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空の玉座と美しの狂王  作者:
第一部 人魚
12/28

血脈4

よろしくお願いします。

 剣に見立てた木の棒を、カルブが裂帛の気合いを込めて降り下ろす。

 四十路の男としては十分な速さ、勢いだ。

 しかし銀髪の若者は、斜め前に一歩すれ違うように踏み出しただけでこれを避けきる。武器は持たず、カルブの足を刈りながら肩を押す。それだけで大の男が宙を舞った。

 背中を打ち砂まみれになったカルブはぐっと呻く。

 この数日の成果がどこかにあったとしたら、辛うじて舌を噛まなかったという点だろうか。追撃するには十分な時間だったけれど、若者はつまらなそうに肩をすくめる。

「続けんの? 今なら殺せそうだけど」

 カルブが、ではなく、を。もちろん逆転の目などまったくないことを知っているカルブは手をかざして待ったをかける。

「え、遠慮するよ」

「あっそ」

 明後日の方向を見ながらこの一言。

 初日のビルニークであれば、真面目にやれよ、と怒鳴っているところだが、直後に目を抉られかけたのはさすがに衝撃だったらしい。しかめっ面ながら、黙って二人を見比べている。

 「虹の羽衣」では楽士兼荒事担当を自負する四人の男たちにとって、片手間に転がされている現状はなかなか素直に受け入れにくいものがあった。

 踊り子らは今日も赤毛の女に舞を習っている。

 その何倍も熱心に……いや、彼女たちが遊んでいると言うつもりは無論ないが、もっと強い危機感を持って、男たちは銀髪の若者と向かい合っているのだった。

 正しくは、向かい合ってもらおうとしている。

 この調子では同じ土俵に立てるのはいつになるか知れないが、男たちは真剣である。

 王都フリーヤが近づくにつれ、ネスルがこの手合わせに参加する数は減ってしまったが、彼の分まで、と、何かと愚痴の多いビルニークさえ懲りずに木剣を振っていた。

「いや、本当に強いな。それに速い。やっぱりあの山脈で生活してると、その辺は鍛えられるものなのかい?」

 カルブは肩で息をしつつ笑ってみせる。歳上のちょっとした意地というやつだ。

「まあな」

「君は、上れる奴ってわけだ」

 若者は器用に右の眉をあげてみせる。

「あの杭か? 上れるぜ。コドクの兄よか随分遅いんで、威張れたもんじゃねえけど」

 コドク、とドッブがつぶやく。

 やる気のあるなしはこの際脇に置いておくとして、付き合いのよい弟とはまるで逆。ぐうたらを絵に描いたような男だ、と一座の男衆の見解は一致している。

 よくまあ毎日毎日飽きもせず、だらだらぐだぐだ座っていられるものだ。街中であろうが道端で野宿する時であろうが、コドクはとにかく働かない。あの見事な剣舞は幻だったのかと疑うくらい、動かないのだ。美しい兄弟の中にあっても、格別に鋭い、刃のような危うい魅力を放つ男なのに、もったいないことこの上ない。「その気だるさが堪らない」と力説する女たちの気が知れなかった。

 まあ、この辺の感情はもちろん若者に筒抜けで、彼はにやりと唇を歪める。

「あんたらがそのお粗末な剣なんか向けたって、兄は殺る気になりゃしねえよ。あの人はその辺、徹底してる」

「そりゃあどういう意味だい?」

「遊びじゃねえってことだよ。やるなら、きっちり、殺す。それが信条っつーか、基本だ。うちじゃあな。手加減なんてのは屑のすることだ。俺の柄でもねえ。ほんとはな」

 物騒な信条である。

 カルブの笑顔がひきつる。

「この間は、剣を抜こうとしても和やかに話をしてもらえたと思うんだが……」

「へえ。運がよかったんだな」

 さらりとした答えだった。一歩間違えば死んでいたのだという事実に、今更ながら背筋が凍る。思い出してみれば「殺すか?」という声だってあったのだ。妙に朗らかだったからちょっとした脅しくらいにしか思っていなかったのだが、とんでもない。

「いやはや、覚えてもらっていて助かったよ」

「覚えて?」

「ああ。俺は昔、もう二十年近く経つのかな。君たちの集落に行ったことがあるんだよ。おかげで何とか、この間も近くまで行けたんだけどね」

 カルブの声に苦いものが混じった。あまりよい思い出ではないのだ。ネスルが父を亡くしたように、カルブもまた親族をまるごと喪った。狂乱の王の戯れであるとも、これに乗じた陰謀であるとも囁かれた、大虐殺である。真相は未だ明らかでない。カルブの家は、決して大きくはないが古い、さる一門の末端で、「事」があれば山脈へ走れ、と口伝を繋いできた。肝心の「事」が意味するものは知らぬ。わざと遺さなかったのではないか、と父は言っていた。

 それで、何かしらの救いを求めて、若い日のカルブは神山を目指したのだった。

 あの時は特に何かを見つけることもできず、集落でも喉を潤すだけで泊まることさえしなかった。己一人が生き延び何になるものかと絶望しながら、それでもこの年まで来たのは、逃がしてくれた父母や兄らの想いを無下にすることができなかったからだ。

 失意のなかネスルと出会い、長く狂気に満ちた災いの雨後、「虹」を夢に見て今に至る。

「へえ。二度目、ね」

 銀髪の若者が猫のように目を細めた。伝令の血筋か。このつぶやきは小さすぎて、物思いに沈んでいたカルブには届かなかった。

「え? 何だって? 悪い、聞こえなかった」

「ああ。いいって。別に大した話じゃねえからさ」

「そうかい?」

「そうそう」

 この若者は、他の面子と比べると格段に付き合いがよく、会話にも毒がない。しかし突然投げやりな言葉を吐いて凶行(たとえば「真面目にやった」結果、素手で目を抉ろうとしたり、首の骨を折ろうとしたり)に及ぶので、そのたびに男らは、俺は今とても危険な獣を相手にしているのだ、と己によく言い聞かせなければならなかった。


 近づきすぎるな。

 踏み込みすぎるな。


 これが徹底できればよいのだが、概ね親しげに、あの顔に屈託のない笑みを浮かべて話をされると、どうもそれをやれない自分がいる。

 要するにとらえどころがないのだ。

 今も不意に笑顔を掻き消し、先ほどよりぐっと凍てついた声でこう言った。

「続けんの?」

 うなずきたかった、が、うなずけない。

 対面にいたカルブはもちろん、ビルニークもドッブもそろそろと頭を左右に動かした。

「ああ、そう」

 からかうような笑みがなくなり口角が下がると、若者は途端近寄りがたくなる。生き生きと脈打つ野性の美から一転、冷気がひたひたと忍び寄ってくる。銀色の髪がさらさらと頬を撫でる。

 彼が歩き去った後、優に五分は三人とも動くことができなかった。

「……何か、言ってしまったのかな。俺は」

「さあ。そんな感じには、見えなかったけどよ」

「見えなかった」

 息を吹き返したカルブたちはそっと額を拭う。

 運動のせいだけではない汗が、べったりと肌に浮いていた。



 一方、銀髪の若者は人魚のかごがある天幕に向かって気持ち早足で歩いていた。

 そこには兄がいる。姉がいる。

 何だかよくない気配だ。

 二人とも怒っているようなのだが、その霊気が強すぎて対象の気配が完全に潰されてしまっている。

 こんなことは滅多にない。

 山脈に生きる獣らは皆当たり前に息を殺すし、食物連鎖の下に位置する小動物なら尚更だ。それを見つけ、追いかけ、しとめるのが役目たる自分が、こんな近くにいながら人の気配を読めないとは。

 ということは、まあ大した問題が起こったわけではないのだろう、と彼は逆説的に判断した。

 どこかの小物が、それも羽虫以下のとびきりの雑魚、息だの気配だの探るほどにもないのが、逆鱗に触れて自滅しようとしているだけのこと。

 何しろあの二人は並み居る血脈においても抜きん出た力を持つ、根っからの「王」である。そうでなければ齢十にも充たぬうちから先頭に立って山を駆けられるわけがない。

 とは言え、様子を確かめねば落ち着かないのは間違いないので、彼はそっと天幕に侵入した。いつもの優しい花の香りが鼻孔をくすぐる。

 人魚はすやすやと眠っていた。

 このちびっこの凄いところはいくつもあるけれど、一つはこれ。

 驚異的な豪胆さである。

 すぐ側に命の危険すら感じる霊気を放つ者が二人もいるのに、まるで気にかけていないのだ。それが自分を守る盾であるとしっかりわかっている。

 けれど、わかっていても、若者の肌はぶわっと粟立った。

 当てられたのだ。

 天幕にはネスルもいたが、彼の顔色も当然悪い。視線はコドクと大人びた童女に向いていた。反射的に剣を抜こうとしたのか、その体は中途半端に腕を浮かしたまま硬直してしまっている。

「立ち去れ」

 童女が低くつぶやく。

「今すぐ、出てゆけ。貴様のような塵芥がこれ以上この子に近寄るなど断じて許さぬ」

 見覚えのないぶくぶくと肥えた男が顔を赤くした。

「な、何だと! こ、こ、この、この小娘めめえが! わわわしを誰と心得ておおおる!みみ、南の、六国に網を張りゅ、ぐぐご豪商ぉのほみゃれ高きアサドなるぞお!」

 舌の回っていないのは、もちろん放たれる王者の気に恐怖しているからに他ならない。しかし余程鈍い頭をしているのか、本人は気がついていないらしい。泡を飛ばして叫んでいる。

「アサド……獅子だと? 過ぎた名乗りだな。豚の間違いだろう」

 見苦しい男とは対照的に、童女は品よく笑う。口元を隠す様はいつも通りのたおやめである。しかしその濃緑の瞳は軽蔑に満ち、言葉は茨よりも刺々しい。

 何より背負う霊気が違う。

 姉のそれは赤い。

 炎というよりは華の赤だ。大輪の、吸い込まれるような美しさだが、並の者では手折るどころか近づくことすら許されぬ。日頃しおらしく蕾でおったものが、今はその誇り高き本性を露にして他を見下ろしていた。

「きききき斬られたいか! くくくう糞餓鬼が! い、いや、待てよ。に、人魚ついでにお前みょ貰ってやる! な、嬲られてもなななまいきな口が」


 そこまでだった。


 この豚は一丁前に護衛を五人もつけ、隣には愛妾だか奴隷だかわからないが派手で下品な女を連れて、その尻をきつく掴んだまま喋っていたのだが、突然白目を剥いてぶっ倒れた。それもあろうことか女をこの巨体で押し潰してしまったのである。「ぎゅえっ」と短く声をあげたっきり、女は二度と動かなかった。不幸な事故であった。


「うっわ、最低な死に方。可哀想に」


 銀髪の若者がつぶやくと、はっと視線が集まる。あんな脅威が迫っていたのだから当然だが、誰も彼のいることに気がついていなかったのだ。

「思ってもないのによく言うわねぇ」

 赤毛の女が手をひらひらと振った。こちらも驚きの視線で迎えられた。胆力は相当なものと自他共に認める彼女も、今は指先が僅かに震えている。もちろん、気づいたのは身内だけだったが。

「あれっ? 稽古はどうしたんだよ」

「だから、思ってもないことを言わないでちょうだい。続けられるわけがないでしょうに」

 若者は肩をすくめる。

 童女と唯一肩を並べるコドクは、左目をすっと細めて天幕の両端、つまり自分等から一番遠くに陣取った姉と弟を眺めている。


「ねえあなたたち、このお方さっさと運んでいただけないかしら? でかいし臭うし、食べられないお肉は邪魔なのよ」


 女は艶かしく笑った。これに一寸も惑わぬ男がいるとしたら、その人こそ本物の聖人だろう。

金目当てで豚に従うくらいだから、護衛たちはもちろん一発で陥落した。

 四人がかりでやっと主人の巨体を持ち上げると、残りの一人が哀れな女奴隷の死体を恭しく(たぶんそうした方がこの妖艶な美女の気を引けると思ったのだろう)抱きかかえ、へこへこしながら出ていった。

 にこやかに手を振って見送ってやるだけで、むさ苦しい顔を真っ赤に染めて喜ぶのである。

 不気味だった。

 五人ともぶんぶんと懸命に両腕を振り返してくれたので、豪商アサドなる豚はどすんと地に落ち盛大な土煙をあげ、女奴隷はもともと裸に限りなく近い着衣だったのが本当に裸になってしまった。

「まあ見苦しい」

「兄に臭い消しを貰わねばならんな」


 ここでネスルが我に返った。


「いや、待て。待てよ。殺してしまったのか!?」


 童女はふんと鼻を鳴らした。眼差しの冷たさからして、まだ気が収まらないらしい。

「その目は飾りか? あの豚が勝手に心臓を止めたのだ。我らは何ら手を出しておらん。なあ、コドク」

「ああ」

 コドクは気だるげに髪を混ぜる。

 だらけていてさえ抜き身の刃と騒がれる男なのに、今はこれが皆の首に、しかも真後ろからひたと突きつけられている。漆黒の闇の奥から死霊王ニニギが手を伸ばしてきたようだった。


 ニニギは、神代に並ぶ数多の王の中で、特に名君の誉れ高き青年王だ。しかし、若くして死ぬ己の運命を知った時、傲慢にも終わりなき神の身を望んだ愚か者でもある。

 永遠の死に閉じ込められた彼は神でありながら神ではなく、人でありながら人ではなく、生者でありながら死者でもある。


 その抗えない力が頭をすっと抑え、刃を煌めかせ、鬱々と、だがどこか夢見るように甘く、さてどうするかな、と囁いてくるのだ。

 これを恐れずして何を恐れろと言うのか。

「ちょっと睨んだくらいであの様とは、図体に反して随分小さい心臓だ」

 吐き捨てて、ふっと笑う。

「豚と呼ぶのは豚に失礼じゃねえか?」

「それもそうだな」

 顔を見合わせた童女も笑った。

 身長差は著しく、放つ霊気は片や華、片や闇。

 だが一対と呼ぶにこれ以上ふさわしい二人もいない。

「人の肉は食えねえしなあ。あれが世界の無駄ってやつだな」

「本当ね。せめて獣たちのために、山に捨ててくれるよう頼めばよかったかしら」

 調子を合わせた兄弟と違って、ネスルは目を剥いた。

「おい!! い、今の話は、女奴隷のことじゃ……?」

「ないわねぇ」

「つうか女は事故だろ。可哀想に」

「とは思ってないんでしょ。まったく。まあ、あの女はコドクに色目を使っていたしね」

「……気色悪い目だった」

「で、そっちに倒れるように調節した、と。さっすがコドクの兄」

「事故だ」

 コドクは淡々と言った。

 若者と女がくすくす笑う。

「お前、呆然としておる場合か? さっさと街を出た方がよいのではないか?」

「え?」

 ネスルが問い返すと童女が首をかしげた。

「え? ではない。何やら偉そうに言うておったが、アサドという名に、お前、聞き覚えがあるのか? ないのだろう? 初めにそう言っておったではないか。それなりに旅をしておるお前らに覚えがないのなら、どんなに高く見積もっても、この街の外まで影響力があるとは考えにくい。だがお前は不安らしい。ならばさっさと支度をして街を去ればよい。簡単な話ではないか」

 ネスルは呻いた。その通りだ。幼い子どものする話ではないと思うが、筋は通っている。言われた通りに行動するべきなのは重々承知している。

 それにしても、だ。

「幾ら何でも……殺すことは……」

 言わずにはいられなかった。


 確かに、横暴な輩だった。事前の連絡もなく押し掛けて、興業権を盾に「人魚を寄越せ」ときた。ちゃんと脚がある、明け透けに言ってしまえば事に及べるのだとわかった途端に「ひっひひひ、可愛がってやろうなあ」と脂ぎったぶっとい腕をかごに突っ込もうとして、隙間に入らず、「何だ邪魔だな。壊してしまえ」とのたまったのである。


「寄越せ」との声は今までだって何度もあったから、冷淡ながら様子を見ていたコドクと童女だった。

 人魚が歌えるなら、彼らは別にどこだって構わないのだ。他の一座に引き抜かれても、商人のお抱えになるにしても、人魚を大事に扱ってくれるならいい。離されたって、こっそりついていくのは苦労でも何でもない。

 しかし薄汚い欲望で汚そうというつもりなら話は別だ。

 アサドはコドクの一蹴りで巨体を天幕の入り口まで吹っ飛ばされ、護衛に何とか起こしてもらったところで若者が入ってきた、というのが事の次第だった。

 本気で蹴れば確実に死んでいただろうが、これは手加減などではない。威圧で始末した方が何かと都合がよかっただけだ。


 ネスルのささやかな抗議を、四対の瞳が貫く。


「あなたにはわからないでしょうねえ。この子の誇りは」

「借り物の名誉をあてにして、事を成せるなんざ思ってるうちはな」


 コドクが付け加えた。

 銀髪の若者と童女がうなずく。

「結局さあ、あんたらは芸人じゃねえんだよ。そういう格好してるだけだ」

「マチルダとやら一人の話ではない」

「あなたたちって、皆して自分の本来はそんなものじゃない、これは仮の姿だ、なぁんて思ってるでしょう?」

「だから俺らだって真面目に相手なんかしねえんだよ」

 ネスルはぎくりとした。

 辛うじて顔色は変えなかったけれど思わず口をつぐんだ。

 彼らの声は乾いていた。

 その分だけ意味の重たさが滲みてくる。

「この子を欲しがる同業者が絶えないのは何故だか、あなたわかる?」

「高貴な身の上のごっこ遊びに、本物が混じるなんてもったいないと思われておるのさ」

「嫌われてるんだ」

「で、ちびっこは憐れまれてる」

「巻き込まれちゃって可哀想にってね」

 いつの間に戻っていたのか、金髪の若者と老人が畳み掛けた。

「あなたに使われるなんて、芸の道に生きる者なら誰だって嫌がるよ」

 あなた、という名指しはこの一座の本質を突くものだ。座長と呼ばれる男は、この一行の長ではない。ネスルの指示にしか従わないマチルダ、座長の判断などなんとも思っていない踊り子一同。けれどこれは別段、血脈たちの鋭さを示すものではない。だって皆、部外者は気がついてるのだ。少なくとも同業者はすぐに気づいている。

「この子の寛大さに感謝するのじゃな」

 特に老人は、自身が奇術を極めていることもあるから余計に冷ややかだった。

 ネスルは何も言い返せない。本質的に「温室育ち」だから、見下されることに慣れていないのだ。

 青ざめた顔で天幕を出て、皆に出立の準備をするよう言って回った。

「ねえ、大丈夫なの? 何があったの? ひどい顔してるわよ」

 年長の踊り子、つまり自分と同じく良家の生まれの女が心配そうに囁いてくれたが、うなずくのがやっとだった。

 聞こえていなかったわけじゃない。


 ごっこ遊び。

 借り物の名誉をあてにして。


 でもだって仕方ないじゃないか。正義のためだ。仕方がない。


 けれども俺は、一体誰のための正義を掲げてここまでやってきたのだろう。


 そんな疑問が胸の奥にじんわりと広がっていく。

 王都フリーヤはもう目の前だった。


ありがとうございました。

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