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狼騎士と羊の癒術士 ~精霊と話せる角持ちの少女は精霊女王の末裔でした~  作者: 朝凪夕凪


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1.羊飼いの少女

先行して公開していた短編をもとに、加筆修正して連載開始しました、よろしくお願いします。

既に短編を読んでいただいている方は5話からが続編となります。大まかな流れは変わっていないので、気になる方は短編もぜひご覧下さい。

ガリガリ、ゴリゴリ。素朴(そぼく)なエプロンをつけて台の前に立つ女性の手元から、繰り返し音が聞こえてくる。音につられて近づけば、ふわりと爽やかで、独特な草の香りが広がる。


「おかあさん、なにしてるの?」

 自分の背丈より少し高い台の上を覗き込もうと、小さな女の子は作業を続ける女性の傍で、背伸びをした。


「あなたのお薬を作っているのよ」

「おくすり?」


 意味はわからずとも母の声が自分へ向けられたことに満足したのか、幼い子供の興味はすぐに別のものへと移った。台の上をぐるぐると周り、少女の頭上からひょこりと顔を覗かせたのは、小さな赤い蜥蜴(とかげ)


「あなたもおてつだいしているの?」


 少女は親しい友達に話しかけるように、蜥蜴に手を差し伸べる。蜥蜴はその掌の上に乗ると、少女の問いに応えるように、開いた口から僅かに火を吐き出した。

 吹きかけられた煙とともに少女はくすくすと笑い声をあげ、ふと天井を見上げる。そこには色とりどりの光を放つ精霊たちが、ふわふわと漂いながら、明滅を繰り返している。


「あなたたちも、そうなのね」

 まるで自分たちもここに居ると、そう主張しているかのような動きで少女の周りを飛び交う光は、作業を終えた母親が少女に近づいたことで、緩やかにその場を離れた。


「はい、ルーシャ。口を開けて」


 言われるままに少女が口を開けると、とろりとした黄金色の液体と一緒に、緑と輝く粉末が木の匙に乗せられて、そのまま口の中へと運ばれる。

 舌から感じる青い草の香りと、僅かな苦味、けれどそれを包み込むような蜂蜜の甘さは、きっと母親の愛情だ。

 少女がにっこりと笑うと、女性は腰を屈めて少女の白い髪に手を伸ばし、耳にかける。


「いい? ルーシャ、これからお母さんの言うことをよく聞いてね」


 少女の大きく丸い金の瞳に、普段よりも真剣な顔をした母親の顔が映る。母親はゆっくりと少女の頭を撫でた。そこには、羊のような白いふたつの巻き角が生えている。


「これから毎日、このおくすりを飲むこと。作り方はお母さんが教えてあげる。それから、あなたが精霊や動物──この子たちのような"お友達"とお話できることは、他の誰にも話しちゃだめよ」

「どうして?」


 少女にとってそれは至極(しごく)当然のことだった。周りや世界から見れば、違うということを理解できる歳ではなかった。母親は難しい顔をしながら、少女の目を見る。


「きっと、あなたがもう少し大きくなったらわかるわ」


「約束できる?」と、母親が小指を差し出す。少女は首を傾げながら、頷いた。小さな小指を、暖かな手が包み込む。そうしてゆっくりと、母親は少女を抱きしめた。


「覚えていてね、ルーシャ。あなたのその角も、優しい金の瞳も、お母さんは──」




 嗅ぎなれた草の匂いに包まれて、少女は目を覚ました。懐かしい夢を見ていたような気もするが、寝起きのぼんやりとした頭ではどうにも思い出せない。木窓の外から少女を急かすように、羊の鳴き声が聞こえてくる。


「お水とご飯をあげないと……」


 外はまだ暗く、太陽の昇る前だが、お腹が空いて起きてきた羊たちを待たせる訳にはいかないようだ。ルーシャは眼を擦りながら身を起こし、朝の支度を始めた。


 森の傍にある、古く小さな小屋。17になった少女、ルーシャ・ベルジュはここで一人暮らしていた。数頭の羊の世話をしながら、小屋の周りで薬草を育て、薬を作り、慎ましやかな生活を送っている。

 人気のない場所で隠れ住むような生活をしているのには、もちろん理由がある。


 ルーシャがまだ幼かった頃、母と共に買い出しに出かけた帰り道、ルーシャの持つ角を狙った人攫いからその身を守ろうとして、母が亡くなった。

 その時のことはあまり覚えていないが、気を失ったルーシャは気が付けばこの古い小屋で、旅商人に介抱されていた。以来、仕事のために家を空ける商人から小屋と羊の管理を引き受け、ルーシャは一人で暮らしている。


 この世界には、ルーシャのように人と違った特徴を持つ人間も、多いわけではないが存在する。しかし差別や偏見、金のために利用しようと企む輩なども少なくはない。過去のことがあってから、ルーシャは人の多い街で過ごす気にはなれずにいた。


 ルーシャは軽く身だしなみを整えると水を汲むための桶を抱える。そしてフード付きのマントを深く被って、小屋の外へと向かった。

 いつものように羊たちを囲う柵を開き、水と餌を与える。特別変わったことをしているわけではないが、今日は何故だか羊たちの落ち着きがない。


「どうしたの? そんなにそわそわして……何か気になるものがあるのかしら」


 それはほんの些細な仕草、けれどルーシャは羊たちがしきりに森の方角を気にしていることを感じ取っていた。普段であればこの後は朝食をとって、薬を飲む時間だ。まだ暗い時間の森に立ち入るのには勇気がいる。

 ルーシャは小屋へ引き返そうとして、森の入口へと目を向けた。


 ──痛い


 風がざわざわと木々を揺らした。その微かな音の中から、ルーシャは確かにそんな誰かの声が聞こえた気がして、顔をあげる。当然こんな時間に人里離れた場所を訪れる者はおらず、辺りには誰の気配もない。

 それでもルーシャは小屋の中に道具を片付けると、棚から鞄とランタンを手に取り、森の方角へと歩き出した。

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