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#2『来りしものは血とともに』

カネダの弟ぶんである、シマが帰ってくる。カネダの自慢だ。その弟ぶんが帰ってくる。


 玄関扉は叩かれ……立っていたのはシマではなかった。


「どうも。連邦治安維持警察のマキビシと申します」


 連邦治安維持警察……。

 太陽系方面全域を管轄におさめる、星系警察だ。

 カネダの顔がそれを理解すると同時に硬くなった。

気持ちの良い連中ではないからだ。


ーー大戦期。


太陽系人類の最大戦力は国家が保有する宇宙艦隊ではなかった。複数の、超大国をも凌駕していたメガコーポの警備員、いってしまえば私兵だったのだ。国家権力からすれば、国の支配下にない武力ほど恐ろしいものはなく、『法律』を武器に攻撃を仕掛け、国家以外の戦力解体を目指しているのは有名な話だ。


そして法律とは、小さな、表面化した前例から生まれるのだ。


カネダ、そしてシマは法律上はメガコーポの一社員だ。前例になる側の人間だった。


「弟のシマさんについて、少々お話が」


 マキビシと名乗ったのは、中年の男だ。

 よく洗濯されたスーツを着こなしていた。

 しかしそのスーツの下には、『軽装甲服』を隠していることは、見え透いていた。人間ではない存在と普通の無改造人間が戦うには必須の装備だ。


「シマですか? あいにくヤツはまだ帰ってきていません」

「はい、それはわかっています」


シマを訪ねてきたのではないのか?

 カネダの眉間のしわが深まった。


「弟さんは、配下の艦隊ごと行方不明となっておりまして。連邦治安維持警察としては、弟さんの『脱走』を視野にいれて捜査させていただいてるところです」


 脱走。

 ありえない。

 弟が、シマが脱走など!


 マキビシはそれから一方的に話を押し付け、一枚の紙切れ──捜査令状──を盾に、有無を問わせず全てを押収していった。

 どこから現れたのか、数人の男が家へと押し入り、あらゆる場所をひっくりかえしてでも全てを運び出していった。


一人はカネダの監視だ。

油断を誘うためか、監視は女だった。

だがそれは『女に見えるように作られた』というだけであり、中身は半機械の魔女だ。


不可解を感じさせれば、この魔女は容赦なくカネダを完全に行動不能にするだろう。魔女は強力だ。意思が空間を書き換えるのだ。奇跡を自由につかえるのが魔女だ。素手で戦えるのは、サムライとか騎士くらいだろう。


なによりも魔女というものたちは、自身への視線や思考にとても敏感なものだ。


魔女は美しくあったが、瞳には破壊の意思が渦巻き、今か今かと『期待』が灯っていた。


 連邦治安維持警察が引きあげたとき、残されたものなど、何もなかった。


「……」


 全てがなされるがままだった。

 マキビシとその仲間が家のものを全て持ち去った。

 彼らはもういない。

 しかし、カネダは玄関に立ちつづけた。

 まとめられない考えが、カネダの体をとめていた。


 三分。

 五分。

 十分はなかった。


 なぜならば騒ぎを聞きつけた大家が、慌ててやってきてくれたからだ。

 大家のソラとは、長い付き合いがあった。

 

 あの大戦期にはよほどの幼児以外は戦場に投入された。


 薄い黒髪の三つ編み、強い意志の瞳で見据えていた。


 カネダはソラの部屋へむりやり引き込まれる。

 カネダの部屋で話をするには、荒れすぎていた。


 ソラの部屋は酷いレベルの単純さだ。

 必要な保冷庫以外には、夏の友の扇風機ぐらいしかなかった。そんな部屋にカネダとソラは腰をおろした。


 何があったのかをソラは訊いた。

 カネダは知っていることを全てを話した。

 とはいえカネダのわかることなど、マキビシに言われたことだけだ。


 弟のシマが艦隊ごと脱走した。……かもしれない、それだけだ。


 カネダは淡々と話した。

 話しているうちに、驚く程に平静であることに気づかされた。


 弟の失踪。

 だというのに、焦りというものがなかった。

 カネダにとって弟ぶんのシマは大切だ。


 しかし。


 同時にいつか死ぬだろうと覚悟していた。

 戦いつづけてきたのだ。

 死というものをどこかで割り切る、必要があった。


 ましてやシマが死んだと確定したわけではないのだ。ならば気にする必要があるかと、カネダの中ではそんな考えがあった。


「カネダさん、落ち着いていますね」

「おかしいでしょうか?」

「はい。一般的な人間のデータとしては、身内に犯罪者が生まれた可能性を告げられた場合、動揺を見せる傾向にあります」


 ソラの言葉には、若干のノイズが混じった。

 のどの調子が悪いようだ。

 彼女はハウスロイド……銃や装甲服を生まれながらに、もっといえば、設計段階から組み込まれていない、ただの家庭用アンドロイドだ。


 黒髪で、三つ編み。

 物凄く地味な体つきだ。

だがこれは彼女なりのこだわりのはずだ。

でなければ百年近くも修理を繰り返しながら同じ体を使い続けられなかった。ひんぱんな修理が必要のない、新品に全取っ替えしてしまったほうが合理的だ。やはりソラにとって、この体は大切なのだ。


「のどの修理やらなかったんですか?」

「必要ありません。あなたとわたしは、この会話を成立させているのが証拠です」

「ソラの名が泣きますよ……」


 ソラは、人工大気で覆われる前では美しく、青く、広大の象徴だ。

 元々は美しさを意味していた。

彼女も新品の時には、それこそソラの名に相応しいほどだ。

 だが、今では人工知性の成長をどこで間違えたのか、質実剛健な心で固まってしまった。


「戦争症候群の弊害だな」

「カネダさん。戦争症候群というのは、現段階では都市伝説以上ではありません。つまりわたしの完成された性格にたいして、戦争症候群というのは間違いであると考えます」

「すみません。謝るので許してください」

「許します」

「ソラさん、ありがとうございます」

「いえ、人間関係の維持における好ましい選択をしただけです」


 カネダは、弟のシマの話題を流した。

 ソラはごまかされたとわかっているはずだ。

 だが、ソラからシマの話がそれ以上でることはなかった。


「……」


 話さずとも。 

 語らずとも。

 時間は流れた。

 ソラの部屋は単純だ。

 何もない、それだけだ。

 たたみ、ふすま、壁、窓だ。

 窓からは夏の雲がゆうゆうと飛んでいた。

 バイオセミが元気に鳴いているが、外気温は摂し四〇度こえが連日だ。

 環境バランスが崩れたせいだ。

 現代環境にも適応しているのは生物兵器くらいなのだ。


「……」


 風鈴。扇風機。紙芝居屋のアンドロイド。バイオ米の屈強な田んぼ。流しそうめん。かっぱの流れる河。


 夏の風物詩だ。

 今年も暑い夏がやってきた。

 カネダは怪獣の飼育員だ。

 世話をしている怪獣の体調が気になった。

 気難しいのが怪獣なのだ。


「……」


 兵器にも公共の仕事を。

 異星起源種どもとの大戦期にはたくさんの兵器生命体が、あらゆる環境に解き放たれた。

 数が多すぎて、純粋な非戦闘用デザインが少数派の時代が続いている。転用の数が多いのだ。それは百年たってもいまだに変わっていなかった。

 

 多脚戦車が高層ビルを建設したり、サイボーグ航宙艦が輸送業に従事するのが珍しいというのは、遠い昔のことだ。兵器と民間が共生していた。


 そう考えればソラはやはり、珍しいアンドロイドだ。純粋な民間専門アンドロイドなのだ。


「カネダさん。沈黙というのは、人間同士における有効なコミュニケーション手段なのですか?」


 カネダは静かに首を横にふる。

 少々物思いにふけりすぎていた。

 弟ぶんのシマが失踪したというのに、落ち着きすぎていた。


「違うのでしょうね」


 ソラはとても賢いアンドロイドだ。

 沈黙は何も正しく伝えないと知っていた。

 言葉は必要なものだ。


「ソラさん。僕はどうして、ソラさんの部屋に引き込まれたのでしょうか」

「ソラはカネダさんの質問に答えます」


 硬い口調は変わらないな、とカネダは思った。

 アンドロイドであれば、口調程度、変えようとすれば簡単だ。

 だがカネダにそれを強制する気は毛頭なかった。


「精神不安定による重大な事故の発生を、ソラは予測したからです」

「事故ですか?」

「はい。カネダさんは、怪獣飼育員として働いています。いつまで続くのかわかりませんが」

「さらっと毒を吐くのやめてくれませんか?」


 考慮します、とソラは話を続けた。

 たぶんだが、コンマ秒の中での考慮では現状維持だ。


「弟シマさんの行方不明という情報を知ることで、カネダさんの精神状態の不安定化、またそれによって怪獣の飼育において重大なミスを誘発する可能性が激的に高まりえると、ソラは推測しました」


 ソラは優しい娘だ。 

 何せ、カネダがおこすかもしれない怪獣事故を心配しているのだ。

 命も物も急速生産できる時代に、たかだか三桁くらいの損失を気にするのだ。とても素晴らしいことだ。

 言い換えれば、人間らしかった。

 カネダにはなかった。


「ソラさん。それは普通の人間には、という前提があります。僕を見てください。これ、普通ではないですよ」


 カネダの体は、人間の体とは違った。

 だが、兵士や極限環境作業員のような、『国家支援のもとのサイボーグ』とも違った。


「Lv5の改造体です」

「つまり人類からもっとも遠い人間ということです」

「でもソラよりは、カネダさんのほうが人間です」

「どうでしょうか? ソラさんのほうが、人間だ、とする人は多いでしょう」


 カネダは苦笑を隠せなかった。

 ソラも確かに人間らしからぬところはあるのだ。

 だがそれはとても、そう、とても小さな差異なのだ。

 花を見れば、これを美しいと感じる。

 ソラにはそういった、『感じられる心』をもっていた。

 これは充分に、人間らしい、を満たしていた。

 カネダから見れば『人間』だ。


「ソラは考えました。カネダさんの言うとおり、ソラは人間に類似した心をもち、ゆえに人間らしいアンドロイドといえます」

「そうですね」

「カネダさんは人間と認識しました」


 過程が全て吹っ飛んでの結論だ。

 しかしソラの言葉尻には自信に満ちていた。

 

「心と肉体のうち、心を重視してソラを人間的であると評するのであれば、Lv5改造体という現実は人間を逸脱する要因としてはなりえず、カネダさんは人間であると結論しました」

「なるほど」


 一本とられた。

 カネダが、苦さのとれた笑顔を自然に浮かべられた。

 確かにそうだ。


(ぼくだって人間らしい心を全て捨てたわけじゃない。ソラさんを人間のようだと言っておいて、自分は体ゆえに人間らしくないというのは、矛盾しているな)


 まだ人間だった。

 それは、人間ぽいアンドロイドに教えられた。

 不思議な感覚だった。

 カネダが自分に言い聞かせ続け、そしてついには諦めた言葉だ。

 だというのに、おかしな話だ。

 ソラに言われただけで、嘘じゃなかった、人間だった、と思えたのだ。

 単純な男だ。

 だが……『カネダ』なのだ。


「人間だといってくれて、ありがとうございます。例えそこに、まだ、と頭についていたとしても嬉しいです」

「はい。しかし生物学的には、猿とモモンガくらい遠いことは事実です。一面からは、人間ではありませんね」

「ちょっと! ソラさん、そういう話は付け足さないでくださいよ」


 何だ。

 ただの変な光景だ。

 人間性を維持しようとする人間、人間らしいアンドロイド。

 珍しい光景ではなかった。

『人間らしいもの』はたくさん生まれているのだ。


 ただし。


 限りなく人間のような心というのは、一つへとなるものだ。心というものは不思議なことにも、とてもよく似ていた。


「ソラさんと話していたら、ぼく、なんだか元気になりました」

「お役にたてたのなら、光栄です」


 ソラの口が歪む。

 いやいや、彼女は笑ったのだ。

 慣れない仕草のせいで、顔が引きつっているように見えた。

 だがそれでも、ソラは笑ったのだ。

 プログラムの奴隷として実行されたものとは違った。

 機械には意志がないと言われてきた。

 意志がないから、敵味方にすぐ入れ替わる。

 昔の話だ。


「そうだ。ソラさん、ぼくにお礼をさせてください。コンビニにいくんですけど、何か欲しいものはありますか?」

「ENDをお願いします、カネダさん」

「了。ちょっくら買ってきますね」

「はい。いってらっしゃいです」


 カネダは自分の部屋から財布をとって、近場のコンビニまで歩いた。

 コンビニまではたったの89mだ。

 歩くのが一番だった。

 右手にはバイオ米の田んぼ。

 左手には緑化された半植物アパート。

精神波動工学とか魔導力学が発展した世の中だというのに、町風景は百年たってもそれほど大きな変化はないのだ。逆に百年たっても、この地球上での生活を根本から変えることは不可能だったことを意味した。大多数の人間は技術に心が置いていかれていた。

 道に人はいなかった。

 だが涼しくなるこれからが騒がしくなる時間だ。


「大将じゃないですか」


 コンビニの自動扉が開く。

 愉快なメロディが鳴った。

 出会ったのは品出し中の店長だ。


「ENDをください」

「はいはい。すぐにお持ちします」


 店長はパタパタとカウンターから品物をだした。

 ENDだ。

 カネダは値段ちょうどの200円を支払った。

 これはスシの一皿、二貫の平均価格の十倍だ。


「ついでにスシを買っていきませんか? 廃棄処分のやつですが、あと一週間は食べられます」

「すまないが遠慮させてくれ、今日は肝臓を休ませてやりたいんです」

「了。それなら仕方ありませんね」


 コンビニのレジカウンタには、何枚か広告が貼られていた。


 ミュータント監視を求める広告。

 惑星防衛軍の求人。

 あんこ中毒にたいする警告。

 電子ドラッグと仮空共生層依存から子供を守る声。

 命をもてあそぶな。

 その他だ。


 カネダの目をひいたのは一つだけ。


『強く美しい地球のために!』


 世界政府役員へ立候補した、ある男の煽り文句だ。

 

「強く美しい、ですか」

「あぁ。これですか大将?」


 店長がまさにその広告へ目をやる。

 

「ご苦労なことですよね」


 ははは、と店長は笑ってみせた。

 強い地球。

 美しい地球。

 もはや今ではむなしい響きだ。


「はい。応援したくなります」

「大将のいうとおりですよね。テラフォーミングよりも大変でしょうけど。……そういえば、大変といえば大将」

「何でしょうか」

「大家さんはどうなりましたか? ちゃんと一緒に暮らせてますか?」

「言っている意味がわかりません」

「……あちゃー」

「……何ですか」

「いえね、前にあのこから相談されたんですよ」

「ソラさんに?」

「大将、あたりです」


 どうやらソラは、カネダとの円滑なコミュニケーションをとるためにはどうすればよいか訊いたそうだ。

 店長は答えた。

 ともに暮らせば仲は深まるとだ。


「アンドロイドにも心はあるんです。とても有効な手段だと小生は考えたのですが」

「極端すぎです」

「いえ、明日なにがあるかわからないですから、出し惜しみせず最大の手段で行動すべきと考えました」


 店長は真顔で、本気でいいきった。

 



 コンビニの帰り道。

 カネダは考えていた。

 そうだ。

 ひらめきだった。

 心があるならわかりあえるのだ。

 心があるからわかりあえないのだ。


 シマの艦隊失踪を、人類の重大な裏切りとして、国家政府は宣伝していた。 


 ラジオで聞いた。

 かつて地球は、純粋な人間だけのものだった。

 今は違う。

 狂った大戦期から百年だ。

『理想が暴走』するには、充分すぎる時間だった。


強く美しい地球を取り戻せ。


『純粋な人間だけ』が暮らせる、古き良き自然なままの環境を取り戻すという意味だ。


──ザッ!


 カネダの背後で物音。

 足音。

 走っていた。


「バケモノめッ!」


 それは、少年の声。 

 あるいは青年?

 怒りのこめられた声だった。


「……」


 怒りが背皮を破り、肉をよりわけ、骨を断ち──命へ迫撃した。

 カネダが血に沈む。

 血は、人間の血とは違ったのだ。

 少なくとも、少年あるいは青年には、そうだったのだろう。

 

 放送が呼びかけられていた。

 怒りが煽られていた。

 正義が煽られた。

 恐怖が、扇動されていた。

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