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みんなと迎えた新しい一年!

冬休みも折り返しに差しかかった、ある夜のこと。


スマートフォンの画面が明るく灯り、聞き慣れた通知音が立て続けに鳴った。覗き込むと、紬葵ちゃんを筆頭にしたグループトークが、いつもより早い時間から賑わいを見せている。


『ねぇ、みんなで初詣行かない?』


紬葵ちゃんらしい、思い立ったが吉日といった提案だった。続けて、可愛らしいスタンプが立て続けに送られてくる。


『初詣! いいね! 茉子、絶対行きたい!』


『日程さえ合えば、私も構わないけど』


藍ちゃんの冷静な返信のあとに、少し遅れて短い一言が届く。


『……行く』


瑛良ちゃんらしい、飾り気のない返事だった。私は口元を緩めて、キーボードをタップする。


『私も行きたい!』


そこから五人での日程調整が始まった。誰かが候補日を出し、誰かがそれに反応し、誰かが用事を理由に少しだけずらす。他愛のないやり取りが積み重なって、やがて一月上旬のある日に集合することが決まった。


『じゃあ、その日にみんなで集合ね!』


『了解!』


『了解した』


『……分かった』


最後に私が『楽しみにしてるね!』と打ち込むと、紬葵ちゃんから締めくくりのメッセージが届いた。


『それじゃ、みんな良いお年をー!』


画面いっぱいに広がる賑やかなスタンプの群れ。私はその一つひとつに目を通し、来年もまた、この五人で笑い合えることを密かに嬉しく思っていた。



大晦日の夜。


我が家のリビングには、出汁の優しい香りが漂っていた。


「杏奈ちゃん、年越し蕎麦できたよ〜」


湯気の立つ器を運んできたパパが、いつものふわふわとした笑顔で私の前に椀を置く。


「今年も一年、ありがとうね」


エプロン姿のママが、私の隣に腰を下ろし、優しく目を細めた。


「ママも、パパも。今年はいろいろあったけど……すごく楽しい一年だった」


「編入した時は、あんなに緊張してたのにね」


ママが懐かしそうに笑う。


「あの時は本当に、毎日必死だったな~……」


そう答え、私は蕎麦を一口すすった。細い麺と出汁の温かさが、身体の芯までじんわりと染み渡っていく。


窓の外では、遠くの寺から届く除夜の鐘の音が、夜の静けさにゆっくりと溶けていた。一つ、また一つと数えるたびに、今年一年の出来事が、走馬灯のように胸を過ぎっていく。


天ノ川女学院への編入。慣れない日々。少しずつ増えていった、大切な友人たち。そして、まだ自分でもうまく言葉にできない、あの人たちへの気持ち。


(来年は、どんな一年になるんだろう)


除夜の鐘が最後の一つを鳴らし終える頃、私のスマートフォンが、小さく震えた。



日付が変わった瞬間、グループトークが一気に息を吹き返した。


『あけましておめでとう〜!!』


紬葵ちゃんの明るい第一声を皮切りに、次々とメッセージが積み重なっていく。


『明けましておめでとう! 今年もよろしくね』


『あけおめ〜!今年も茉子と仲良くしてね!』


『……あけましておめでとう』


瑛良ちゃんの一言にまで、今年は少しだけ丸みがあるように感じられて、私はつい笑ってしまった。


『みんな、明けましておめでと~~!今年もよろしくね!』


そう打ち込んで送信すると、しばらくの間、賑やかなやり取りが続いた。それも少しずつ落ち着き始めた頃。


画面に、見慣れた名前が新しく表示された。


『天ノ川さら』


『梅沢さん、明けましておめでとう。今年もどうぞよろしくね』


たった数行のメッセージ。それなのに、丁寧に選ばれたであろう言葉の一つひとつから、彼女らしい気品が滲んでいるようだった。私はしばらくその文字を見つめたあと、返事を打ち込む指先に、いつもより少しだけ力がこもるのを感じていた。



約束の日。一月上旬にしては珍しく、雲一つない青空が広がっていた。


待ち合わせの神社は、古くから地元の人々に親しまれてきた由緒ある社だった。長い参道の両脇には、まだ正月飾りが残る店先が並び、甘酒の湯気と、焼き団子の香ばしい匂いが冬の冷えた空気に溶けている。


鳥居の近くに着くと、すでに二つの人影があった。


「うめめー!」


軽やかな声とともに手を振ったのは、紬葵ちゃんだった。


私は言葉を失った。若緑色の地に、小さな椿の花が咲き乱れる振袖。帯には、繊細な金糸の刺繍が施されている。いつものギャルらしい華やかさとはまた違う、しっとりとした大和撫子の美しさが、そこにはあった。


「つ、つむつむ、すごく綺麗……!」


「えへへ、ありがと!実家の反物、使わせてもらったんだ」


紬葵ちゃんは頬を染めてはにかむと、くるりとその場でまわってみせる。着物の裾がふわりと揺れ、椿の花模様が朝日を受けて艶やかに輝いた。


その隣で、静かに佇んでいたのは瑛良ちゃんだった。深い藍色のコートを纏い、いつも通り無駄のない立ち姿で、手にした文庫本を静かに閉じる。


「ごめん、待った?」


「……待ってない。ちょうど今来たところ」


瑛良ちゃんは小さく頷くと、ちらりと紬葵ちゃんへ視線をやった。


「……紬葵、目立ってる」


「え、あっきーってば褒めてる?」


「……悪くない、とは言った」


素っ気ない言葉の中に覗く、確かな肯定。紬葵ちゃんは満足そうに笑った。


しばらくして、藍ちゃんと茉子ちゃんも合流する。


「梅沢さん、みんな。明けましておめでとう」


「梅沢ちゃん!つむつむ!瑛良ちゃん!今年もよろしくねー!」


いつものメンバーが揃うと、それだけで賑やかな空気が生まれる。私たちは連れ立って、参道を歩き始めた。



手水舎で身を清め、長い石段をのぼる。参拝客の列に並んで、私はふと隣を歩く紬葵ちゃんへ目を向けた。


「そういえば、着物での初詣って初めて?」


「ううん、毎年着てるよ。うちの家業だし、これくらいは」


「似合ってるよ!すごく!」


素直な感想を口にすると、紬葵ちゃんは一瞬だけ驚いたように目を丸くし、それからくすぐったそうに目を細めた。


「もう、うめめってば。……ねえ、今年一年、よろしくね」


差し出された小指に、私はそっと自分の小指を絡めた。誰に見られているわけでもないのに、その些細な仕草だけで、心がふっと軽くなる。


「うん。よろしく、つむつむ」


参道を進む足取りが、いつもより少しだけ弾んでいた。


一方、少し先を歩いていた瑛良ちゃんが、ふと足を止めて振り返る。


「杏奈」


「ん?」


「……手、冷たそう」


ぶっきらぼうに呟くと、瑛良ちゃんはコートのポケットから小さな懐炉を取り出し、私の手のひらへそっと押し付けた。


「わ、あったかい……。ありがとう」


「……大したことじゃない」


顔を背けたままの瑛良ちゃんの耳が、寒さのせいだけではなさそうな色に染まっている。私は懐炉を握りしめたまま、その横顔をそっと見つめた。


(瑛良ちゃんって、本当は誰よりも気配り上手なんだよな)


石段を上りきる頃には、懐炉の温もりよりも、胸の内側の方がずっと温かくなっていた。



拝殿での参拝を終え、おみくじを引くか引かないかで盛り上がる、そんな時だった。


「あ……」


茉子ちゃんが、参道の先へ視線を向けたまま声を漏らす。つられて振り返ると、そこには小さな人だかりができていた。


人垣の中心にいたのは、四人の見覚えのある姿。


深紅の華やかな着物姿のさら会長、上品な白藤色の着物を着た海寧先輩、淡い桜色の着物に身を包んださゆり先輩。そして、着物姿の三人とは対照的に、洗練されたロングコートを羽織った紫苑先輩。


すれ違う参拝客たちが、思わず足を止めて見惚れるほどの華やかさだった。


「あら」


先に気づいたさら会長が、優雅に手を振る。


「梅沢さんたちも初詣に?」


「は、はい! ごきげんよう、会長」


「ごきげんよう」


海寧先輩が短く応じ、さゆり先輩が柔らかく微笑む。


「奇遇ね。みんなで来ていたのね」


「やあ、これはこれは。賑やかなところに出くわしたな」


紫苑先輩が芝居がかった仕草で軽く一礼すると、その場の空気が一気に華やいだ。


「せっかくだから、みんなで恋みくじでも引きましょうか」


さら会長の提案に、誰も異を唱える者はいなかった。



授与所に並び、それぞれが恋みくじを引いていく。


薄い和紙を開く音が、次々と重なった。


「フン、大吉、か。悪くない」


海寧先輩が、静かにその文字を見つめる。


『大吉

迷いなく前へ進む者に、天は微笑む。己の心に正直であれば、求める縁は自ずと近づいてくるだろう。これまで押し殺してきた想いこそが、あなたを次の場所へ導く力となる。』


海寧先輩の頬が、ほんのわずかに色づいたのを、私は見逃さなかった。


「あら、私も大吉よ」


さら会長が、嬉しそうにおみくじを掲げる。


『大吉

あなたの周りには、すでに大切な縁が集まっている。その中の一つに、まだ気づいていない特別な絆が眠っているだろう。飾らぬ心で向き合えば、思いがけない幸福が訪れる。』


「ふふ、幸先が良いわね」


会長は意味深に微笑むと、ちらりと私へ視線を送った。


「……中吉」


瑛良ちゃんが淡々と読み上げる。


『中吉

静かに積み重ねてきたものは、いつか必ず誰かの目に留まる。急がず、焦らず。真心はゆっくりと相手に届くものだ。』


「わ、私も中吉!」


紬葵ちゃんが、瑛良ちゃんと自分のおみくじを見比べ、嬉しそうに頬を緩めた。


『中吉

飾らぬ自分をさらけ出す勇気が、良き縁を引き寄せる。二つの顔を持つあなただからこそ、誰かの心にまっすぐ届くだろう。』


「小吉、か。う~ん、まあ悪くはないのかな?」


さゆり先輩が、穏やかな表情のまま呟く。


『小吉

人を思いやる心はあなたの財産。時にはその心を、自分自身にも向けてみよ。』


「ボクも小吉だな」


紫苑先輩が、肩をすくめてみせる。


『小吉

仮面を脱いだ素顔にこそ、誰かを惹きつける魅力が宿る。』


「私も、小吉」


藍ちゃんが小さく息を吐く。


『小吉

真面目さは美徳なれど、時には流れに身を任せることも縁を呼ぶ。』


「え〜、茉子は末吉だー!」


茉子ちゃんが唇を尖らせつつも、すぐに気を取り直したように表情を明るくした。


『末吉

賑やかな心の裏に、ふと寂しさを抱くこともあるだろう。焦らずとも、あなたの明るさに惹かれる者は必ず現れる。』


そして、最後に残ったのは私だった。


薄い和紙をそっと開くと、そこに書かれていた衝撃的な文字に、私は固まった。


「え、きょ、凶……!?そ、そんな~~~~!!」


「あらら」


茉子ちゃんが同情するような声を漏らす。


その下に続く文言を読んだ瞬間、不思議と胸のざわつきは静まっていった。


『凶

迷いの多き道こそ、汝の心を試す試練なり。されど、己の気持ちとちゃんと向き合えば、自ずと良き縁に恵まれるだろう。凶と出ても嘆くことなかれ、これは始まりの合図である。』


「……始まりの合図、か」


小さく声に出して読み上げると、なぜだか少しだけ、勇気が湧いてくるような気がした。


「梅沢さんらしいわね。凶から始まるからこそ、その先が楽しみになる。……そうは思わない?」


会長のその優しいその言葉に、なぜか私は素直に頷くことができた。



賑やかな時間はあっという間に過ぎ、日が傾き始めた頃、それぞれ帰路につくことになった。


「うめめ、また連絡するね!」


「今日はありがとう、瑛良ちゃんも」


「……うん」


紬葵ちゃんと瑛良ちゃん、藍ちゃんと茉子ちゃんが、賑やかに手を振り去っていく。その背中を見送っていると、ふと隣に、さら会長が残っていることに気づいた。


「梅沢さん、少しだけいいかしら」


参道を外れた、人通りの少ない一角。夕暮れの光が、朱色の鳥居を淡く照らしている。


「今年一年、あなたのおかげで、たくさんの『初めて』を知ることができたわ」


会長は、凛とした穏やかな声で続けた。


「プリクラも、クレープの食べ歩きも、他にもあなたと経験した全て……、あなたがいなければ知らなかった」


「そんな、私は何も……」


「ううん」


会長は静かに首を振ると、私の手をそっと取った。


「あなたが隣にいてくれるだけで、私の世界は少しずつ色を変えていくの。……今年も、よろしくね」


夕焼けに染まる横顔は、いつもの余裕に満ちた微笑みの奥に、確かな温かさを滲ませていた。


「はい。……こちらこそ、よろしくお願いします」


私がそう返すと、会長は満足そうに目を細め、軽やかな足取りで参道の向こうへ消えていった。


「梅沢」


「海寧先輩……!」


「同じ方向だろう。帰るか?」


「へへ、私もお声かけしようと思ってました」


海寧先輩はどこか面映ゆそうな様子ながらも、特に気負う様子もなく歩き出す。私は慌ててその隣に並んだ。


夕暮れの参道を抜け、住宅街へと続く道を、二人並んで歩いていく。


「今日は、その……楽しかったな」


海寧先輩がぽつりと呟く。


「みんなで恋みくじを引いたのなんて、初めてだ」


「私もです。海寧先輩の大吉、すごく嬉しそうでしたね」


「……な、何を言っている。気のせいだ、気のせい」


海寧先輩は気まずそうに視線を逸らす。その仕草が、いつもの凛とした佇まいとは違って、なんだか年相応で可愛らしく見えた。


「梅沢の凶みくじも、悪くない結び方だったな」


「え?」


「始まりの合図、というやつだ。お前らしい」


海寧先輩は前を向いたまま、そう続けた。夕陽に照らされたその横顔には、いつもの厳しさとは違う柔らかな色が浮かんでいる。


「あの、海寧先輩」


「なんだ」


「よければ、連絡先……交換してもらえませんか」


思い切ってそう切り出すと、海寧先輩は一瞬だけ足を止めた。


「それは……構わんが」


「なんだか、これまで言うタイミングがなくて」


正直にそう答えると、海寧先輩は小さく息を吐き、それからスマートフォンを取り出した。


「ほら、こっちに向けろ」


差し出された画面には、いつになく丁寧な操作の跡があった。二人分の連絡先が交わる、小さな電子音。


「これで、何かあればすぐに連絡できるな」


海寧先輩の声には、隠しきれない微かな嬉しさが宿っていた。


やがて、私の家の前まで辿り着く。


「送っていただいて、ありがとうございました」


「礼を言われるほどのことでもない」


海寧先輩はそう返したものの、その場をなかなか立ち去ろうとしなかった。


「今年も、色々と世話になると思う。よろしく頼む」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


私が笑顔で答えると海寧先輩はふっと目元を緩め、小さく頷いた。


「では、な」


踵を返すと、夕暮れの道を歩いていく海寧先輩の背中を、私はしばらく見送っていた。


ポケットの中のスマートフォンには、たった今交わしたばかりの新しい連絡先が一つ。


その小さな灯りを握りしめて、私は玄関の扉を開けた。


(今年も、きっと素敵な一年になる)


凶から始まった、この一年の物語が、これからどんな色に染まっていくのか。まだ誰も知らない。


だけど、胸の奥に灯る小さな温かさだけは、確かな予感を私に教えてくれていた。

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