24 継走
照りつける日差し。
グラウンドに響く歓声。
「暑っ……」
「でもなんかテンション上がるよね」
「なんだか少し緊張してきました……」
ざわざわとした空気の中、体育祭の開会式が執り行われた。
⸻
短距離走。
こはるは大きく息を吸いこんだ。
パーン!
音と同時に駆け出す。
「月城さん速っ……!」
クラスメイトたちがざわつく。
「こはると一緒じゃ無くてよかったぁ……」
次に走る渚がスタートラインに立ち、呟く。
軽やかな足取りのまま、一位でゴール。
「さすがこはる!」
「余裕だな」
雪斗と紅葉が応援席から拍手を送った。
⸻
障害物競走。
ロープを潜り、跳び箱を飛んで、平均台を渡っていく種目。
「障害物は負けないよ!」
「望むところです!」
スタートラインでこはると渚が互いに視線を送り、いざスタート。
しかし、開始早々ロープに絡まる渚。
対するこはるは、するりと抜けて行く。
「あ! ちょっ! こはる待て!!」
「嫌ですよ(笑)」
そのやりとりが聞こえていた人たちからは、笑いが起こっていた。
ぶっちぎりで一位のこはる。
渚は三位で落ち込んでいた。
⸻
玉入れ。
「全然入んないんだけど!」
「下手な玉入れ、数撃ちゃ入る」
全然玉を入れられない紅葉と、隣で大量の玉を同時に投げて着々と玉を入れて行く雪斗。
わちゃわちゃとした空気に、応援の声が加熱していった。
⸻
女子ダンス。
音楽に合わせて揃う動き。
普段とは違う空気の中、
「お〜、みんなうまいね」
「あんなに機敏に動く紅葉は新鮮だ(笑)」
「確かに(笑)」
リズムに合わせて手拍子をする男子たちであった。
⸻
男子騎馬戦。
女子の応援で、いつもより燃えている男子達。
「いくぞぉぉぉ!」
「百武突っ込め!」
「ひぃぃぃぃ!!!」
土埃と歓声。
速攻で鉢巻を取られ、敗走してくる百武を騎手とした雪斗と陽向。
「弱っ!」
「いきなり敵陣に突っ込みすぎでしょう!」
「あれは百武くんちょっと可哀想ですね」
男子達の不甲斐なさに、笑うしかなかった。
⸻
そして――
大玉転がし。
「ほっ! よいしょ!」
クラスで息を合わせて押していく。
「右! もっと右!」
「よし! あとは押しまくれー!!」
その時――
「……っ!」
勢い余り、バランスを崩した紅葉が、
そのまま――
大玉の上に乗っかり、
ごろんっ
「紅葉が飛んだ(笑)」
「いや、でもあれ大丈夫!?」
「紅葉さんっ……!!」
競技に参加していないこはる達は、ただ見守ることしかできなかった。
競技に参加していた雪斗が駆け寄り、紅葉に手を差し伸べた。
紅葉も恥ずかしそうにしながらも、すぐ立ち上がった。
その様子に、こはる達はほっと息をついた。
⸻
木陰。
「大丈夫ですか……?」
こはるが声をかける。
「うん……大したことない」
そう言いながらも、足をさする紅葉。
「転がった時よりも、転がる前に、ちょっとだけ足を挫いたかも」
「えっ……」
そんな足をさする紅葉を見ていた雪斗達。
「氷貰ってくる?」
「そこまでは大丈夫だと思う」
「でも午後イチは二人三脚でしょ?」
「う………」
顔を曇らせる紅葉。
「一人で走る分なら最悪何とかなるけど、二人三脚は少し怖いかも……」
「……」
全員の顔が少し暗くなったが、すぐに紅葉は顔を上げた。
「……雪斗」
「ん?」
「雪斗は私と同じだから、二種目しか参加してないもんね」
「そだね」
「私の代わりに……二人三脚お願いできる?」
「………」
ほんの一瞬だけ、こはるに視線を向ける。
「あぁ、いいよ」
あっさりと頷く雪斗。
「私がこはると出て、陽向と雪斗のペアに変える?」
「いや、陽向達は練習してきてるし、そのままの方がいいでしょ」
ゆっくりと立ち上がる紅葉。
「ちょっとその事先生に報告してくるね」
そう言いながら、先生の待つテントの方へ歩いていった。
「……少しだけでも練習しましょう」
「そうしようか」
⸻
軽く昼食を済ませた二人。
人の少ない場所で、紐を結ぶ。
「……いきますよ?」
「おう」
「まずは足踏みから……」
「いち、に」
二歩目――
少しだけタイミングがズレる。
「……あ」
「悪い」
肩を組み、距離を近づける。
ドキッ
「も、もう一回」
「いち、に」
ぴたり、と揃う。
(……あれ?)
「いけそうだね」
「……はい」
すぐにタイミングが合った。
「今度は少し走ってみましょう」
「了解」
走ってみる。
思っていたよりも、ずっと自然に進めた。
「もう練習してるの?! ほら、ちゃんと食べな!」
二人の元に来た渚が、バランス携行食を二人の口に放り込む。
「ちょっ」
「んっ!?」
「ちゃんと食べなきゃ午後持たないよ〜、補給補給!」
「ありがとうございます……!」
「パサパサする………」
「あはは〜(笑)」
そのまま時間ギリギリまで練習をし、本番を迎えることになった。
⸻
二人三脚が始まった。
これで何走目になるのだろう。
足を結び、スタートラインに立つと、こはるは大きく深呼吸をした。
(……ドキドキする)
非日常的な空間で気持ちが昂っているからなのか、
急にペアが変わり緊張しているのか、
それとも……
すぅ〜…………
こはるは目を閉じ、気持ちを落ち着かせようとしていた。
「大丈夫」
隣の雪斗がまっすぐ前を向いたまま、こはるに話しかける。
「いつも通り、楽しんでいこう」
一度だけ、大きく跳ね上がった心臓は、次の瞬間にはいつも通り、落ち着きを取り戻していた。
「……はいっ!」
「よーい、スタート!」
「いち、に!」
最初は少しだけぎこちない。
でも……すぐに――揃う。
(……あれ)
こはるは気づく。
自分が思っているより、少し速いペースで走っていることに……
それでも……
隣の足は、乱れない。
まっすぐ前を向いた雪斗が、何も言わず合わせてくれているのがわかった。
「こはる達はやっ!」
「やりますなぁ、こりゃ俺たちも負けてられないね!」
先に走っているこはる達を、後ろから眺めている渚と陽向。
そのまま――あっという間にゴール。
「一位は三組です!」
わぁー!!!!
歓声が上がる。
⸻
「……はぁ……はぁ……」
息を吐くこはる。
「やっぱりこはる速いね、合わせるの大変だったよ(笑)」
雪斗が軽く言う。
「……はぁ……はぁ……」
こはるは、少しだけ視線を落とす。
隣にいた時間。
揃っていた足。
(……なんか)
言葉にならない感覚が、胸に残る。
顔を上げると……
「……っ、ありがとうございました!」
満面の笑み。
雪斗はつい……
「……次、陽向達だよね」
視線と話題を逸らしたのであった。
⸻
保健室から戻り、そんな様子を応援席で見ていた紅葉。
「……」
小さく笑った。
「息ぴったりじゃん」
⸻
ちなみに陽向と渚はと言うと……
最初は渚が顔を赤くして、少しぎこちない様子であったのだが……
スタート直前に陽向が渚の肩を強く抱き寄せた瞬間、渚も吹っ切れたのか……
真っ赤な顔のまま爆走。
余裕の一位でゴールしていた。
⸻
⸻
⸻
「次は、最終種目。クラス対抗リレーとなります!」
アナウンスが響く。
空気が、変わる。
クラス全体の緊張が高まるのを肌で感じた。
「今のところはいい感じで来てるから、ここで一位を取って! クラス優勝を目指すぞ!」
担任が声を上げ、拳を前に突き出した。
その声を聞いたクラスメイト達は、一斉にそれに答える。
「「おーー!!!」」
⸻
(なんか緊張してきた……)
そう思いながらリレーの順番に並ぶと、後ろには紅葉が。
「紅葉さん、足は大丈夫ですか?」
「二人三脚はタイミングズレると怖いけど、まっすぐ走るだけなら大丈夫」
そう言いながら、痛めたであろう足をプラプラ動かしてみせた。
「無理はしないでくださいね!」
そう言って、こはるも自分の足首をくるくる回す。
今まで走りすぎたのか……
ふくらはぎが少し張っている気がした。
その場で屈伸をしてほぐすこはる。
「お、やる気満々だねぇ〜頑張ろうね!」
紅葉の後ろにいた渚が、こはるに声をかけた。
「目指せ、優勝ですね!!」
そして……
クラス対抗リレーが始まった。
⸻
パァーン!!
スターターの音が鳴り響き、一斉にスタート。
最終種目ともあり、盛り上がりも最高潮である。
「いけるいける!! がんばれ!」
「うぉー!!! ぬけぇーー!!!」
「頑張れー!」
「キャーかっこいい!!」
レースも順調に進み、終盤戦へ。
「月城さん!」
差し出されるバトン。
「はい!」
受け取る。
ぎゅっと、バトンを握り……
そのまま――前へ。
走りは順調。
四位から三位、
そして二位へと順位を上げるこはる。
「月城さん頑張れー!」
「いけー!」
(いけるっ!)
一位まであと少しのところ………
カクン……
(……あれ)
急に減速する。
(……なんで)
ふくらはぎが痛い。
力が入らない。
積み重なった疲れ。
気づかないまま、限界が近づいていた。
(……くっ)
歯を食いしばるこはる……
しかし……
スピードがどんどん落ちる。
次から次へと抜かれ、順位も三位、四位へ……
(……だめっ……)
足がもつれ、膝をつきそうになった――その時。
「こはる!」
声が届く。
(……雪斗くん)
前にいる。
手を伸ばしている。
(……ちゃんと………)
(……届けないと!!)
もう一度だけ足を踏み締める。
足がもつれる。
体が崩れる。
それでも――
最後の一歩で、前へ踏み出す。
こはるは跳んだ。
「……っ!」
まっすぐ雪斗の顔を見るこはる。
触れる。
パシッ
こはるはそのまま、倒れこんだ。
「いっ……!」
そのまま倒れ込み、周りの人に抱えられるこはる。
ほんの一瞬振り返り、受け取ったバトンを力強く握り直す。
「……受け取ったよ」
前を見て。
踏み出し、どんどん加速していく雪斗。
クラスメイトがざわつく。
「朝倉くん速っ!?」
「え、なにあれ!?」
「あんなに速く走れたのか(笑)」
後ろから雪斗を見る陽向。
「珍しい。本気だあいつ……」
「ね。雪斗って、こういう時だけずるいよね」
「普段全然やる気出さないくせにな」
二人でそっと笑った。
⸻
次々と抜いていき、二位でバトンをわたす。
「成瀬!」
「無理!」
雪斗から紅葉へ。
少しぎこちない。
足を庇いながら走る紅葉。
雪斗が作ったリードのおかげ。
抜かれたものの、四位でバトンを繋ぐ。
「もう限界……!」
「任せなさい!」
陽向へ。
(あんなに熱くなってる雪斗ちゃんを見せられたからには、俺も頑張らないとなっ!!)
全速力。
一位〜三位はほぼ横並び。
抜ききれなかった事が、少し悔しかったのだろう。
珍しく真顔で叫んだ。
「渚! ラスト頼んだぞ!」
陽向から渚へつながるバトン。
「こはるにばっかりいい格好させてたまるかぁ!!」
ずっと脚に自信があった渚。
だから、アンカーは自分で志願した。
普通に走ったらこはるには勝てない……
でも……
「根性だけは負けられないんだぁぁぁぁぁ」
「いけえええ!!」
「いけ!」
「お願い!」
「………!」
ゴール。
⸻
「一位は…………三年二組!」
わぁーーー!!!!
歓声。
⸻
「二位は二年四組です!!」
小さな歓声。
「………っ‼︎」
こはるは顔を上げられなかった。
「……ごめんなさいっ!」
目に涙が溜まって行く。
「は?」
「なんで謝るの? 月城さん速かったよ!」
「むしろ最後のジャンプ普通にすごかったよね」
「ほんとほんと!」
「……」
言葉が出ない。
「……十分頑張ったって」
雪斗の声。
「ちゃんと届いたし」
「……はい……」
小さく、頷く。
「くそぉぉぉぉぉぉ!! あと少しだったのにぃぃぃ!! みんなごめぇぇぇぇぇぇん!!!!」
奥で渚が叫んでいた。
「まぁ、みんな頑張ったよ。俺もあと少しで抜けたのに! くそぉ!!」
陽向が笑いながら歩いていった。
「ほら、閉会式だからいこ」
紅葉がこはるの手を取る。
「はい……」
⸻
閉会式が始まった。
いつもならこういう集会を、
(長いなぁ……)
と思いながら聴いているこはるも、今に限っては何の言葉も耳に入っていなかった。
(私が最後まで走れていたら……きっと……)
そんな言葉ばかりが、頭の中をぐるぐる回っている。
「結果発表です!」
「総合優勝は――」
「二年四組です!」
「うおおおお!!」
歓声が弾ける。
みんながこはるの元に集まっていた。
「月城さんやったよ!」
「え?!」
「月城さんのおかげだよ! 個人種目全部一位取ってたもんね!」
「………!?」
「こはるぅぅぅ!! やったよぉぉぉぉ!」
渚がこはるに抱きつく。
こはるは驚き、周りを見渡す。
みんなが本当に嬉しそうに笑っていた。
さっきまでの悔しさが、
徐々にほどけていく。
そして――
「……」
視線を横に向ける。
雪斗が、何でもない顔で立っていた。
小さく、呟く。
(……ありがとうございます)
風が、頬を撫でる。
夏の終わりの空が、少しだけ高く見えた。




