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君が信じた偽りの愛、僕が暴く真実の罪 ~ログは全てを記憶している~  作者: ledled


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第五話 断罪のプレゼンテーション

『ざまあみろ、エリート気取りが』


機械的に加工された音声が、静寂に包まれた大講義室に不気味に響き渡る。

数百人の学生たちが息を呑み、壇上の佐伯巧を見つめる。そして、ゆっくりと視線が移動し、会場の後方に立つ俺、木島蓮に集まった。

スポットライトは当たっていない。だが、俺が発する静かな怒りのオーラは、照明よりも鮮烈に俺の存在を浮かび上がらせていた。


「き、木島……!? なんでお前がここに!」


佐伯がマイクを持ったまま、裏返った声で叫ぶ。その表情は、つい数秒前までの自信に満ちた笑顔から一転、引きつった恐怖の色に染まっていた。

俺は答えない。代わりに、手元のスマホを操作して次のスライドを送る。


スクリーンに映し出されたのは、MINEのチャットログだった。


佐伯『おい、例の画像の加工、まだかよ。もっとリアルにしろ。影の角度とか気をつけろって言ったろ』

佐伯『あいつが幸せそうな顔してる時に突き落とすのが一番面白いんだよ』


そのログが表示された瞬間、会場から悲鳴のようなざわめきが起こった。


「え、これ……佐伯先輩のアカウント?」

「画像の加工って……木島の浮気写真のこと?」

「突き落とすって……ヤバくない?」


俺はゆっくりと通路を歩き始めた。一歩一歩、壇上に向かって。

カツ、カツ、カツ。

革靴の音が、佐伯への死刑執行のカウントダウンのように響く。


「な、なんだこれ! 捏造だ! こいつはハッカーだぞ! 俺を陥れるために作ったんだ!」


佐伯が必死に叫ぶ。顔を真っ赤にして、身振り手振りで否定する。

だが、俺は冷静にマイクを手に取った。演台のマイクではない。自前のワイヤレスマイクだ。以前のイベントで使った周波数をそのまま利用させてもらった。


「捏造? 残念ながら、これは全てサークルの共有クラウドにあったバックアップデータだ。パスワードは『yuna_love_money』。お前が自分で設定したパスワードだよな?」


俺の声がスピーカーを通して会場全体に響く。

佐伯が息を呑む。

図星だ。そのパスワードを知っているのは、自分だけのはずだったからだ。


「さ、佐伯くん……これ、どういうこと?」


震える声がした。

佐伯の隣に座っていた一ノ瀬由奈が立ち上がり、青ざめた顔で佐伯を見つめている。

スクリーンには、佐伯が由奈を騙すために送ったメッセージも表示されている。


『忙しいって嘘ついて、他の女と会ってるのかもよ?』


それは、佐伯が仕組んだマッチポンプの証拠だった。


「ち、違うんだ由奈ちゃん! これは木島が勝手に作ったんだ! 信じるな!」

「でも……このアイコン、巧くんのサブ垢だよね? 私にもこのアイコンからDM送ってきたことあるじゃん……」


由奈の声が震える。

彼女の中で、信じていた世界が音を立てて崩れていく。

俺はさらに追い打ちをかけるように、次のスライドを表示させた。


『佐伯巧 女性関係相関図(&被害者リスト)』


そこには、サークル内の女子メンバー数名、他大学の学生、そして由奈の写真が並べられていた。

それぞれに、佐伯が彼女たちに送った「口説き文句」と「裏での悪口」が対比するように記載されている。


対:A子『君が一番だよ。由奈なんてただの遊びだから』

対:由奈『A子しつこくてさー。マジでメンヘラ。はやく別れたい』

対:裏垢『同時進行5人w スケジュール管理がマジでパズルゲーなんだけどw』


「きゃああああ!」


客席にいた女子学生の一人が悲鳴を上げて泣き出した。A子だ。

彼女もまた、佐伯に「本命」だと言われて騙されていた一人だったのだ。

会場はパニック状態に陥った。


「最低……」

「嘘でしょ、佐伯先輩……」

「私も遊ばれてたってこと……?」


怒りと軽蔑の矛先が、一斉に佐伯に向かう。

佐伯は後ずさり、演台にしがみつくようにして立っていた。

脂汗が滝のように流れ落ち、視線が泳いでいる。


「ま、待て……誤解だ! みんな落ち着いてくれ! これは木島の陰謀だ! あいつは犯罪者なんだぞ!」


まだ言うか。

俺はため息をつき、最後にして最大の爆弾を投下した。


「じゃあ、これはどう説明する?」


スクリーンに映し出されたのは、動画だった。

場所はサークルの部室。

佐伯が、数人の取り巻きたちに指示を出している映像だ。

部室に設置されていた防犯カメラの映像ではない。彼ら自身が「記念」として撮影し、YourTubeの限定公開リンクにアップしていた動画だ。


『これで木島は終わりっしょ』

『内定取り消し確定だなw』

『ざまぁw あいつの真面目ぶった面、マジでムカついてたんだよ』

『由奈ちゃんも俺のモノになったし、完璧なシナリオだろ?』


動画の中の佐伯は、下品に笑いながら、由奈との情事についても自慢げに語っていた。

その内容は、あまりに生々しく、聞くに堪えないものだった。

会場の空気が凍りついた。

ドン引き、という言葉では表現できない。

純粋な嫌悪感が、数百人の人間から発せられ、佐伯を押しつぶそうとしていた。


動画が終わると、俺は佐伯の目の前まで歩み寄った。

距離にして数メートル。

壇上の彼を見上げ、マイクを使わずに言った。


「これが、お前の言う『クリーン』で『ホワイト』なサークルの実態か?」


佐伯は何も言えなかった。

口をパクパクと動かし、何かを言い訳しようとするが、声にならない。

事実という圧倒的な質量の前に、彼の薄っぺらい嘘は跡形もなく粉砕されたのだ。


「木島……お前……」


佐伯が憎しみの籠もった目で俺を睨む。

だが、その目には以前のような余裕はない。あるのは、追い詰められた鼠のような怯えだけだ。


「ふざけるな……! なんでお前なんかが……!」


佐伯が逆上し、俺に殴りかかろうとした。

だが、その拳が届くことはなかった。

舞台袖から現れた大学の警備員たちが、佐伯を取り押さえたからだ。


「離せ! 俺は悪くない! 全部こいつのせいだ!」

「暴れるな! 事務室まで来てもらうぞ!」


暴れる佐伯。

その無様な姿を、会場中の学生たちがスマホで撮影している。

皮肉なものだ。

彼が俺を陥れるために使った「拡散」という武器が、今度は彼自身に向けられているのだ。

数分後には、この動画はネット中に拡散され、彼の悪名はデジタルタトゥーとして永遠に刻まれるだろう。


連行されていく佐伯を見送り、俺は由奈の方を向いた。

彼女は床に座り込み、虚ろな目でスクリーンを見つめていた。

そこにはまだ、佐伯の裏切りを示すチャットログが表示されている。


「……由奈」


俺が名前を呼ぶと、彼女はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「蓮……私……」


彼女は何かを言おうとして、言葉を詰まらせた。

何を言えばいいのか分からないのだろう。

「ごめんなさい」? 「知らなかった」? 「騙されてた」?

どんな言葉も、今の状況では空虚な言い訳にしか聞こえない。


「……信じてくれとは言った。でも、お前は信じなかった。それが全てだ」


俺の声は冷たかった。自分でも驚くほどに。

かつては愛おしいと思っていた彼女の涙を見ても、胸が痛むことはなかった。

あるのは、壊れてしまった機械を見るような、乾いた哀れみだけだった。


「蓮、待って! 私、戻るから! 巧くんとは別れる! だから……!」


由奈が俺の足元にすがりつこうとした。

俺は一歩下がって、それを避けた。

彼女の手が空を切り、床に落ちる。


「戻る? どこに?」

「え……?」

「俺たちの関係は、あの日、お前が俺の連絡を無視して佐伯のところへ行った時点で終わってるんだ。バックアップなんて取ってない。復元不可能なんだよ」


俺は淡々と告げた。

エンジニアとしての言葉選びが、彼女には残酷な宣告として響いたはずだ。

由奈は絶望的な表情で俺を見上げ、そして力なく崩れ落ちた。

彼女もまた、自分が犯した罪の重さと、失ったものの大きさを理解したのだろう。


会場からは、由奈に対しても冷ややかな視線が向けられていた。


「被害者面してるけど、結局浮気したんでしょ?」

「彼氏が一番辛い時に裏切ったとか、ありえない」

「自業自得だよね」


同情の声はない。

彼女が一番恐れていた「孤立」が、今まさに彼女を包み込もうとしていた。

だが、俺にはもう関係のないことだ。


俺は壇上を降り、出口へと向かった。

会場の後ろで、星野舞が待っているはずだ。

すれ違う学生たちが、道を開ける。

その視線は、以前のような軽蔑ではなく、畏怖と、ある種の尊敬を含んだものに変わっていた。


「すげえ……一人で全部暴いたのか」

「かっけえ……」

「木島、マジでやってなかったんだな」


俺は何も答えず、ただ前を見て歩いた。

名誉は回復された。

だが、失われた時間は戻らない。傷ついた心も、元通りにはならない。

それでも、俺はこの足で歩いていかなければならない。

真実という重い荷物を背負って。


扉を開けると、そこには舞がいた。

彼女は壁に寄りかかり、タブレットを操作していたが、俺を見ると小さく微笑んだ。


「お疲れ様。完璧なプレゼンだったよ」

「……ああ。星野さんのおかげだ」

「私はバックエンドで支えただけ。フロントエンドで戦ったのは木島くんだよ」


舞はタブレットを俺に見せた。

そこには、Twotterのトレンド画面が表示されていた。

『#佐伯巧 #テニスサークル #冤罪 #木島蓮』

トレンドが一気に入れ替わっている。

ネット上の世論は、掌を返したように俺を擁護し、佐伯を叩き始めていた。


「これで、内定の方もなんとかなるかな」

「プログレス・ゲートの人事には、さっき匿名で証拠データを一式送っておいたよ。ついでに、今回の騒動の経緯をまとめたレポートもね」


舞が悪戯っぽくウインクする。


「えっ、いつの間に?」

「プレゼンの最中に。仕事は早いほうがいいでしょ?」


俺は呆気にとられ、そして思わず吹き出した。

久しぶりに笑った気がする。

心の底に溜まっていた黒い澱が、少しだけ晴れたような気がした。


「ありがとう。本当に」

「どういたしまして。……さて、行こうか。今日は美味しいコーヒーでも飲みたい気分」

「ああ、おごるよ。一番高いやつを」


俺たちは並んで歩き出した。

背後ではまだ、会場のざわめきが続いている。

だが、その喧騒はもう、遠い世界の出来事のように感じられた。


空を見上げると、青空に飛行機雲が一筋、真っ直ぐに伸びていた。

それはまるで、俺の新しい人生のスタートラインのように見えた。

バグだらけだった過去のコードを修正し、新たなプログラムを走らせる時が来たのだ。


だが、物語はこれで終わりではない。

システムのリブート(再起動)には、まだ処理しなければならないプロセスが残っている。

佐伯、由奈、そしていじめに加担した者たちへの、社会的な「後処理」だ。

因果応報というアルゴリズムは、まだ実行中なのだから。


     * * *


数日後。

俺のもとに、プログレス・ゲート人事部から再び連絡が入った。

恐る恐る電話に出ると、相沢さんの声は、以前とは打って変わって明るく、そして申し訳無さそうな響きを含んでいた。


『木島さん、この度は大変なご心労をおかけしました。送っていただいた資料と、大学側からの報告を受け、社内で緊急会議を行いました』

「は、はい……」

『結論から申し上げます。内定保留は解除します。いえ、それどころか、木島さんの高い情報収集能力と解析技術、そして逆境においても論理的に対処した姿勢を、当社は高く評価いたしました』


評価。

その言葉に、胸が熱くなる。

俺の戦いは、無駄ではなかった。エンジニアとしての矜持を守り抜いたことが、最大の評価に繋がったのだ。


『入社前から伝説を作りましたね、木島さん。春から一緒に働けるのを、社員一同楽しみにしています』

「……ありがとうございます! 精一杯、頑張ります!」


通話を終え、俺はガッツポーズをした。

部屋の窓を開けると、春の匂いがする風が入ってきた。

冬の終わり。そして、新しい季節の始まり。


その頃、大学では激震が続いていた。

佐伯巧は退学処分が決まった。

それだけでなく、被害者の女性たちから集団訴訟を起こされる動きもあり、警察の捜査も始まっているという。

実家の親も激怒し、勘当されたという噂だ。

彼は大学という小さな王国を追われ、社会という荒野に裸で放り出されたのだ。


そして、一ノ瀬由奈。

彼女は大学に来なくなっていた。

休学届が出されたらしい。精神的に不安定になり、実家で療養しているという。

SNSのアカウントは全て削除され、連絡を取る手段はない。

風の噂では、対人恐怖症になり、部屋から出られない状態だとか。


いじめに加担していたサークルメンバーたちも無傷では済まなかった。

ネット上の「特定班」により、彼らの名前や就職先が暴かれ、多くの企業に「あんな学生を採用するのか」という抗議電話が殺到した。

結果、複数の学生が内定取り消しや辞退に追い込まれたという。


因果応報。

自分の吐いた唾は、必ず自分に降りかかる。

デジタル社会において、その速度と威力は増幅される。

彼らは身を持ってそのルールを知ることになったのだ。


俺はPCを閉じ、立ち上がった。

今日は舞と約束がある。

彼女が興味を持っていた新しいセキュリティ技術の展示会に行くのだ。

待ち合わせ場所に向かう足取りは軽い。

過去は消えない。傷跡も残るだろう。

だが、俺はもう一人ではない。

信頼できるパートナーと共に、未来へのコードを書き続けることができる。


「お待たせ、木島くん」


駅前の広場で、舞が手を振っている。

今日の彼女は、いつものパーカーではなく、少しお洒落なニットを着ていた。

眼鏡の奥の瞳が、優しく笑っている。


「いや、今来たとこ。行こうか」

「うん」


俺たちは並んで歩き出す。

その距離は、以前よりも少しだけ近い気がした。

これが「恋」なのか、それとも「戦友」としての信頼なのか、まだ定義は定まっていない。

だが、焦る必要はない。

ゆっくりと、バグのない関係を築いていけばいい。


俺たちの物語は、ここから「Reboot(再起動)」する。

ログは全てを記憶している。

だからこそ、これからは誇れるログだけを積み重ねていこう。

そう誓いながら、俺は舞と共に、光の射す方へと歩いていった。

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