27、認めた気持ち(ノリコSide)
今まで外出の為にどの洋服を着るかなんて、迷ったことは一度もなかった。
最近、やたらと東京でミッチーが服を買ってくれるから・・・服の数が増えて、選ぶのに時間がかかるだけなのかもしれない・・・きっとそうだ!
そう、自分に言い聞かせたけれど。
「デートに行くなら、そっちのミントグリーンのブラウスに、そのサブリナパンツ合わせてみな。どうせ、相手はヤスシだろ?靴はヒールじゃなくて、フラットシューズがいいよ。歩くのも楽だしね。ばっちりお洒落もいいけど、無理して着なれない服や靴ででかけて、楽しめなかったら意味ないからね。」
叔母ちゃんには、何もかもお見通しだった。
何だか落ち着かなくて予定より早めに家を出たら、待ち合わせより30分も早くついてしまった。
待たせるよりはいいかと思い、通行の邪魔にならない改札が見えるところに立ち行きかう人々をぼんやりと眺めた。
すると、ふいに昨日のヤスシの様子が思いだされ。
——俺さ、お前の事・・・応援したいんだよ。ちっせぇことでもな。
という言葉が頭の中で繰り返され、うわーーー!と叫びたくなるような恥ずかしい・・・いや、嬉しい、いや、照れ臭い・・・でも、もう一度聞きたい・・・というわけのわからない状態に陥り。
顔が火照り、胸がドキドキし・・・地団駄を踏みたい衝動にかられた。
はぁ・・・これって、やっぱり・・・ヤスシの事が好きということなのか。
こういう気持ちに今までなったことがなかったから、自分でもよくわからない。
大体、喧嘩ばっかでバカなことしてるし、女癖が悪くて、美男子でもないし、背だって166cmの私より低いかもしれない。
全く、自分でもヤスシのどこがいいのかわからない。
いや、確かに・・・話は合う。
何か、波長があうっていうか、話をしていて楽しいし。
お互い、あんまり人に自分から進んで言わないような心の中のことを話したりする。
放っておけない、何かがあるし。
顔だって美男子じゃないけど、よく見りゃかわいい顔してるし・・・そんなに、悪くないかもしれない。
それに、バカみたいに義理堅い。
マサルの事だって、事情を話して庇ったんだとお得意さんに言えばよかったのに。
でも、それがヤスシだ。
友達思いで、友達が悩んでいるのを自分の事のように受け止めて。
自分がこうだと思って決めたことは、守り抜くようなそんな強さがある。
そして、私の歌を好きだと言ってくれる。
だから、私は・・・。
やっぱり、ヤスシが好きなんだ。
ヤスシについて色々悪いところを考えていたのに、結局・・・ヤスシの良いところばかり思いついてしまった。
はぁ・・・気がつくと、時間は10時10分。
電車に乗り遅れたのかもしれない。
次の到着は、10時半過ぎだ。
「ノリコ!」
足の疲れが気になりだして、やっぱり叔母ちゃんの言う通りフラットシューズを履いてきてよかったと思った時。
期待していた声とは違う、でもよく知る声に名前を呼ばれた。
「マサル?・・・どうした、そんなに息切らせて。」
こちらに向かってくるマサルはゼイゼイと息を切らして、表情も酷くこわばっていた。
「ノリコ、ヤスシさんから史子おばちゃんのところに電話があって・・・昨日の夜、あの・・・叶社長が刺されて、死んだって。」
マサルの震える唇から、信じられない言葉が出てきた。
「えっ・・・。」
あまりの衝撃で固まる私に、マサルが信じられないよな・・・と呟いた。
今までヤスシの事でいっぱいだった頭の中は、叶社長の事でいっぱいになった。
知らないうちに、頬を涙が伝わって・・・。
2度しか会っていないのに、とても印象深い人だった。
そして、とても情が深い人だった。
——今回のお詫びにおっちゃんレコードたくさん買って、横須賀の店に配ってじゃんじゃん曲かけさせるからよぉ。まかせとけ!!
そう言って、豪快に笑った顔が忘れられない・・・。
「ノリコ・・・そうだよな、俺も信じられないよ。1度しか会ったことないのに、スゲェ忘れられない人で・・・俺のじいちゃんの話もしてくれたし・・・・・・・・あっ、それで、今日はヤスシさん来れないって伝えてくれって・・・ノリコ、ヤスシさんと出かける予定だったのか?」
マサルも目を潤ませグスリと鼻を鳴らすと、伝言の続きを思い出したようで、今度はヤスシとのことを聞いてきた。
いくら相手はマサルとはいっても気恥ずかしく、だから。
「ああ、デビュー曲が『紫陽花ブルース』っていう曲で、紫陽花寺が舞台なんだよ。それで、どう歌うか悩んでいたのを見たヤスシが、じゃあイメージづくりにまだ紫陽花咲いてないけど場所だけでも見ようって、で・・・今日行こうって話になってたんだよ。明日レコーディングだし。」
気持ちの部分は端折って、事実だけを伝えたんだけど。
「えっ?ヤスシさん、その曲聴いたの!?俺、まだ聴いてないよっ!ねぇ、じゃあ、ヤスシさんがいけなくなったんだから、俺一緒にいってあげるよ。紫陽花寺・・・明月院ていうお寺だったよね?」
せっかくマサルが好意で誘ってくれたけど、でも。
紫陽花寺にヤスシ以外と行くのは、違うと思った。
何となく、ヤスシ以外の人と一緒に行って、別の思い出ができるのが嫌だと思った。
昨日、紫陽花寺に行こうと誘ってくれたヤスシの気持ちを、私の中で大切にしたいと思った。
「ごめん、マサル。私、1人で行ってくる・・・今日は、ここまで知らせに来てくれて、ありがとね!」
そう言うと私は、マサルの言葉も聞かずに走り出した。
「悪かったな、今日は随分待ちぼうけ食らわせちまって。」
叔母ちゃんはヤスシから電話があると言っていたけれど。
夜11時頃、ミッチーがヤスシを一緒に連れて帰ってきた。
叶社長を刺した犯人が六本木の出身だったみたいで、ヤスシがミッチーに調べてほしいと頼んだそうだ。
どうやって知ったのか、エミ姉とミッチーが食事をしているところに、ヤスシの親戚の人が事情を話しに来て、すぐにミッチーはバイクにエミ姉を乗せここに戻ると、1人横須賀に向かった。
叶社長は叔母ちゃんと古い知り合いで、叔母ちゃんからもヤスシの力になってやってほしいとミッチーに頼んだこともあり、ミッチーはできる限りのことをすると言っていた。
帰宅したミッチーに話を聞きたいからと叔母ちゃんがエミ姉も一緒に、叔母ちゃんの部屋に連れて行ってしまったので、私はヤスシをダイニングに通した。
「大変だったね・・・あ、お腹すいてないかい?カレーライスならあるけど・・・それとも、何か飲むかい?」
昨日会ったばかりなのに、たった1日でヤスシの顔はげっそりとしていた。
だけど、カレーライスと聞いて、ヤスシの表情が少し明るくなった。
「カレーか・・・いいな。食ってもいいのか?」
「ああ、ちょっと待ってて。あっためればすぐだからさ。その間、麦茶でも飲んでて。」
私は冷蔵庫から麦茶のポットを出しコップに注ぐとヤスシの前において、急いでキッチンに入りカレー鍋に火を点けた。
「・・・うめぇ。考えたら、飯・・・昨日の夜に食ったっきりだ。」
「えっ・・・1日以上たってるよっ。」
「腹・・・減らなかったからな。なんか、もう・・・感情の方でいっぱいでよぉ・・・叶の親父さん・・・俺の目の前で刺されたんだ。」
「・・・・・・そうかい。それは、あんた、ショックだったね。」
「ショック・・・なのか・・・?よく、わかんねぇや。ただ、感情が爆発して・・・刺して腰ぬかしかけてる奴ぶん殴って・・・あと、覚えてねぇけど・・・気が付いたら留置場にいた。」
「留置場・・・。」
「ああ、おめぇに『親を泣かすな』って言われたけどよぉ。留置場の中で、おめぇの言葉思い出して・・・おめぇの歌聞きたくなって・・・会いたかった。」
ヤスシの声がだんだんと震え、最後は絞り出すように『会いたかった』と言ってくれた。
叶社長が亡くなって悲しいはずなのに、その言葉が嬉しくて。
だけど。
「ジョーが、昨日消えた・・・昨日昼間あった時、叶の親父さんとのこと話してて、何かガキの頃みてぇに『親父さん』って呼ぶようになってて、あいつおめぇに謝るとも言ってて・・・いい方に変わったと思って、安心してた。だけどよ、こんなことになっちまって・・・。」
そこまで言うと、ヤスシは残っているカレーをかき込んだ。
そして、麦茶をグイッと飲み干すと。
「ノリコ、俺は・・・おめぇに惚れてる。おめぇは、俺にとって特別だ・・・東に、おめぇのこと聞いて覚悟があるかどうか、聞かれた。おめぇに気持ち伝えるかどうかも、自分に覚悟つけねぇとダメだと思ってた。だけどよ、ジョーをこのままにできねぇんだ。あいつは俺のダチだ。ガキの頃からずっとダチなんだ。そのあいつがっ・・・目の前で、親殺されて・・・たった1人で・・・今いると思ったら・・・。ノリコ・・・俺はおめぇに惚れてるけどよ、今、おめぇとどうこうなれねぇ。待っててくれとも、今、言えねぇ。だからっ・・・歌、頑張ってくれ。歌手になるんだからよ、おめぇの歌どこかで聴けるだろ?おめぇの歌が、今の俺の・・・支えだ。だからっ——」
初めての、キスは・・・カレー味だった。
それも、自分からのキス。
少し、涙の味もした。




