表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/36

それぞれの冬休み【さら編】

※本話は冬休み中の出来事を、キャラクターごとに独立した短編としてお届けします。

冬休み。十二月の冷たい風が、スマートフォンの画面越しに吹き抜けたような気がした。突然通知欄に浮かんだ『天ノ川さら』という文字に、私の心拍数は普段より少しだけ高いリズムを刻む。


『梅沢さん、時間はある?私、プラネタリウムに行ってみたくて。……もしよかったら、付き合ってくれない?』


貸切、という言葉はどこにもない。天ノ川グループの令嬢である彼女が、自らスマートフォンの操作を完結させ、一般の座席を予約したという事実。そのささやかな冒険に彼女の普通への憧れが滲んでいるようで、私は胸の奥をくすぐられるような感覚を覚えた。


『はい。ぜひ、ご一緒させてください!』


短く返信を打ち込み、私は鏡の前で何度か服装を整えた。慎重に服選びをしているせいか、いつもより時間がかかってしまう自分に少しだけ苦笑した。



約束の日の午後。駅の改札前は年末特有の人波でごった返し、息を白く染めた人々が慌ただしく行き交っていた。そんな喧騒の只中にいながらも、会長の姿を見つけるのは驚くほど簡単だった。


学院の制服という鎧を脱ぎ捨て、柔らかな質感のニットとロングスカートにコートを纏った彼女からは、どこか絵画から抜け出してきたかのような華やぎが漂っている。


彼女が私に気づき、人波をかき分けて近づいてくる。その仕草には、生徒会長としての凛とした威厳ではなく、年相応の柔らかさがあった。


「待たせてごめんなさい、梅沢さん。年末だからか、いつも以上に人が多いわね」


私たちは、プラネタリウムへと続く街路を歩き出した。


賑やかな駅前通りには、冬の陽射しがアスファルトを白く照らしている。並んで歩く距離は、お互いの肩が触れるか触れないかの微妙な位置。時折、追い抜いていく通行人を避けるたびに会長が私の袖を小さく掴み、そのたびに私の心臓は跳ねた。何気ない仕草のはずなのに、指先が触れる瞬間だけ、周りの喧騒がすっと遠のいていくような錯覚に陥る。


プラネタリウムのチケット売り場は、家族連れやカップルで長い列を作っていた。私たちはその最後尾に並ぶ。会長は興味深そうに周囲を見渡して、楽しげに目を細めた。


「ねえ、梅沢さん。あの子、きっと今日お誕生日よ。こういう光景って、なんだか不思議な気分ね」


「会長って、人間観察がお好きなんですか?」


「ふふ、こういう場所に身を置くと、自分が何者でもなくなるような感覚がするの。一人だったら、きっとこんな風には思えなかったでしょうけど。梅沢さんと一緒だから、なのかもしれないわね」


彼女はコロコロと笑い、私の腕に自然に体重をかけてくる。人混みで肩がぶつかるたびに彼女が発する「ごめんなさい」という言葉は、謝罪というよりも、私との距離を測るための合図のように聞こえた。そのたびに、私は行き場のない鼓動を抑えるのに必死だった。



ドームの中は、現実から切り離された静寂に満ちていた。照明が徐々に暗転し、頭上に満天の星空が投影される。


場内から小さな感嘆の声が漏れる中、会長がそっと肘掛けに手を伸ばし、ふとした拍子に互いの小指が触れた。


暗闇に包まれたことで、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされていく。触れた指先を引っ込めるべきか迷っているうちに、会長の方から小さく指を絡めるように寄せてきて、私は息を止めた。


「見て、梅沢さん。あれがペルセウス座。隣にあるのがカシオペア座よ。こうして見上げると本当に宝石箱みたいね」


暗闇の中で、彼女の指先が天体図をなぞるように空を泳ぐ。


星々の神話、季節の運行、恒星の誕生。彼女の博識ぶりは聞いていた通りだったが、何よりもその語り口が驚くほど優しかった。


夢中で星を語るその声は、いつもの生徒会長然とした響きとは違って、幼い頃の憧れをそのまま抱きしめているかのように、穏やかに響いた。


星の話を夢中で話す会長の横顔を覗き見ていると、不意に彼女が言葉を切り、こちらを向いた。


「……本当はね、星の話なんてどうでもいいの。こうして、あなたと同じものを見て、同じ空気を吸っていられることの方が、ずっと素敵だと思っているのよ」


不意に放たれたストレートな言葉に、私は呼吸を止めた。暗闇の中で、彼女の瞳が月光を吸い込んだように怪しく、慈しむように光っている。


「なんて。こう言ったら少しは照れてくれるかと思って」


会長は悪戯っぽく口角を上げた。からかっているのだと分かっても、指先に伝わる彼女の体温が、私の理性をじわじわと侵食していく。何が冗談で、何が本気なのか。境界線はとうに曖昧になっていて、私はただ、頬がじわじわと火照っていくのを止められずにいた。


上映が終わるまで、私たちは言葉を交わさなかった。ただ静かに同じ星空を見上げていた。触れたままの小指だけが、暗闇の中でずっと、二人だけの秘密のような温度を分け合っていた。



プラネタリウムを出ると、外はすっかり日が暮れていた。


冬の夜風は冷たく、コートの襟を立てて歩く私の背中を見て、会長が自分のマフラーを解き、彼女はそれを私の首元にふわりと巻きつけた。


「こうすれば、少しは温かいでしょう?」


距離は、先ほどまでよりもずっと近かった。マフラーから香る会長の甘い爽やかな匂いと少しだけ紅潮した頬。私の反応を伺うようにじっとこちらを見つめている。


「……か、会長、近いですよ~!」


声が上擦っているのが、自分でも分かった。


「せっかくのお休みなのだから、梅沢さんもたまには会長なんて呼び方はやめて、名前で呼んでくれたらいいのに」


会長は楽しげに、熱を孕んだ瞳で微笑んだ。私は蠱惑的な会長の魅力にただ、瞳を見つめ返すことしかできない。その視線は、生徒会長という役割を脱ぎ捨てた、一人の女の子の真っ直ぐなものだった。


「フフ、急かすつもりはないの。今日も楽しかったわ。またこうして、お出かけに付き合ってちょうだい」


彼女は最後に一度だけ私の手をきゅっと握ると、「またね」と口元をほころばせて自分の家へと歩き出した。その後ろ姿を見送る私の首元には、彼女のマフラーの残り香と温もりだけが、まだしっかりと気配を留めている。


「さら、……さん」


冬の夜風が、火照った顔を優しく冷やしていく。それでも、頬の熱だけはなかなか引いてくれなかった。


一人になった帰り道、空を見上げれば、先ほどまでドームの中にいたはずのシリウスが、冬の空で静かに、雄弁に輝いていた。


私は借りたままのマフラーに顔を埋めるとその温もりを確かめ、家路につく足取りを少しだけ弾ませた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ