28、どうやって支えるか(ヤスシSide)
『六本木スパイダース』の『タランチュラ』っていう異名は、決して伊達じゃなかった。
東はあっという間に木内一夫の実家、『天ぷらきうち』の内情を調べ上げた。
「つまり、天ぷら屋の後継いだ木内一夫の姉ちゃんの旦那が『はま夕』の娘の旦那の車にカマ掘って、それが外車だったから弁償しろって脅されて、店まで押しかけられてとうとう店売って金払ったってことか?つうか、外車ってどんな外車かしらねぇけど・・・カマ掘ったくれぇで店売るほどの弁償か?」
カウンター席の椅子を皆の方に向けて座った金やんが、眉間にシワを寄せ、細い目をもっと細くして首をひねった。
「それがさー、どうも故意みたいで、無理やり車線変更してきたから間に合わなくてぶつかっちゃったみたいで、それもそんなに破損は酷くなかったみたいだよ?俺の後輩の彼女が花屋でバイトしてて、丁度その前で事故があって一部始終見てたみたい。でも中里が凄い勢いで捲し立てて、ヤクザだと思ったって。言ってくれれば証言したのにって・・・あっという間に、いなくなって。その彼女気を利かせて警察に連絡したらしいんだけど、警察来たときはもういなくて、一応警察に事情だけ話したって。だから、中里が無理難題言ったのは、それで証明できそうだけど、後はその木内一夫がいつ借金をしたかってこと。もしかしたら先に、木内一夫の実家が六本木にある有名天ぷら屋だって知って、目をつけられたかもしれない。ほら、身分証明書提示するときに免許証だったら、本籍地書いてあるし。それに・・・・・・。」
東はそこまで話すと、伯父さんが運んできた山かけ丼に夢中になった。
浩之から話を聞いてすぐ飛んできてくれた東には感謝しているが、『みのり』に着くなり第一声が、浩之に昼飯を邪魔された腹が減ったとぶーたれたことにはドン引いた。
叶の親父さんが殺られたことで動揺している商店街の奴らは、その言葉にあからさまに苛立ったが。
伯父さんが山かけ丼食べるかと聞いたら、途端に機嫌が良くなったのだった。
「美味しい・・・本当に、美味しい。これも、ヤスシ君の店のマグロ?」
夢中で山かけを頬張りながら、うまいと言う東。
普段なら嬉しいはずなんだが、こんな時に食う奴の気が知れねぇ・・・つい、そう呟いたら。
「美味しいってことは、生きてるってことだよ。死んだら、それまでだ。君も、ここにいる皆も生きてるんだよ?確かに、君たちの大切な人が亡くなったから、大変なことだと思う。だけど、問題はまだ解決してないんでしょ?それを解決するために、俺に協力を頼んできたんでしょ?だったら、食べないと。倒れたり、病気になったら、問題も解決できないよ?」
口に着いたとろろをおしぼりで拭いながら、東が俺にきつい口調でそう言った。
確かに東の言うことは正論で、俺も商店街の連中もその言葉に反論できなかった。
だけど、叶の親父さんの存在が俺たちにとってどれだけ大きかったか・・・そう簡単に気持ちなんか切り替えられるはずねぇ。
皆、多分そう心の中でつぶやいていたんだと思う。
だから、店の中はやりきれない空気でいっぱいになった・・・が。
「そうだよなぁ。色男の兄ちゃんの言うとおりだ。腹が減っては戦ができぬって言うしなぁ。」
金やんがのんびりとした声で、そう東に同意した。
だけど、その顔は一晩で目が落ちくぼみ酷い顔色で・・・口調とは異なり、表情は泣きそうなのに無理に笑っている。
「えー、そう言うゴールデンさんが一番食べないとダメなんじゃない?顔色ゴールデンじゃないよ?」
金やんの様子に、東が突っ込んだが。
「ゴ、ゴールデン!?兄ちゃん、それ俺のことかっ!?」
金やんがギョッとした様子で、東を見た。
「うん、だって『ゴールデンキャッスル』の店長でしょ?あれ、『キャッスル』さんの方が良かった?でも、その頭だと、『ゴールデン』の方が似合うとおもうけど?」
東の頭の中を一度覗いてみたくなるような場違いな話の内容に、さすがに温和な俺の父ちゃんがキレた。
「東さんっていったかい?色々調べてくれて感謝してるが・・・俺たち、今、金やんのことどんな風に呼ぶかなんてくだらねぇ話はしたくねぇんだ。察してくんねぇか?俺らも辛ぇけど、叶さんの一番の弟分が、この金やんだったんだ。金やんは温厚だからよ、あんたの話にもつきあってるが、本当は気が狂いそうなくれぇなんだよっ!ちっとは、弁えてくんねぇかっ!六本木でいくらあんたが顔だからって、人ひとり死んでんだよっ!これから俺ら、仲間として、どうやって金やん支えていこうかって、思ってんだっ。金やん立ち直るまで、俺ら———「ごめんください!・・・あれ、お取込み中でした?」
父ちゃんが激高している最中、間が悪い状態で紙袋を手にした浩之が店の戸を開けた。
「え・・・浩之?何でおめぇ来たんだっ。今、この街ヤバいことになってんだぞっ!」
突然現れた浩之に俺は驚き、そして現在の状況を思い出し浩之を怒鳴りつけた。
だけど浩之は、そんな俺を見てため息をつき。
「皆さん、この度は皆さんの大切な方が亡くなったそうで・・・ご愁傷さまです。心からお悔やみ申し上げます。」
いきなりそう言うと、浩之はきれいな形で礼をした。
その様子に唖然とした一同は言葉もなく。
いや、東だけは。
「あれ、結局こっちにきちゃったんだー。途中、大丈夫だった?で、頼んだもの見つかった?」
と、まったく先程と変わらない様子で浩之に話しかけた。
浩之はそんな東にはいと返事をしながら、俺の方を見て。
「ヤスシ君、大変だったね。僕、あんなヤスシ君の声初めて聞いたよ。東さんに頼まれたこともあったし・・・ヤスシ君が心配で、きちゃったんだ。ごめん、危ないって思ってたんだけど・・・東さんにも鎌倉の方に届ければいいって言われてたんだけど。」
「・・・・・・・。」
浩之が何故かガキの頃から俺に懐いてくるから、亡くなった伯母ちゃんも頼んでくるから、そんな風に思いながらこいつの面倒を見てきたけど。
だけど、こいつのこういう優しい、言葉もうわっつらじゃねぇところが俺もすげぇ好きで———
思わず唇が震え、慌ててキツく噛みしめたけど・・・間に合わず、みっともねぇことに涙が出ちまった。
浩之が持っていた紙袋を東に渡し、慌ててポケットから出したハンカチを俺に差し出してきたが。
「男がそんなしゃらくせぇもん、使えるかよっ。」
俺はそう言って顔を背け、Tシャツの肩の辺りでグイッと涙をぬぐった。
そんな俺を浩之は生意気にも、眉をしかめて見やがった。
「いや、ハンカチはしゃらくせぇもんじゃないから。普通に身だしなみだから。ヤスシくんこそ、そんな不衛生な目の拭き方していたら、目が感染症になって腫れちゃうよ?感染症になったら、鮮魚店ってマズいんじゃない?社会人なんだから、仕事に差し支えるような無責任な行動は控えた方がいいよ?とりあえず、清潔なハンカチを持つことを僕は勧めるよ。」
「・・・・・・・。」
さっきの俺の心の中の声は、全て消去だ。
やっぱ、こんな非常事態でも浩之は浩之で。
相変わらずの屁理屈コネで、俺はあきれ返った。
だけど。
「ブハッ・・・。」
「ククッ・・・。」
「ブッ・・・。」
「アハハッ。」
「ブブブブッ・・・。」
「カカカカッ・・・。」
俺と浩之以外の全員が、ふきだすか口を押えた。
「ヤスシ、確かおめぇの親戚のボウズだったよなぁ。いい弟分じゃねぇか。きっちり、悔やみの挨拶まで丁寧にしてくれてよぉ。おまけにここらじゃ手のつけらんねぇ、暴れん坊のおめぇをこうやって口だけでやりこめるなんて・・クククッ、スゲェじゃねぇか。沈んでた俺らもこうやって笑かしてくれて、ありがとなぁ?」
確かに、今のやり取りで・・・いや、浩之の登場で、皆の雰囲気が変わった。
そう思っていたら、東が先程の紙袋を金やんに差し出した。
そして、不思議そうな顔で金やんが紙袋を受け取ると。
東が満面の笑みで、説明をし出した。
「昨日のお礼だよ。ゴールデンさんにバイクを駐車させてもらって、すごく助かったから。俺のバイクのナンバー見て東京から来たってわかった時、売ってる場所知らないかって聞いてきたでしょ?ってことは、今一番欲しいものなんだろうなって。俺も知らなかったから、今日ヤスシ君の親戚のそこの彼に頼んだんだー。」
「!!!」
東のよくわからねぇ説明を聞くやいなや、金やんは椅子から飛び降り、立ったままスゲェ勢いで袋を開けた。
その途端。
「うおぉぉぉ!!!信じらんねぇっ!!これ、本当に俺にくれるんかっ!?いいんかっ!?一度もらったら、返さねぇぞ?いや、返せっつうなら一晩かしてくれるか?」
さっきまで土気色だった顔色が急に紅潮し、泣きそうだった表情はあとかたもなく・・・今は満面の笑みとなっていた。
そして、東のそれ本当にお礼だから・・・の言葉に、金やんが歓喜し袋から取り出し頭の上に掲げたそれは・・・・。
ビニールに入った写真集だった。
それもどうも、その表紙が女のヌードで・・・どう考えてもどういう代物か一発で分かった。
やっぱ、こいつはエロか・・・。
あきれた顔で見つめる俺に、金やんは。
「いやっ、最近東京で、ビニ本って流行ってるって聞いてよぉ・・・。これ、買わないと中見れないんだぜ?つうことは、ヤバやつかもしんねぇだろ?いや、結構ヤバいんだって話っ。中あけれねぇと、ワクワクムズムズするよなぁ?男のロマンだよなぁっ!これ、これ、欲しかったんだよぉぉぉ。兄ちゃん、あんがとな?あっ、そっちのヤスシの親戚のボウズもあんがとっ。生きててよかったーーーー!!!」
金やんのスケベ具合は、嫌というほど知ってたけどよ。
まさか、これで立ち直るとは・・・叶の親父さんも浮かばれねぇんじゃ。
いや・・・叶の親父さんなら、こういう金やんを笑い飛ばしてるかもしんねぇな。
だけど・・・。
『金やんは温厚だからよ、あんたの話にもつきあってるが、本当は気が狂いそうなくれぇなんだよっ!ちっとは、弁えてくんねぇかっ!六本木でいくらあんたが顔だからって、人ひとり死んでんだよっ!これから俺ら、仲間として、どうやって金やん支えていこうかって、思ってんだっ。金やん立ち直るまで、俺ら———』
あんな啖呵切った父ちゃんの立場、ねえよなぁ・・・。
金やん、エロで簡単に支えられちまったからよ。




