本当の家族になった日
心臓が止まるかと思った。リウも驚いた顔をしている。
ドアのすぐ横。夜の闇の中。宿酒場の壁にもたれかかり、長く美しい金色の髪をしたハーフエルフの女性がいた。
空色の瞳と視線が合う。いつものすまし顔だ。何度見ても飽きないほど綺麗だと思う。
「……」
「……こ、んなところにいたのか。ちょ、ちょうどよかった。えっと、キミを、その、捜しにだな……も、森へ行こうと思っていたところだ」
まだドアさえ閉じていない。中まで会話が丸聞こえだ。
エイメリアは澄んだ声で尋ねる。
「どうして? 何か用でもあった?」
とぼけている。
わかっている。エルフの長耳は、たとえ分厚い鉄の扉の内側で交わされた会話であったとしても聞こえるものなのだから。
「エイメリアこそ、ど、どうしてここに?」
「森に入るための物資が村では補充できなかったから、店主に頼みに戻ってきたら……その、そういう話が聞こえてしまったからよ」
リウがヴァルカンの手を強く握った。
金銀ヘテロクロミアの視線に押され、ヴァルカンは呻く。
「あぁ……あ……。そ、そういう話な。そう。――お、俺は、人間だから、ああ、もう、残りの寿命も少ないし、えっと……」
リウがさらに手に力を込める。
頑張れ、と。
顔面に火が灯る。情けない。四十にもなって。
「……そ、その、長い、これから先、長い人生を生きるであろうエイメリアに……こ、このようなことを……言ってしまって……よいものか……正直わからんのだが……」
「お父さん! ここで引いたらただの雄鶏だよ!」
チキンな。
気づけば宿酒場の音が消えている。どうやら外にエイメリアがいたことを気づかれたようだ。みんなが聞き耳を立てているのがわかる。
恥ずかしい。死にそうだ。
「わ、わかってるっ。――だから、その」
首から上の穴という穴からマグマが溢れてしまいそうだ。
何やらめまいがしてきた。
「お、お、俺と、……所帯とか持つ……か……?」
エイメリアが口を開きかけた瞬間、一瞬先にリウが目を閉じて頭を抱えた。
「言い方が古すぎるよ。お墓に入ろうとか毎朝スープ作ってくれくらい古いよ」
「や、やかましい!」
「その声の方が大きいの、すっごくかっこ悪いよぉ……」
応援したいのか貶めたいのか、もはやわからないリウだった。
だが、おかげで少し冷静になれたように思う。
ヴァルカンが咳払いをする。
「その、つまりだな、キミさえよければなのだが、俺と家庭を持つ気はないかというアレなのだが……も、もちろんエイメリアにも思うところはあるだろうから、断ってくれても構わな――」
エイメリアが細く白い指を広げて、ヴァルカンの言葉を止めた。
そうして、こちらもまた少し緊張した面持ちで――囁く。
「……あなたの残りの人生で、わたしをちゃんと愛してくれますか?」
「お、ああ、それはもちろん。……いいの?」
エイメリアの胸がすうと膨らんだ。
そうして。
「あたりまえでしょう! いったいいつまで待たせるつもりだったの!? 女が好きでもない男のために、何十年も一緒にいるわけがないでしょう!?」
「し、仕事上かと思ってた……」
「バカ……」
互いにうつむいて、笑い合う。
そうしてどちらからともなく手を伸ばす。ヴァルカンは左手でエイメリアの右手を取り、右手をリウに伸ばす。同じくエイメリアは左手をリウへ。
「……あ……」
ふたりの手に引かれるように、リウが両手を差し出した。その手を同時につかむ。
そうしてヴァルカンは言う。
戦場を駆けていた頃よりも、森の闇を彷徨ったときよりも、勇気を出して。
「……俺たちはみんな今日まで他人だった。でも、いまこの瞬間からは、本当の家族だ……」
リウとエイメリアが同時にうなずき、微笑んでくれた。
それがたまらなく嬉しくて、ヴァルカンはふたりを胸の中に掻き抱いた。
宿酒場が揺れるほどに湧いた。歓声と指笛が鳴り響く。
あまりの騒動に、何事かとファーガスがやってきた。若い騎士らから事情を聞いて、呆れながらも肩を叩いて祝ってくれた。
「式はともかく入籍くらいはしているものだと思っていたぞ」
「う……す、すまん。おまえにくらいは、話しておけばよかったな……」
「このバカタレが、謝る相手が違うだろう! ……おめでとう」
「おお、ありがとな」
村中からも人々が押し寄せてきた。
店主は厨房にこもり、村の女性らとともに大量の料理作って並べてくれた。材料は村中からかき集められた。
「わはは、めでたい! なんと今夜の費用は、アンダーウッド、リーベルト両閣下のおごりだ! じゃんじゃん飲んで食ってくれ!」
「さすが団長、太っ腹!」
「いただきます、アンダーウッド閣下!」
村の女性たちがエイメリアに純白のドレスを押しつけ、その手を取って二階の部屋へ連れ込んでいく。
「ほらほら、あなたはこっちよ。そんな戦いに行くみたいな無粋な格好をしていたら、立派な花嫁にはなれないわよ」
「え? え?」
狩人らは歌い、夜に踊る。今宵は魔術ですら、夜空で弾けて照らし出す。
騎士も、民も、狩人も、一緒になって酒を酌み交わした。
「楽しいね、お父さん!」
「うん」
その日、トルキア村では陽気な楽器の音が鳴り響き、朝を迎えるまで華燭の典は続いたのだった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
他にも色々作品を書いておりますので、お手すきのときにでも覗いてやっていただければ幸いです。
また何か新しい作品の方も投稿していくつもりでいますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




