29、2人の来訪者(ヤスシSide)
「すみません、こちらに富士見保志さんという方がいらっしゃるって聞いたんですけど。」
再び『みのり』の入り口の戸が開いた。
そしてスラリとした身なりの良い、顔立ちの整った男が入ってきて、柔らかい表情と口調でそう言った。
後ろに、もう1人続いて入ってきたが、そっちはずんぐりとした体躯の、顔がデケェ・・・決して俺も人のことは言えねぇが、ぶっちゃけブサイクな男だった。
ただ、こいつもセンスは別として、身なりは良かった。
つまりは、2人とも余所もんって一目でわかる奴らだった。
店内に、嫌な緊張が走った。
余所もんということで、店内が無意識に殺気立っていたのかもしれねぇ。
その2人は一瞬その雰囲気にたじろいだが直ぐに、おしぼりをもう一枚伯父さんにもらって丁寧に口周りを拭いている東に目を向け、声をかけた。
「あなたが、富士見さんですか?」
なんでよりによって俺と東を間違えるんだと、怪訝に思っていたら。
「えっ、俺?うわぁ、そんなに若く見えるー?嬉しいなぁ。俺とヤスシ君って、10歳くらい違うよねぇ?」
東が何を考えてやがるのか、俺に向かってはしゃいだ様子でそんなことを言うもんだから、俺がその本人だと名乗る前にバレた。
その途端その2人が俺に目を向け、背の高い方は柔らかい表情のままだったが、ずんぐりとした方はお前が?というあからさまに怪訝な表情をした。
「何の用だ。」
昨日の今日で、どこの誰かは知らねぇが余所もんに愛想なんかふる気にもなれねぇ俺は立ち上がり、喧嘩上等の表情でそう切り出した。
だけど。
「あれ、皆、どうしたの?・・・ええっ!?戸田先輩っ!?・・・えっ、広瀬先輩も何でここにいるんですか!?」
丁度店の奥のつきあたりにある便所から戻ってきた浩之が、余所もん2人を見て驚きの声を上げた。
「浩之、おめぇの知り合いか?」
「うん、大学の先輩だよ。学部は違うけど・・・ああ、戸田先輩は中学・高校・大学と付属からだから、結構長いつき合いで。ああ、さっきの本、僕もどこに売ってるか知らなかったから、戸田先輩に売ってる場所聞いたんだ。それで、そっちの先輩は、大学からで戸田先輩の友達の広瀬先輩。でも、どうして先輩達ここにいるんですか?」
浩之の説明で、ずんぐりとした方が戸田で、スラリとした男が広瀬ということが分かった。
奴らにも、俺が本当に富士見保志だということが分かったようだが。
浩之の問いかけに、広瀬という奴が口を開いた。
「うん、富士見さんに込み入った話があってさ・・・あの、麻生君は富士見さんとどういう関係?すごく親しいみたいだけど?というか、君、何でここにいるの?」
「ああ、僕とヤスシ君は親戚です。僕の祖母の妹がヤスシ君のお母さんで・・・かなり歳の離れた姉妹だったから、僕はヤスシ君の従兄の子供なんですけど・・・歳が近いし、お互い一人っ子だから、従兄弟っていうか兄弟みたいな関係です。今日は、頼まれたもの・・・戸田先輩にたずねた本ですけど・・を届けに来たのと、ヤスシ君の顔を見に来たんです。」
分かりやすく、広瀬の質問に答える浩之だが・・・いつも俺には屁理屈や下らねぇことばかり言ってやがるのに、その表情は今まで俺の前では見せたことのない大人びたものだった。
いや、大人びたというより・・・・。
「ヤスシ、その人達おめぇに用があるって言ってるし、浩ちゃんの学校の先輩なんだろ?奥の座敷あがってもらって、話を聞いたらどうだ?浩ちゃん、悪ぃけどヤスシに付き合ってくれや。皆は一旦家に帰って、また夜にでも集まることにして・・・。」
疲労がたまった商店街の連中の表情を見て、父ちゃんが疲れたように奥の座敷を見ながら俺にそう言った後。
こちらから頼んだ手前、東にも同様に声をかけようとしたら、東がハッキリとした口調で自分の意志を告げた。
「俺は、叶さんの知り合いの人に今回の事手伝うよう頼まれてるし、何かあったら俺の方で動けることもあるだろうから、ヤスシ君と一緒に行動する。」
叶の親父さんの知り合いとは、ノリコの叔母ちゃんのことなんだろう・・・やっぱ、東はノリコ家族に対しては、絶対的な感情があるようで。
いや、じゃなかったら、東は今回の事に首を突っ込むようなことはなかったか。
「じゃあ、東さん悪ぃけどたのんます。皆、一旦家帰って体休めた方がいい。金やんは、俺んち来てくれ。飯もロクに食ってないだろ。こんな時一人じゃ辛ぇだろうし・・・なぁ、うちで休めばいいさ、遠慮すんな。」
父ちゃんが皆の帰宅を促し、金やんのことを心配してだろう家に誘ったが。
母ちゃん一筋の父ちゃんは、何も分かってねぇ。
取り敢えず、浩之に広瀬と戸田を奥の座敷に案内させ、俺は皆が帰るのを見送った。
そして、残ったのは・・・。
予想した通り、金やんは父ちゃんの誘いに首を横に振り続け、頑なに大丈夫だと言い張った。
父ちゃんはそんな金やんに、遠慮するなんて水くせぇ俺とお前の仲じゃねぇかと譲らねぇ。
ったく、いくら言い合ったところで埒なんかあくわけねぇ。
何故なら金やんの頭ン中は、一刻も早く家に帰ってさっきもらった写真集をじっくり見てぇってことだけだ。
それに気がつかねぇ真面目な父ちゃんに、俺は面倒くさくなり。
「父ちゃん、俺ここで何か伯父さんに作ってもらうからよ、金やんにも何か食べさせっから。それより、母ちゃんずっと一人にしてるだろ?様子見に行った方がいいんじゃねぇの?」
『母ちゃん』という、父ちゃんには一番効果のある言葉を出した。
案の定、その言葉は魔法の呪文のようによく効き、父ちゃんはそうか・・・それじゃ、とあっさり店を出ていった。
チラリと金やんを見ると、細い目をこれでもかと細め、口角を上げた。
「あんがとよっ、ヤスシ。相変わらず、察しがいいじゃねぇか。」
と俺にそう言ってから、東に礼を言いそそくさと帰っていった。
「いやー・・・分かりやすい人達だよねぇ。ヤスシ君のお父さんも一途な感じで俺好きだけど、ゴールデンさん俺好きだなぁ。あの人、凄いよねぇ。人を見る目あるって言うか・・・うーん、単に、直感の好き嫌いなのかなぁ。昨日、どう見ても余所者っていう俺に、ゴールデンさんから声かけて来てくれたんだよ?バイク停めるとこ困ってるのかって。すごーく気楽な感じで。街がこんな状態の時に、わざわざだよ?駐車料金払うって言ったのに、受け取らないし。俺、何処の誰とも言ってないのに・・・凄い人だなぁって思ってたんだけど。さっきのビニ本さぁ、浩之君だっけ?彼に頼んだんだけど、知らなくてさっき来た先輩に売ってる場所きいたって言ってたじゃない?多分、ゴールデンさん普通なら、知らない人でも自分の興味ある事積極的に聞く人じゃないかな?俺もさっき言ったけど、俺のバイクのナンバー見て、東京で流行ってるビニ本を売ってる場所知らないかって、いきなり聞いてきたし・・・だけど、浩之君の先輩には聞かなかったんだよねぇ・・・それって、偶然かな?」
金やんが出て行った入り口を見ながら、東がささやくように俺にそう言った。
その言葉に、俺はニヤリと嗤い。
「たとえ、偶然だとしても。金やんの中の何かにひっかかったんだろ・・・まぁ、そういうことなんだろうな。助言、ありがとよ。」
と言葉を返すと、行くかと顎で奥の座敷の方をしゃくってみせた。
カラリと座敷の襖を開けると、テーブルの上には日本茶とおしぼりが出ていた。
床の間を背に2人を座らせ、入り口に一番近いテーブルの短辺の所に浩之が座っていた。
こいつはこういうところで、本当に育ちが良いと感じる。
仕方ねぇから、2人の向い側の入り口から遠い方の場所・・・広瀬の向いへ東を座らせた。
そして、東の隣浩之寄りの場所・・・戸田の向いに俺は座った。
「俺が、富士見保志だ。浩之とはさっき説明した通りの仲だ。で、こっちは東・・・今、ちょっと手伝いに来てもらってる。色男だけどよ、まっとうな仕事してる社会人だ。」
東の事をどう話そうかと思ったが、結局面倒で俺が思っている通りの紹介になっちまった。
だけど、そんな紹介に東が驚いた顔で俺を見た。
いや、ノリコに聞いたけど、売れっ子の作詞・作曲家だって話だし。
いい加減なことやって、そんな風になるわけねぇし。
見た目ほどこいつがいい加減な奴じゃねぇことくらい、もうわかっている。
俺のそんな紹介に納得したのかしてねぇのか、戸田が顔を顰めながら横に座る広瀬に愚痴るように言葉を発した。
「なんだよ、想像してたのと随分違うじゃねぇか。麻実ちゃんがあんな風に言うから、スゲェ期待してたのによぉ・・・この街、どうなっちまうんだよ。これじゃぁ――「戸田、止めろ。」
どうやら、俺が奴らの期待外れだったようだ。
戸田の発言を広瀬が諫め口は止まったが、戸田の俺を見下したような表情は止まらなかった。
だけど、そんなことより。
「おめぇら、麻実の知り合いか?麻実はどうしてる?ジョーが、昨日知り合いに預けたって言ってたが、おめぇらのことか?」
叶の親父さんが亡くなって、ジョーも消えた今・・・あの体の弱い麻実はどうしているんだろうと気になっていた。
身を乗り出してたずねる俺に、戸田がバカにするように俺を見た。
「何だよ、何だかんだいっても、麻実ちゃんにお前だって惚れてるんじゃ―――ギャッ・・・!?」
ふざけた発言に、俺は木製のおしぼり置きを戸田の目を狙って投げた。
勿論投げる時点で手にスナップをかけ、目に当たりそうになる直前で逸れるようにはした。
一瞬の事で硬直する戸田。
俺はそのままテーブルを上り、戸田の胸ぐらを掴んだ。
「グォラッ!さっきからワケわかんねぇことばっか言いやがって。下らねぇこと言ってんじゃねぇぞっ!あのなぁ、麻実は親殺されたんだぞっ!麻実は俺のダチの大事な妹だっ。ガキの頃からジョーは麻実を何よりも大切にしてきたんだっ。叶の親父さんだって、そうだっ。大事な奴の大事なもん、心配して何が悪ぃ!?それに、あんなに体の弱い麻実が、こんな酷ぇ現実受け止められるか、心配するのがあたりめぇだろうがっ!!このクソガキャァッ!!」
そう言って、俺は腕を振り上げ戸田の顔を目掛けパンチを出したが。
「ストーップ!はい、落ち着いてー。ヤスシ君、席ついてー。ここ、伯父さんの店でしょう?流血騒ぎになって、迷惑かける気ー?」
俺のパンチはかなりのスピードがあるはずだが、あっさりと東に掴まれ阻止された。
やっぱ、異名は伊達じゃねぇと改めて思った。
俺は仕方がなく、左手で掴んでいた戸田の胸元を突き飛ばすように離した。
その反動で戸田が尻もちをつき、俺を見てガクガクと震える。
「チッ、クソガッ。」
———ガンッ!
今更震えるぐれぇなら、初めからあんな態度すんなよ。
そう腹が立ち、テーブルを蹴ってからドサリと元の場所に座ると。
「もーーー、ヤスシ君が無茶するから、全部お茶ひっくり返っちゃってビチョビチョだよー。何で、考えないかなぁ。お茶乗ってるテーブルの上で暴れたらお茶碗ひっくり返るよねぇ?その上、ガンッて思いっきりテーブル蹴ったら、絶対にお茶こぼれるよねぇ?こんなこと小学生でもわかるよ?誰がこれかたづけるの?ここ、伯父さんのお店だからそのままにしたら、絶対に怒られるよ?こんなに粋がって戸田先輩に凄んだ後、おしぼりでこぼれたお茶拭くのって、ヤスシ君かなり格好悪いよ?ヤスシ君こう見えて几帳面だから、拭くとなったら徹底するでしょ?しまらないよねぇ?ねぇ、暴れる前にそこまで考えた?人間、ビジョンとまでは言わないけど、せめて計画性を持とうよ。いい大人なんだから。」
「・・・・・・。」
俺が散らかしたものを片づけながらいつも通り減らず口をきく浩之に、俺はため息をつき無言で目の前にあったおしぼりでこぼれたお茶を丁寧に拭きだした。
「ブハッ・・・。」
「プッ・・・。」
ほとんど同時に、東と広瀬がふきだした。
そして、ひとしきり笑った後、広瀬が姿勢を正し俺に頭を下げた。
「申し訳なかった。初めからきちんと話をすればよかった。こちらの勝手な思い込みで失礼な態度、失礼なことを言いました。今日うかがったのは、叶さん・・・麻実ちゃんの父上の事件に関することです。ああ、戸田のこの態度は富士見さんに何の落ち度もないです。単なる一方的なやきもちですから。」
「は?」
広瀬の口から、謝罪と来た理由、そして思いがけない言葉が飛び出し、眉を顰める俺と。
「広瀬っ!」
その言葉に、顏を真っ赤にして広瀬に抗議する戸田。
そして、どうせそんなことだろうと思いましたと冷たい態度の浩之。
だけど何故か、東だけは。
テーブルから落ちたお品書きを手に取り、白玉ぜんざいあるじゃん!と1人上機嫌になっていた。




