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ぜんうさ。  作者: 月白
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31/36

31 追憶


 ピンポーン


 インターホンの音に、雪斗が玄関へ向かう。

扉を開けると――


「おはようございます!」


 息を少し弾ませながら、こはるが立っていた。


「……おはよう、朝からごめんね。」

「全然大丈夫ですよ!今日はお手伝いということで…!」


 そのやり取りを聞いていた母親が、奥から出てくる。


「こはるちゃん、来てくれてありがとう〜」


「いえ、こちらこそお呼びいただいて…!」


「誰かさんが急にパーティなんて決めちゃってねぇ。ちょっと人手が欲しかったのよ」

「任せてください!」

「いや……俺が決めたんじゃ無いんだけど……」


 ニコニコと笑いながら、こはるは母親に続いて家の中へと入っていった。


⸻


 渡されたエプロンを身につけ、準備が始まる。


「雪斗は飾り付けの方お願いね」

「はいはい……」


 雪斗はリビングでツリーや装飾を。


「こはるちゃんは料理を手伝ってね」

「はい!」


 こはると母親はキッチンに立つ。


⸻


「これお願いできる?」

「はい!」


 野菜を洗い、切っていくこはる。

包丁の音が、一定のリズムで響く。


「〜♪」

 嬉しそうに笑う母親と、こはるの共同作業が始まった。


⸻


「……あっ」


 唐揚げを揚げる油の近くで、小さく声が漏れる。


「大丈夫?」

「油が少し跳ねました…あちち、です」

「あらあら、気をつけてね」


 くすっと笑う母親。


⸻


 ぽりぽり……

野菜スティック用に切った人参を一本。

口に咥えて食べている母親。


 さらにもう一本手に取り……


「……あーん」


 こはるの口元に差し出される。


 そのまま手を使わず口で受け取るこはる。


 ぽりぽり。


「……ふふ」


 ぽりぽり。


「……?」


「……やっぱり似てるわね」

「え?」


「ううん、なんでもないわ♪」


⸻


「……あら?」


 冷蔵庫の中を確認していた母親から声が聞こえた。


「どうしました?」

「バターと薄力粉が……多分足りないわね」

「えっ」

「これじゃ……」

「……ケーキが作れませんね……私買ってきましょうか?」

「いいのいいの」


 そう言いながら、リビングの方へ向かう。


「雪斗ー!」

「んー?」

「ちょっと買い出しお願いできる?」

「は?今から?」

「どうせ飾り付けもほぼ終わって暇してるでしょ」


 図星でスマホを見ていた雪斗は何も言い返せなかった。


「……はいはい」


 軽く返事をし、財布とメモを手に取り、外へ出掛けていった。


 玄関の扉が閉まる音。


 家の中が、少しだけ静かになる。


⸻

「………」

「少し休憩しましょうか」


「はい…」


 ソファに並んで座り、ほっと息をつく。

にこにこ顔でこはるを見ている母親。


「どうかしましたか?」

 自分の顔に何かついているのだろうか?

気になったこはるが母親に尋ねる。


「うふっ♪うちに娘がいたら、……こんな感じなのかな、って思っちゃってね」

「っ………‼︎」

 嬉しさと恥ずかしさで顔を赤くするこはる。


「うふふ♪」

「こはるちゃん料理も上手だしね」

「ま、毎日作っているので……」

「え?毎日?」

「はい。私、家に1人しかいないので」

「……え………こはるちゃんひとり暮らし?」

「はい」

「…………」


 一瞬の沈黙。


「そっか………」


 そう言ってこはるに近づく母親。


「……偉いわねぇ」


 優しく、頭に手が乗る。


「……」


 なで、なで。


「ずっと……ひとりで頑張ってきたのね……」


 その言葉に、


 そしてお母さんの匂い。


 それだけで、胸の奥がほどけていった。


 こはるとして過ごしてきた時間が、


 ふと、肯定された気がした。


 一度に受け止めきれない様々な感情に、

気づけば、こはるはぽろぽろと涙がこぼれていた。


「あっ………えっと………」


 手で涙を拭うこはるに、


「あらあら……」


 驚いたように、でも優しく。

そのまま、そっと抱き寄せた。


「……大丈夫よ」


 ゆっくりと、背中を撫でる手。


 その温もりに包まれて――


 こはるは、静かに目を閉じる。


「……あ、そうだ」


 ふと思い出したように、お母さんが立ち上がる。

リビングの一角に腰を下ろし、


「おいで」


 と、膝をポンポンとし、手招きをする。


 その場所を見た瞬間。


 足が、自然と動いた。


 温かい膝の上に、


 気づけば頭を乗せていた。


 くすりと笑うお母さん。


 なで、なで……


(……)


 懐かしい……

言葉にはならない感覚が、


 胸の奥に、静かに広がる。


 こはるはそのまま、


 安心するように、


 一粒の涙を流した後……


 眠りに落ちていった……


「……るちゃん、おやすみ……」


 お母さんは、

ただ優しく、こはるの頭を撫で続けていた。


⸻


 玄関の音。


 ガチャっ


「ただいま」


 袋を抱えた雪斗が戻ってくる。

リビングに足を踏み入れ――


 その光景で、足が止まる。


 母親の膝の上で眠る、こはる。


 その頭を、ゆっくりと撫でる手。


「……何やってるんだよ……」


 思わず、口から出た言葉。


 その瞬間。


⸻


「お母さんただいまー!」


 ランドセルを玄関に放り投げ、走ってリビングに入ってくる幼い子供。


 リビングでは、お母さんと呼ばれた女性が……膝の上に乗せた、小さな身体を優しく撫でている。


「なにやってるんだよ!」


「しーっ……」


「お母さんずるい!僕も――」


⸻


「………きと。」

「雪斗」


 はっと我に帰る雪斗。


「あ、ごめん、なに?」


 小さく首を振る。


「こはるちゃんに……布団取ってきてくれる?」


「あ、ああ」


 背を向ける。


⸻


「……なんだ、今の」


 小さく呟きながら、


 そのままリビングを出た。


⸻


 ゆっくりと頭を下ろし、布団をかけてあげる母親。


「で、何やってたの?」


 雪斗の問いにくすりと笑う母親。


「疲れてたのに……お手伝いなんて悪いことしちゃったわね……」


 そう言って再度、頭を優しく撫でる。


「なんか……懐かしい……」

 ボソッと呟き、ゆっくりと立ち上がった。


「ん?」

 顔を上げて母親を見る。


「最後、準備しちゃおっか」

「ん」


 リビングに飾ってあるはるの写真。

その写真立ての縁を、そっと指で撫でる。

そして、静かに台所へと向かっていった。


⸻

 しばらくして――


「……ん」


 ゆっくりと目を開ける。


 重たいまぶたのまま、

身体の力が、抜けていく。


 肩の力が落ち、

そのまま、身を預ける。


(……)


 安心する。


 そのまま、ぼんやりとした視界の中――


 ふと、視界の端に指先が映った。


(………わたしの………手………?)


「……あ」


 次の瞬間、


 意識が一気に引き戻される。


 バッと身体を起こした。


(私……え?いつのまに……?!)


 再度周りを見渡す。

台所から、母親が姿を現した。


「おはよう、こはるちゃん♪」

 満面の笑みの母親。


「ご、ごめんなさい……!お手伝いの途中で……」

「大丈夫よ。こはるちゃんのおかげで、手間のかかる料理や、下ごしらえは終わってたし」


「でも……」

 しょんぼりするこはる。

それを見て、また微笑む母親。


「こはるちゃんも疲れてたのね」

「じゃ〜最後の仕上げ……手伝ってもらえる?」

「はい!」


 こはるは布団を畳み、母親の後をついていった。


⸻

 夕方


 ピンポーン


「お邪魔しまーす!」


 玄関から、にぎやかな声が響く。


「来たみたいね」


 母親が微笑む。


「はいはーい」


 玄関へと向かう母親。


 賑やかな空気が、部屋に流れ込む。


 その中で、


 さっきまでの静かな時間は、


 何事もなかったかのように、溶けていった。

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