32、失礼な人(ノリコSide)
「何のこと?・・・あ、それより。車に乗せて頂いたのに、名のりもしないですみません。私、相田典子といいます。ミッチー・・・いえ、東さんは仕事上でもお世話になっていますが、個人的には兄のような関係で・・・とにかく、こんな汚れているのに乗せて頂いて、助かりました。ありがとうございます!」
戸田さんが言っていたことが少し気になったけれど、それより名のりもしないで車に乗せてもらったことに気がついて、慌てて自分の名前とお礼を伝えた。
「いや、別にそれはいいんだけどよ。ミッチーって・・・兄って・・・東さん、本当にあの『タランチュラ』なんですよねぇ・・・いや、今日会った奴らの態度でわかったけど。つうか、今と全然人間性変わってません?いやいや、それより、ノリコちゃん声デケェなぁ!しかも、街中でいきなり卵ぶつけられて全然メンタルやられてねぇし。普通怒るか、泣くかしねぇか?つうか、何か1人で笑ってなかったか?」
戸田さんの話によると、今日戸田さんと行動を共にしたみたいだ。
一体どういう人なんだろう、話の内容にちょっと一貫性がないような気がするけど、とりあえず問いかけに対して答えようと思った。
「えーと、声が大きいのは昔っからよくいわれます。偶に注意されるんですけど、
ちょっとうるさかったですかねごめんなさい。」
そう言って、洗面器を抱えたまま頭を下げると、バックミラー越しに目の合った戸田さんは、イヤイヤ全然と肩を震わせながらハンドルにしがみついた。
「あと、卵ぶつけられたって怪我したり死ぬわけじゃないし、怒るとか泣くとかって気持ちにはならないですよ・・・食べ物無駄にすることは良くないと思いますけど・・・まぁ、ブラウスはミッチーに買ってもらった物だし、バッグは姉からの去年の誕生日プレゼントだから洗って綺麗になるか心配ですけど・・・別に怒るとかはないですね。ああいうことすると絶対に自分に返ってくるもんだし、人を傷つけようとする人って結局は自分を傷つけることになるから。」
至極真っ当なことを言ったつもりだけど、戸田さんはノリコちゃんって寛大だねぇと少し納得していないような口調で。
だから、私はその先の話をした。
「いや、別に寛大じゃないですよ?自分に返ってくるって言いましたよね?卵ぶつけた人レコード会社の人なんです。私、もうすぐそこから歌手デビューする予定で、今準備中なんです。つまり、私を怪我させたり何か被害にあわせたりしたら、会社の不利益になりますよね?だから、今あったことミッチーが見ていたなら、あの人それなりの注意をうけるか、仕事外されると思いますよ?」
「えっ、この場合東さんに誰にも言わないで!とか言わないんだ?・・・・ノリコちゃん意外だな。ドラマとかではイジメキャラにされたこと、ヒロインは黙って耐えるパターンだと思ってたけど。」
私は戸田さんの言葉を聞いて、何なのさこの人と呟きながら横のミッチーを見た。
そんな私に、ミッチーはクスリと笑って。
「イラッときた?ヤスシ君は我慢できずに、猛スピードで木のおしぼり受けを戸田君の目を狙って投げつけた後、テーブル乗り越えて殴りかかろうとしたけど。」
と、とんでもないヤスシの行動を教えてくれた。
ヤスシの気持ちもわからないでもないけど、ヤスシそれはやりすぎだと思う。
力ずくとか、暴力はやっぱり良くない。
「イヤイヤイヤ、それ、今言う事ないじゃないですかっ。」
慌てて戸田がミッチーを振返った。
運転中なのに!
「ちょっと、戸田さん!前向いてください!危ないですからっ!」
私は焦ってそう言うと洗面器をミッチーに押し付け、咄嗟に後ろから戸田の頭を持って前に向けた。
グギッ――
良い音がした・・・・。
車は結局、鎌倉まで走り。
案外早く調べものが終わったミッチーは、その後『ホテルグランドヒロセ鎌倉』で人と会う約束になっていたそうで、私を拾って一緒に鎌倉まで帰ろうと寄ってくれたらしい。
戸田さんは叶社長の娘さんの友達の1人だそうで、今回の事件について他の友達と一緒に手伝ってくれているようだ。
大変な事件だった・・・叶社長に娘さんがいることは知らなかったけれど、存在を知るととても辛いだろうなと、心が痛んだ。
叶社長が生き返ることはないけれど、泣き寝入りにはならないようにミッチー達には頑張ってもらいたい。
悪い奴が、きちんと罰を受けるように・・・。
そう心から願っていたのに、戸田さんが私の家の前に車を停めるとわけのわからないことを言い出した。
「身も心も強くて、馬力があって。活力のある奴。気取ってなくて・・・うん、確かにそうだけど・・・やっぱ俺、富士見とは好みがちがうな。」
何のことを言っているのかわからないけれど、失礼なことを言われているのはよくわかった。
そして、この戸田さんという人がどんな素性の人か知らないけれど、失礼な人だということはよくわかった。
だけど、この失礼な戸田さんと出会ったことは、その先ピンチに陥った私にとって結果よかったことになるのだけれど。
ただその時は、私を迎えに出てきたエミ姉の顔を見た途端、私に対する態度とガラリと変わったことに、戸田さんの好感度は地に落ちていた。




