血脈5
今回は短めです。
よろしくお願いします。
奔放に、また軽やかに、天使はすくすく育っていった。
はやく大きくなりたいんだ、と事あるごとに言い、そのとおりに大きくなった。
獣よりはやく歩きだして、三月も過ぎれば少年と呼んで差し支えない年頃に見えるようになった。
中身はいつまでたっても子どものまま、楽しいこと新しいことに目のない彼だった。きらきら目を輝かして駆け回るから、血脈はこの末っ子を、見た目に追い越されてもずっと、小さな弟、と呼んでいた。
天使は大きくなったが衰えることはせず、合わせるように、血脈の老いもどんどん緩やかになった。子どもを産むこともあんまりしなくなった。だってもうひとりにはならない。営みはあったが焦りはなく穏やかで、そんな幸福のなかに気まぐれな天使がまたうまれては「かわいがってよ、構ってよ」と手を伸ばすのが楽しかった。
一方、肝心の「神様」はなかなかできあがらなかった。コドクの髪と、何度目かの誕生で天使の気に入った青い右目だけが生々しかったけれど、口がないから話もできない。これは天使のたったひとつの悲しみで、姉さん、姉さんと泣いている小さな弟を見るのは血脈も皆つらかった。
かつて天使が神とひとつだった頃、天をつくったのは右手だった。左手であった天使が、そこに地をつくり、夜だけの天から昼を分け、血を、つまり命をつくったのだった。
「何だか右手の神様はやったことが少ないのね」
と、姉がからかうと、
「それだけで疲れちゃったんだよ。何でもそうでしょ。はじめるってことはさ」
その時だけ珍しくしんみり天使はこたえた。
小さな弟がはじめて産み落とされてから、早四十年。四年ではない。四十年、が経った。。血脈の長すぎる歴史に照らせば、こんな凪ははじめてだった。外の奴らはいい加減に血も薄れ、古い冠を戴くのは自力ではほとんど不可能だ。その事実を覚えている貴族すら減っているというから、笑うしかない。一人の王を失った時、血が必要だと判断する家系がある。ここへ生け贄を用意しろと伝えに来る家系がある。実子のふりをして迎えに来る家系がある。本当はもっとたくさんの家があったのだ。どいつもこいつも、血脈から兄弟を奪っていく。トリェーチィのように歯車の狂った国だってある。伝承をうまく下の世代へ繋げなかったせいで、国の名が意味することも、血脈の存在意義すら忘れ果てて「ここに王を自称する蛮族がいる」とかなんとか言って攻めたててくる。それでも出荷を求める家系が途絶えていないのが、またなんともややこしいのだけれど。この血脈を独占しようと企んだ国々は今まで随分あったが、互いに潰し合って滅びてしまった。こういう情勢を仕入れるために大陸を歩き回るのは「旅」の兄弟たちだ。できることをできる奴がする。
けれど外が変わってゆくのは早いものだ。あの姉がもたらした混乱の間は、血脈はとても平和だった。「出荷」の恐怖も憎しみも思い出になろうとしている。天使の享楽主義がうつったらしい。踊り、歌い、絵を描いたり彫刻をしたりさらに深く学んだり……とにかく各々が楽しみを見つけた。
ネスル、カルブ、ビルニーク、ドッブ。
この男たちがやって来たのはちょうどそんな頃だった。抜け道を確かめた弟妹の報告によって、血脈は歌う少女と物言わぬ人形が持ちだされたことを知った。焦りはない。むしろ予定通りだ。
「楽しくなってきましたね」
「《声》はどうするのかなぁ」
「人形のこと? 人魚のこと?」
「どっちでも同じじゃないか」
「同じか?」
「さあね」
「わからないよ、あの子のことはさ」
「でも、だから」
「楽しくなるんだろう?」
「そうか」
「そうだよ」
笑う、笑う、笑う。
「コドクはどうするのかなぁ」
「姉さんもね、気になるよね」
「えっ、どの姉さんのこと?」
「馬ぁ鹿、そんなの決まってるだろ」
口々に言う。ちょうどコドクたちは旅に出たところだった。ひとりで左目をもらいに行った小さな弟を追いかけて、ついでに冠を見物しに……もしかしたらお土産もあるかもしれない。まだそれほど先には行っていないはず。
「歌はいつ頃届くでしょうね」
「すぐだよ、すぐ」
「だって外の人間はさ」
「古いものと同じくらい、新しいものに目がないから」
くすくすくす、洞窟がふるえた。ざわざわざわ、木々が騒いだ。
「それじゃ、我々は乾杯でもしていましょう」
一人が杯を掲げると、老いも若きも一斉に続く。
「新しいことに!」
「楽しいことに!」
あかあかと燃える岩の落ちてきた、あくる朝の一幕だった。
ありがとうございました!




