2人の言う通りで・・・私は返す言葉がなく、頑張りますこれからもよろしくお願いしますとただ頭を下げた。
すると、ミッチーが私の皿から、2枚のうち1枚のホットケーキを自分のコーヒーカップの受け皿に移した。
「ノリコ、2・3日見ないうちに何かやつれたよね・・・俺、例の件で出かけていたし。食べにくそうだから、俺1枚食べてあげるから、1枚だけでも食べな?そんな顔みたらエミちゃんだって心配するし・・・あのねぇ、南川さんも、真矢もあんまりうちのノリコをイジメないでよ。後は俺がフォローするから・・・真矢てめぇ、何様だっ!?」
仕事の話なのに、ミッチーは完全に身内ひいきで私を甘やかすようなことを言い出して、しかもいつもの柔らかい口調で話していたと思ったら、真矢さんにいきなり口調を変えて凄んだ。
真矢さんは案の定ビクッとして、喫茶店の中なのに直立不動になり、申し訳ありませんっ!とミッチーと私に向かって最敬礼をした。
「いやいや、社長と真矢さんのおっしゃることは、その通りですからっ!真矢さん、頭を上げてください、座ってください!私がプロとしてもう少し、気合を入れなくちゃいけないんです。ちゃんと指摘してくださって、ありがたいと思ってるのに・・・ミッチー、仕事なんだから甘やかさないでよ!」
ミッチーに私はそう怒って訴えると、ミッチーはふにゃりと私に笑い、そして南川社長と真矢さんにドヤ顔を向けた。
「やっぱ、ノリコはいい子でしょう?指摘されたことをちゃんと反省して、依怙贔屓も嫌がって。プロ根性なんてさぁ現場を経験してだんだんついていくんだよ。今の時点でギンギンにプロ根性あったら、新人のフレッシュさないじゃん?ノリコ、大丈夫。ノリコは責任感強いし、俺もついてるし。あ、依怙贔屓はするよ?だって、可愛い妹だもん!お兄ちゃん、滅茶苦茶依怙贔屓するし!1人だけ特別扱いバンバンするよぉ?エミちゃんもそうしろ!って言ってるからね。もう誰が何といおうと、絶対にするからね!」
ミッチーには何を言っても無駄のようだ。
最近ミッチーは、エミ姉にプロポーズをして結婚の承諾をとったらしく・・・それから、エミ姉愛ばかりか、妹愛が止まらなくて・・・まぁ、ミッチーがあんまりにも嬉しそうな顔で色々世話をやいてくれるので、ダメだとも言えず・・・でも。
「でも、それって・・・私だけ何かズルいような気がする。」
モヤモヤした気持ちを伝えると、ミッチーばかりか南川社長、真矢さんがクスリと笑った。
その反応が理解できないで首をかしげる私に、もっとズルい奴はいっぱいいるから大丈夫と言った。
「え?どういうこと?」
ますますわけのわからない私にミッチーは、ノリコはまだ知らない方がいいと苦笑いで答えた。
挨拶廻り等で地方にも行っていたので、自宅に戻るのは2日ぶりだった。
今日はあれからずっとミッチーが一緒に廻ってくれて、やはりミッチーの顔なのかテレビ局やラジオ出演の仕事がいくつか決まった。
そしてそのまま今日は店が定休日なので、ミッチーと一緒に直接帰宅したのだけれど。
「ノリコっ、あんた何でそんなにやつれてるのさっ!?ミッチーまさか、あんたの知り合いのプロダクションって食事もロクにとらせないのかいっ!?」
エミ姉が私の顔を見るなり大騒ぎをした。
私がこの家に連れてこられ時、酷く痩せて小さかったのがエミ姉にとってショックだったらしく。
エミ姉は私にいつもきちんと食事をとらせることを第一に考えてくれていたから、その怒りは全てミッチーに向けられた。
ギョッとするミッチーを私はあわてて庇い、事情をエミ姉に必死で話したら。
エミ姉がバカだねぇ、嫌ならやめたっていいんだよと言い出して。
「いやいや、やめないよ!?プロデューサーもプロダクションの人たちも一生懸命私の為に動いてくれているんだし、無責任なことできないよ!」
私は必死で、エミ姉に訴えた。
「そう?ミッチーが何とかするんじゃない?まぁ、ノリコがやりたいことなら応援するけどさ。それより、ミッチーのコネならバンバン使いなさいよ?そのためのミッチーなんだから!依怙贔屓、特別扱い上等じゃん!」
「境内に咲く 艶めいた深い色
明月院ブルー 雨の紫陽花
去年はあんたが 横で傘をさしてくれた
夢かそれとも 鎌倉ブルース
心に咲く 凛とした深い色
明月院ブルー 露の紫陽花
今私はひとり 佇んでただ濡れそぼる
涙かそれとも 鎌倉ブルース」
何時もより早めの帰宅だったせいか十分店で練習の時間がとれて、気になる箇所をチェックするのに丁度よかった。
やっぱりあまり食欲が出ない私の様子にエミ姉が心配していたけれど、ミッチーがデビュー前で緊張しているんだからちょっと見守ってあげてというと、渋々店に練習にでかける私を見送ってくれた。
サビの部分をもう少し延ばして歌った方がいいのか、悩むところだなぁ・・・家に電話してミッチーに聞いてみようかと譜面を見ながら、公衆電話のところへ歩き出したら。
目の前に、誰かが立ちふさがった。
譜面から、顏を上げると。
「え?・・・ヤスシ?」
手に大きな荷物を持ったヤスシが立っていた。
「東から電話があってよぉ、おめぇ食欲ないんだって?東はデビュー前のプレッシャーだとか言ってたけどよ?おめぇでも、プレッシャーとかあるんだな。いや、別に変な意味じゃねぇ。何かおめぇっていつも前向きで、マイナスも馬力でプラスに変えるような奴だと思ってたからな。だけど、芸能界って俺よくわかんねぇけど、まぁアウエイだわな。さすがのおめぇでも、へこむ時もあるわな・・・だけど、飯食えねぇのはおめぇらしくねぇし。つうことで、食えそうなもん持ってきたんだけどよ?食うか?」
照れくさそうな顔でヤスシは一気にそう言うと、私の返事も待たずに近くのテーブル席で持っていた荷物を広げだした。
「え?・・・鯛茶漬け?・・・うわぁぁ、滅茶苦茶、美味しそうじゃん!」
大きな荷物はほとんど保冷用の氷で、中から出てきたいくつかのタッパーを取り出すと、店で使っている陶器のサラダボウルを出せと言われた。
そして、そのサラダボウルにタッパーの中のものを盛り付けて、携帯用の魔法瓶を取り出すと、そのサラダボウルに注いだ。
いい香りに、どこかに消え失せていた食欲が、凄い勢いで戻ってきた。
そんな私の様子に、嬉しそうにヤスシが食えと勧めてくれた。
「はぁ・・・美味しかったよぉ。ありがとね。ヤスシんとこの魚初めて食べたけど、本当に美味しい。あんた、大した魚屋だね!ただの喧嘩バカじゃなかったんだ。見直したよ!」
ミッチーから電話を受けたとはいえ、私の為にわざわざ用意してくれたヤスシの気持ちが嬉しいのと、照れ臭いのとで・・・変な言い方になってしまった。
もうちょっと、こう言い方が無いのかと思ったのだけれど。
ヤスシはヤスシで。
「喧嘩バカって・・・酷ぇなぁ。まぁ、当たってるけどよ。とりあえず、おめぇが旨いって食えたからよかった。おめぇはこうでなくっちゃなぁ。歌もこの間聞いた時とはダンチでうまくなってるし、おめぇは大丈夫だ。だから、体調だけは気を付けて、頑張れ・・・ちゃんと、飯食って、クソして、寝るってのを怠るなよ?」
と、もうちょっと、こう言い方が無いのかと思うような返しでガックリとしていたら。
ヤスシがフッと笑い。
「じゃあ、鯛茶漬けの駄賃をもらっとくわ。」
そう言って私の腰を引き寄せると、前とは違う・・・大人のキスをした。




