戦場に響く声
大国の暴威をもって近隣諸国に併合求めるガリアナリス帝国。そしてその要求に対する小国ヴァシス王国の抵抗は、混迷を極めていた。
国境線では幾度にもわたって両国の血が流れ、怨嗟の声が渦巻く。
殺意を孕んだ怒声に振り返り、ヴァルカンは馬上で鋼鉄の槍を振るった。しなる槍はガリアナリスの騎士を馬上から吹っ飛ばし、右手の中でくるりと取り回され、前方の騎士を貫いて、勢いのままに突き落とした。
「があぁぁ……!?」
「どうした帝国の騎士ども! その程度かッ!!」
彼は叫ぶ。味方なきひとりの戦場で、己が存在をあえて誇示するためにヘルムを捨てて素顔を晒し、窮地においてなお力強く。
天を突くかのごとく槍を掲げ、朗々と挑発するのだ。
「ヴァシス王国が騎士、ヴァルカン・アンダーウッドはここにいるぞ! この首、取れるものなら取ってみるがいいッ!!」
齢四十に届こうとする男。
だが満ちる生命力が、戦場に朗々と響き渡る声が、それを感じさせない。
だが、そのようなものはただの虚勢だ。
蹄鉄の音はずっと鳴り止まない。
全速力で馬を駆る。馬上でありながら息が切れる。槍が重い。左手だけで手綱を操るのも限界だ。
味方はもういない。
身に纏う鉄さびのような血の臭いに鼻を鳴らしたヴァルカンへと、ガリアナリスの騎兵が躍りかかる。
「くたばれ、アンダーウッドォォ!」
「おお!」
怒声を上げて振り下ろされた剣を槍の石突で側方へと弾き、柄を回転させて強引に薙ぎ払う。落馬をした敵の生死を確かめる暇はない。
「絶対に逃がすな! 回り込め!」
「ヴァシスのアンダーウッドを討てば、特進も賞金も思いのままだ!」
「囲め!」
走る、走る、走る――!
鐙で腹を蹴って馬を駆り、左手の手綱で行き先をこまめに調整し、右手の槍のみで敵の猛攻を捌く。
轟音。火花と血液が花のように散った。
「殺せ!」
包囲網の終わりが見えない。目がかすむ。撤退する騎士団の殿を自ら買って出た十数名の仲間の姿はもう見えない。死んだか、逃げ切ったか。
ゆえに、ただ一騎で駆ける――!
味方を追って撤退するヴァルカンを包囲したまま、ガリアナリスの騎兵らも馬を駆る。進む方向が同一である以上、こればっかりはどうしようもない。敵のただ中で、併走し続けることになる。
死んでたまるか……!
衝撃が背中から胸部へと抜けた。鎧の上から重い打撃を受けたのがわかった。
けたたましく金属が鳴り響き、荒ぶっていた息が詰まった。激痛が走り、視界が明滅する。
「か……っ」
「はっは! どうだ見たかッ!! この俺の一撃がアンダーウッドの野郎を――……」
「馬鹿野郎、油断するな! 相手はあの――」
それでも。
「うおおおおおおっ!!」
「……う、うわッ」
歯を食いしばり、すぐさま槍で背後に迫っていた敵騎士を薙ぎ払った。やつは仰向けに倒れるように落馬し、後追いしてきた味方の騎兵に踏み砕かれる。
呼吸、呼吸を……!
そんな折だ。幻聴が聞こえたのは。
飛び交う怒声、敵の命令、悲鳴。蹄鉄が大地を穿ち、鎧の鳴る。風。……泣き声。
落ちかけていた瞼が開いた。
視界が戻る。
ヴァルカンの意識が引かれたのは、この戦場にもっとも似つかわしくない、赤子のような泣き声だった。
怪訝に思うことで思考を取り戻し、おかげで目が覚めた。
幻聴に違いない。こんなところに赤子がいるはずがない。わかっている。
「……?」
だが、まだ聞こえる。己の頭がおかしくなってしまったのだろうか。
いや、いや。
剣を捌き、刃をかいくぐり、突き出された槍の穂先を跳ね上げる。
「聞こえる……な」
確信した瞬間にはもう、ヴァルカンは左手の手綱を左方へと倒していた。味方の元へ戻ることを諦め、赤子の泣き声のする方へ。
あえて敵の多い方へ。
追い縋っていたガリアナリスの騎士らもまた、ヴァルカンを追って追跡の方向を急激に変えた。
「気をつけろ! アンダーウッドがそっちへ向かったぞ!」
「へ? う、うわ!」
自らの命を投げ捨てたかのような唐突な横撃に、広がりながらヴァシス騎士団を追っていたガリアナリスの帝国騎士らが驚愕する。
その横っ腹へと勢いのまま、ヴァルカンは単騎で突入した。
悲鳴が上がった。騎士らは槍の一振りで馬から跳ね上げられ、落馬し、あとからきた味方に踏み潰される。
誰かが叫んだ。
「う、撃て! 矢でも魔法でも構わん! とにかくやつを仕留めろ!」
矢が飛来する。
また誰かが叫んだ。
「馬鹿野郎! 撃つな! 同士討ちになっちまうだけだ!」
混乱している騎士らの中央を一本の槍のように貫いて、馬は駆ける。
切っ先が頬を掠めた。心の臓を狙った斬撃を、鎧にあたるに任せて跳ね返す。衝撃が鉄板を貫通して走り抜けたが、歯を食いしばって耐えた。
「誰でもいい! その男を止めろ!」
「む、無理だ! く、来る……っ」
槍を頭上で取り回しながら、ヴァルカンは獣のように吼える。
「うおおおおおおっ!!」
「ひ……っ」
敵をかき分け、たたき伏せ、貫いて、刃をかいくぐり、弾き、躱しながら、ただ突き進む。
ひたすら、泣き声のする方へ。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




